主婦なわたしの金言BOX
わたしの人生に「家事」というものが登場したのは、今から16年前、結婚して夫との生活が始まった頃だと思う。
付き合っていた頃、結婚の話が本格的になり始め、
「わたし、料理とかほとんどやったことないよ…?」
と、マイナス面をアピールするわたしに
「一緒にやればいいじゃん。」
と夫はあっさり返してくれた。
それまで実家ぐらしで甘えていたわたしは、夫の言葉をしっかりと真に受けたまま、新婚生活をスタートさせた。
結婚して初めて作ったのは、天ぷらだった。
なぜ、できると思ったんだろう。
今までやってこなかったのに。
この若さゆえの無鉄砲さ。
母、義母、祖母などの、当時あらゆる家事を担っていたおかあさんたちが、〝コツのいらない天ぷら粉〟などという文明を手に入れていた事を、わたしは知らなかった。
本に載っていたレシピ通りに小麦粉、卵、冷水を用意し、レシピ通りに混ぜ、レシピ通りの温度と時間で揚げた。
レシピの写真通りに完成、
…のはずだった。
出来上がったのは、たっぷりと油を吸った小麦粉の塊の中に、野菜たちが閉じ込められている、といった、とても天ぷらとは呼べない代物。
新婚生活開始とともに暗雲が立ちこめたように見えたが、夫は適量を食べてくれた。
適量、というのも、わたしは天ぷら2人分の適量が分からず、その代物を大量生産してしまっていた。
当然食べ切れるわけもなく、
翌日のわたしのお昼ごはんは白米に代物を載せた丼になったが、
「夕飯の残りを弁当にして仕事にもっていく主婦」
になれたので、当時のわたしは大満足だったと記憶している。
夫に
「あの時の天ぷらを覚えているか」
とは、16年経った今も、
怖くて聞けていない。
時は流れ、
わたしはお母さんになった。
わたしの母は、孫の妊娠がわかるより前に、40代後半で早々にこの世をリタイヤしてしまった事もあり、里帰りはしなかった。父も働き盛りだった。
義理の母も心配して里帰りするよう声をかけてくれたが、丁重にお断りした。
わたしは、妊娠、出産、子育て、という人生の大イベントを、助産師さんの話をよく聞き、子育てアプリをアドバイザーにして、現代の一番よいとされているやり方で乗り越えたかった。経験者からのアドバイスを受けにくい環境を整えた。
これはわたしが、甘えベタでありながら、親のアドバイスをしっかりと受け取りすぎて自分の意見を抑え込んでしまう、長女らしい気質であったことも理由の一つだといえると思う。
なぜ、できると思ったんだろう。
やったこともないのに。
また、若さゆえの無鉄砲さ。
最初の内はよかった。
子どもの成長をみながら、子育てアプリのアドバイス通りのタイミングで授乳、離乳食を進めることができたし、夜、眠れなければ昼に眠ればいい環境だった。
しかし、こどもが2人、3人と増えるにつれ、食事の準備をするのが大変になっていった。
夜眠れなかった分の睡眠を昼で補うことは出来なくなったし、イヤイヤ気のこどもと新生児を連れての買い物は、ハッキリ言って地獄だった。何より大変だったのが、食事の支度だった。食事の支度は、献立を考えるところから始まっている。
献立を考えるという労力を無くすために、
月→カレー
火→焼き鮭
水→野菜炒め
…
…
の様に、1週間の献立を固定する方法
(今風にいうと、仕組み化というものかも)
もあるけれど、これは結構難しくて、相当つよい意志で遂行しなければならない。こどもと過ごす24時間、365日、×数年に疲れが出てきていたわたしには、そのつよい意志を持つことができず、献立が1週する前に、挫折した。
そんな状況を知ってか知らずか、
ある時、ふと義母にかけられた言葉がある。
「ごはんさえ炊いておけば、なんとかなるわよ。」
シンプル、かつ大胆。
わたしの心に、稲妻がはしった!
遊びに行けばいつでも丁寧にもてなしてくれる、
とても面倒見のいい義母の、
すこし大雑把なその言葉は、
確実に3人の子どもを育てた自身の経験に裏打ちされたものだった。
経験者は偉大だった。
わたしはひとりで何とかできると思っていた事を、恥じた。
義母は何の気なしに言った言葉かもしれないけれど、この言葉は、
最強の家事のみかたとして、
わたしの頭の中の〝金言BOX〟に、
助産師さんの
「あかちゃんの産まれてくる力を信じて 」
と並べて、大切にしまってある。
それからわたしは、
たまご、納豆、梅干し、昆布、キムチ、韓国のり
などの、ごはんがすすむおかずを常備するようになり、プレッシャーから解放されて、食事の支度が格段にはかどるようになったのである。
ちなみに今回家事については食事についてしか触れていないけれど、家族が増えると物が増えるため、実は今も片付けという未解決問題が存在している。
夫は
「片付けは、老後のお楽しみだね」
と話している。
ゆるやかな破滅に向かっている気がしてならないが、こちらも家事の味方が見つかるまでは、そっと蓋をしておくことにする。
