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「人の本質は光だ」怒りの飽和点も超えるオカンが『愛』をテーマに書く理由

「コラァーーーーーー!」

「いいかげんにしなさーーーーい!」


前回、『東大卒2児ママの夫さん』に、
「その愛に、飽和点なんて見出せそうにありません。」
とご紹介いただいたにも関わらず、愛の飽和点どころか、怒りの飽和点が限界突破中のあおいです。

そう、実は私、愛に溢れてるわけでも何でもありません。(せっかく作っていただいた素敵なイメージを早速崩す意味。笑)

そんなすぐ怒るオカンの私がなぜ『愛』をテーマにnoteを書くのか、それはこの世の摂理が関係しています。



キングダムが語る『光』の摂理と、私の思う『愛』の摂理

キングダム単行本第35巻『大王と大宰相』。
(突然のキングダム。絶賛愛読中でして、つい。)

統一王を志す嬴政は、人の欲望を否定する呂不韋に対し、「人の本質は『光』だ」と断言します。

「その光は、闇を乗り越え、より高みへ、より善なる未来へと向かおうとする、根源的な意志と生への肯定だ」と。

嬴政が掲げた『光』とは、人間が持つ負の感情や闇を否定するのではなく、それを乗り越えて未来を志向しようとする根源的な意志を指します。

この『光』は、私が思う『愛』と似ています。

障害者理解、他者理解、障害受容、自己受容、これらの課題に向き合うとき、いつも解決の鍵を握るのは『愛』です。『愛』は、負の感情や社会の無関心を打ち破る究極の摂理だと思うのです。



自己受容と障害受容を通して見えた『愛』の効力

我が子の障害受容、それは決して平坦な道ではありません。世間の目を気にしたり、将来の生活に不安を感じたり、様々な負の感情が付き纏います。

負の感情に引きずられそうになったとき、『愛』だけはそれに抗えるような気がしています。

今も障害受容が完全にできているか分かりませんが、私が自信を持って言えるのは、
「不安は尽きないけれど、日々喜びが上回ればそれでいいんじゃない。」という信念です。

息子が可愛い、その成長が嬉しいという事実。その自分の中の『愛』に目を向けることで、息子の存在を尊重し、自分の幸福度を上げることができる。それこそが障害受容の糸口になっていると思います。



社会における『愛』の効力

この真理を広げた先に、社会の差別や偏見をなくす鍵もあるように思います。以前の記事でも触れましたが、差別や偏見をなくすキーワードは、「その人を見る」「その人を知る」だと思っています。よく知らないから、心の距離が生まれるのだと。

「愛の反対は無関心」と言いますが、社会における障害者理解も、関心という『愛』から始まるのだと思います。

だから私は『愛』を広げていきたい。決して人より愛情深いわけでもなんでもない私だからこそ、誰しもが持つ内なる『愛』が社会を変える最大のエネルギーであることを伝えていきたいと思っています。



障害があっても、愛おしさは同じ

最近2つライトな記事を出しました。いつもは時間をかけて練って書くけれど、なにか『理屈はいらない愛』を伝えてみたくなったんです。

ダウン症だから、ゆっくりだからこその可愛さや育児の面白さもたくさんあるけれど、障害があってもなくても同じように愛されて生きていること、愛おしい存在であることも伝えていきたいと思います。

記事を読んでくださった誰かの『愛』が、障害者理解に繋がっていくことを願って。



最後までお読みいただきありがとうございます。記事紹介を書いていただいたおかげで、自分を見つめ直す良い機会になりました。『東大卒2児ママの夫さん』改めてありがとうございました!

これからも『愛』をテーマに障害者理解を広めていきたいと思いますので、ぜひスキやフォローで応援よろしくお願いします♡
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