「待つ育児」やめます。どんどん言うことを聞かなくなった理由
なんでこんなに言うこときかんの...?
3歳息子は、
行動の切り替えにものすごく時間がかかる。
お風呂も歯磨きも「やだ!」
もう3年目の保育園でも、毎朝大泣き。
公園で「帰るよ」と言っても、いつまでも逃走。
「あと一回」「これしたら」
が永遠に終わらない。
「ママもう帰るよ!」と怒鳴っては、
そんな自分に嫌気がさした。
これって、脅してるのかな。
どこまで、つきあえばいいのかな。
「試し行動」なんだとは分かっていた。
でも、どうすればいいかわからなかった。
本を開けば、こんな言葉が並んでいた。
「試し行動で、親の愛情を確かめています」
「求められることに応えてあげましょう」
妹が産まれて、不安定なのかな。
保育園に入れるの、早かったかな。
愛情不足なのかな。
そう自分を責めた。
無理にやめさせると、
癇癪がいつまでも終わらない。
要求が満たされると、
自分で動き出すときも多い。
だから、「待つ育児」を心がけた。
保育園で車から部屋までいくのに
30分かかる日もあった。
それでも、待てるだけ待った。
子育て相談にも行った。
「お母さん、待ってあげてえらいですね」
「できる範囲で、つきあってあげたらいいと思いますよ」
SNSでは、こんな意見も見た。
「”ママもう行くよ”は脅し育児だ」
「恐怖で従えても、自立につながらない」
“こどもが自分で考えて行動する”子育てが
理想とされる中で。
「ダメ!」はこどもの成長を妨げるのかと思った。
「いつかできる」と信じて
「待つ」のがいいことなんだと信じた。
だけど、それは違った。
ある日、困ってchatGPTに聞いてみた。
すると、
今までとは正反対の答えが返ってきた。
“息子さんはワガママなのではなく、
「境界を試す力」が強い子です”
どこまでがOKで、どこからがNGか、
“世界のしくみ”をテストしているというのだ。
例えば公園で
「帰るよ」と言ったとき。
→(本当に帰るの?どこまで本気?)
→ 逃げる
→ 親の出方を見る
ああ、そういうことか...!
息子が試していたのは
”愛情”ではなかった。
“ルール”だったのだ。
どこまでOK?
どこからNG?
泣いたら変わる?
私はずっと、そこを曖昧にしていた。
待ったり、譲ったり、急に厳しくしたり。
まるで、毎日法律が変わる国みたいだ。
昨日は万引きしても注意で済んだけど
今日は逮捕されるような。
そりゃあ「今日はどうかな〜」
とテストしてみたくなるわけだ。
思い返せば、
私は昔からNOと言うのが苦手だった。
母は、なんでも察して先回りしてくれる人だった。
だから、息子が産まれたときも、
初孫に張り切った母は
「大丈夫?大変だから手伝おうか」
と毎日のように来てくれた。
頼まなくても
「こうしようか」「ああしようか」
と提案してくれる。
私は「今日は一人でいたいな」という日も
そんなやさしさにNOと言えなかった。
それはきっと、
母が私にNOと言ってこなかったからだ。
本当は疲れてるのに無理していたり、
大丈夫と言いながら困っていたり。
母の境界は曖昧で、
どこまで甘えていいのかわからなくなる。
「これはできるよ」
「ここまではできないよ」
そういう線引きが、なかった。
だから私は、母の顔色を見ながら、
なんとなく合わせることが当たり前になっていた。
そして気がついた。
ああ、私は息子に
母と同じことをしていたのか。
なあんだ。
こどもにNOと言っていいのか。
なんだか、気持ちが急に楽になった。
いつまでもこどもに付き合うのは、
どこかで我慢してたから。
だから、こうしてみた。
先にルールを決めて、変えない。
公園に行くときは、
「何時に帰る」と先に決めて、
時間になったら帰る。
泣いても喚いても、変えない。
「まだ遊びたかったなあ」
気持ちは受け止める。
でも、行動は変えない。
「親の言うことを聞く」から、
「ルールを守る」状態にする。
はじめは、癇癪を起こす日も多かった。
でも、あんなに毎回ぐずってたのに
毎日の繰り返しの中で
スッと自分で切り替えられる日も増えてきた。
そうかあ。
母親だからって我慢して
こどもに全部合わせなくてもよかったんや。
結局疲れ果てて
怒ったり、不機嫌になったりしてた私。
逆に混乱させてたんやなあ。
「お約束だからね」と
きっぱり、さっぱり、明るく
ピチピチ暴れる鮮魚を連れて帰ればいい。
こどもだって、
母親に負担をかけたいわけじゃない。
お互いごきげんでいられる境界線を
親の方から引いていこう。
NOと言わないことが、
やさしさだと思ってた。
でも、それは違った。
こどもにNOと言ってもいい。
それは脅しでも拒絶でも、
愛情不足でもない。
人と人の間に、
ちゃんと境界をつくることだ。
「ここまではいいよ」
「ここからはダメだよ」
その線をちゃんと見せることは、
こどもにとって”安心”なんだと思う。
あのときの私は、
やさしくなろうとして、
わかりにくい親になっていた。
NOからはじまるやさしさも、
きっとある。

これからも、日々の子育ての気づきを
ゆるゆると書いていきます。
よかったら、ふらっと読みにきてください。
▼こどもの気持ち、チャッピーに聞いてみた
