ちょっと今回は叫びます|必要な支援に繋がる社会へ
いつもは穏やかなんです、私。でもちょっと今回は本気で伝えたいので、笑いなし涙なしのダウン症児母の叫びをお届けします。
前回お話ししたように、息子は充実した環境で療育を受けさせていただいています。その一方で、まだまだ療育に繋がれていない子もたくさんいるだろうと思います。
私がそう感じたのは、療育に繋がるまでの道のりで遭遇した色んな矛盾からでした。
(前回の記事がまだの方はまずこちらから)
⒈早期療育という理想と現場の差
早期療育という言葉をよく耳にします。特に乳児期の支援はその後の発達の土台を築く上で極めて重要とされ、ダウン症の子の中には1歳までに療育や理学療法を受けている子もいます。
私も息子が生まれてからそれらの情報を見て、「早く療育を受けさせなければ」と思っていました。
しかし、生まれた病院で理学療法を受けている子がいる一方で、うちの病院では繋いでもらえず、どこにも繋がらないまま時間だけが過ぎ、ずり這いの兆しもなし。
息子が10ヶ月になった頃、これは待っていても何も変わらない、誰も教えてくれないと気づいた私は自分から動き出しました。
主治医の先生は、「焦って始めなくていいと思うけど、お母さんが受けさせたかったら市に相談してみて」と言う。
市の保健師さんは、「お母さんが言うなら、どれか選んで行ってみて」と5箇所ほど紹介してくれたけど、素人目には選ぶ基準が分からない。
一番充実してそうな療育施設を選んで行ってみたところ、「うちの療育は2歳過ぎてからでいいんじゃないかな。お母さんがお家で関わってあげるだけで十分ですよ。」と言われる。
現場の対応は、早期療育が必要という情報とはかけ離れていて、私は困惑しました。きっとここで食い下がってる人も多いのではと思います。
"みなさん、ここで耐えてください!"
これらの対応の裏には、
「早期療育の受け皿が少ないこと」
「早期療育の必要性が十分に認知されていないこと」
があるのだと思います。
⒉療育の受け皿が足りない
納得がいかなかった私は、今年募集はないと言われていた療育(今通っているところ)に直接連絡し、見学に行きました。
そこで息子より4ヶ月年上のダウン症の子のお母さんと話したときのことです。
「うちは4ヶ月のときから、ここの理学療法の先生にお家療育に来てもらってるんです。」
衝撃でした。なにそれ!初めて聞いたんですけど。うちは早期療育を受けたいと悩み続けて早1年。一方、同じ市に住んでいて、4ヶ月から療育に繋がってる子がいたんです。
そもそも、市から募集がないと断られたここの療育に私が直接連絡しなければ、もっと後まで分からなかったことになります。
私は生まれて初めてクレーマーになりました。だって、我が子の大事な大事なこの1年は戻らないんです。誰かが教えてくれていたら、市が支援を必要とする子に平等に対応してくれていたら、こんなことは起こらないはず。
私は保健師さんに連絡しました。でも保健師さんがお家療育の存在を拾えなかったのには理由がありました。
そのお家療育は、そこの理学療法士の先生が一人で受け持っておられたので、枠が極僅かだったのです。だから公に募集しないようにされていました。
全てのダウン症の赤ちゃんが平等に質の高い療育を受けるためには、うちの地域で言えば、この先生が何人もいないと実現しないのだということが分かりました。要するに受け皿が足りないという社会全体の問題だったのです。
⒊療育を知る機会を平等に
結局息子は私の熱烈なオファー(悪く言えばクレーム)によって、1歳半からその先生にお家療育に来てもらうことができました。ただ、熱烈じゃないと繋がれないところに矛盾を感じています。言うたもん勝ちなんです。
先生の療育はまさに「私が知りたかったことはこれだ!」と思える内容でした。この子はここが弱いからここを鍛えるには、この体勢からこの動作につなげて…。先生の知識が詰め込まれた1時間は目から鱗でした。
そして、療育を始めてみて分かったことは、教えてもらったら私でもお家で実践できそうだと言うことでした。
これが関係者みんなが口を揃えて言う、「療育を焦って始めなくても大丈夫」、「お家でお母さんが関わるだけでも今は十分よ」の真相だったのだと思います。
でも親は、何が十分なのか、どう関わることが療育なのか分かりません。療育の先生の我が子への関わり方を実際に見て初めて、療育ってそういうことだったんだ、それなら家でも真似できるかなと思えるんです。
早期療育の受け皿を広げるのはなかなか難しいことかもしれません。でも毎週じゃなくても、月1回でも、療育の機会を平等に与えることはできるんじゃないか、その機会こそ必要なんじゃないかと思います。
早期療育を知る機会を平等にください!
⒋「療育を受けたい」そこにある親の真意
行政、医療、福祉、保育、教育、関係者の方々。
支援を必要としている子の親が療育の相談をする時、「療育を受けたい」という言葉の裏には、「今この子のためにできることを知りたい」という親の真意があります。
当時の私は、とにかく療育を受けさせなければという意識が先行して、「療育」という言葉しか出てこなかった。でも今思えば、早期療育として一番求めていたのは運動発達の部分でした。
その真意を汲み取ってもらえていたら、療育以外のところからフォローしてもらえたかもしれない。
たとえ「療育」という形で繋ぐことが難しくても、その真意に応える方法はないか、その子のために今できることはないか、ぜひ親身に寄り添って考えていただければと思います。
⒌療育の必要性の共通理解を
療育を受けるかどうか、どの療育を選ぶかが全て親の判断に委ねられるところも、必要な支援が行き届かない原因になると思います。
うちの子の場合、療育の先生からは療育での支援が必要だと言われています。でも医療や保育園の先生の中には、療育に通わなくても保育園で十分と言う人もいます。
色んな考え方があるのだとは思いますが、療育の必要性を本当に理解している人がどれだけいるだろうかと疑問に感じることがあります。
それぞれの家庭の事情も鑑みて、最終的な判断は親に委ねられるとしても、
「お母さん、療育ってこんな支援なんだよ。発達のニーズに合わせた支援がこんなに効果的なんだよ。」
という具体的な情報が確実に親に伝わるような社会になって欲しいと思います。
⒍まとめ
長くなりましたが、お伝えしたい内容をまとめると
①療育の受け皿を増やしてほしい。
②療育の内容を知る機会を平等に与えてほしい。
③「療育を受けたい」という言葉の裏にある親の真意に寄り添ってほしい。
④療育を受けるかどうかの選択を親に丸投げしないでほしい。
⑤療育の必要性について共通理解を図ってほしい。
関係者の方々、子どもたちの未来のために早急に考えていただきたいです!
最後まで読んでいただいた方、長々とお付き合いいただき本当にありがとうございました。共感していただけたら、スキ、フォローで応援してくださると嬉しいです♡ コメントもぜひ、お待ちしています。
普段はもう少しゆるりと記事を書いてますので、ぜひ他の記事も覗いてみてくださいね。
