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イブ物語|判断寓話|赤髪アンと白狼ビリーⅣ|冒険ファンタジー短編

本作「イブ物語」は、
ひとつの英雄譚ではなく、
世界の各地で積み重なった判断と日常を描く
ファンタジー連作です。

どの話から読んでも支障はありません。
気になった物語からお読みください。


商業都市モービリアの片隅に、
知っている者だけが通う名店がある。

――“銀の羊亭”

宿屋ではあるが、1階の食堂兼居酒屋では名物料理の川魚や豆料理が人気で、都市で暮らす市民だけではなく、旅人も多くが利用している。

忙しい昼を過ぎた頃。
店のカウンターで豆料理をつまみながら、ぼーっと佇んでいる白髪の男を見つけ、赤髪の女性が声をかけた。

「聞いたかい?この前の話?」

話しかけられても、女性の方も向かず、豆料理をフォークで転がすだけの男。

「ジャンの野郎が、この宿の女の子に無理矢理押し付けた猫だけどさ……」

店の中を慌ただしく動き回る、黒髪の幼さが残る少女に視線を送りながら、彼女は続けた。

「あたしが見つけたハンナばあさんに預けることになったらしいんだけどね。
その猫に、嬢ちゃんが付けた名前が傑作でさ」

赤髪の女は、笑いを抑えきれない口元を押さえ、男の耳元で囁いた。

「ジャン……だって……」

「ブッ!! ゴホ! ガハッ!!」

白髪の男は、思わず口にしていた豆料理を吹き出した。

「アッハッハ!! 笑えるだろ? 黒猫のジャンだって!!」

赤髪の女は、白髪の男のリアクションに満足げだ。

「しかもね、あのお嬢ちゃん、猫を呼ぶときは
“賢いジャン”って呼ぶらしいよ」

「ちなみに、ウチらのジャンは“ダメなジャン”らしい」

悪そうな顔で、ニヤリと笑う。

そこへ、黒髪の小さな給仕係が近づいてきた。

「アンさん、ビリーさん、こんにちは!」

「こんにちは、マリアちゃん。今日も元気がいいね!」

アンと呼ばれた赤髪の女性が、にこりと笑う。

ゴチン。

白髪の男の頭に、容赦ないゲンコツ。

「ビリー、あんたもちゃんと挨拶しなよ」

「あっ、ああ……こんにちはー(棒)」

不意打ちを食らったビリーは、頭を押さえながら棒読みで返した。

2人のやり取りを見て、マリアはにこにこと笑っている。

「そういえば、黒猫はハンナばあさんが預かってくれてるんだよね?」

「そうなんです! ジャンも、やっと家が見つかって良かったです!
アンさん、ありがとうございました!」

ぺこりと頭を下げるマリアの姿に、アンは思わず目尻を下げた。

「あっ、ジャンっていうのは猫の名前です。
私は“賢いジャン”って呼んでます」

アンとビリーが顔を押さえていると、視界の端に褐色の肌の若い男が近づいてくる。

「あ、“ダメなジャン”」

マリアが、ぽつりと呟いた。

その一言で、アンとビリーは堪えきれず大爆笑する。

「なにがあったんだよ?」

割って入ってきたジャンの顔を見て、さらに笑いが止まらない。

「ぶっ……ふふ、なんでも……ないよ……」

「おう、まあ……なんか飲めよ」

話題を変えようとするビリー。

「おごり? ラッキー♪」

ビリーが返事をする前に、ジャンはマリアに言った。

「『エーテル』で」

「昼からお酒ですか? やっぱりダメな方ですね……」

残念そうにジャンを見るマリア。

「マリア、まだお前はお子様だから分からないだけだ。
酒はなぁ、すべてを解決するんだ。
大人になれば分かる時が来る!」

なぜか自信満々に語るジャン。

そこへ、やっと笑いが落ち着いたアンが割って入る。

「ねえ、“ダメな”ジャンさん?」

「“ダメな”ってなんだよ!」

「マリアちゃんが世話してる猫の名前、聞いたかい?
……“賢いジャン”だってさ!!」

「ジャンは俺の名前だろ!? なんで猫なんだよ!」

マリアを睨むジャンを、アンがすぐに遮る。

「じゃあ、あんたの名前は今日から“ダメ”でいいよ」

「なんでそっちだけになるんだよ!」

アンがマリアにウィンクすると、マリアはそそくさと厨房へ入っていった。

パリーン。

突然、コップの割れる音。
店内が一瞬、静まり返る。

「おい! どうしてくれるんだ! 俺の服を!」

エーテルをかけられ、怒鳴り散らす男。

立ち上がろうとするアンを、ビリーが制した。
2人の視線の先には、“ダメなジャン”がいた。

「おい、おっさん! 俺の酒をどうしてくれんだ!」

「お前の酒じゃねえだろ!」

青筋を立てる男と、顔を突き合わせるジャン。

「うるせえ!
この世の酒はなぁ、だいたい俺のもんなんだ!
――だから、謝れ!」

理屈は誰にも伝わっていなかった。

「すごい理屈だね。どこで習ったの?」

アンが、ニヤニヤしながら呟く。

その瞬間――

2人の背後に、大きな影。

コック姿の女ドワーフが、軽々と2人を片手ずつ掴み、店の外へ放り出した。

「ここはメシを食う場所だ!
 喧嘩なら外でやんな!!」

ポカンとする2人を残し、彼女は厨房へ戻っていった。

――ダメだけど、たまにカッコいいジャン。

ふと、マリアの頭によぎる。

――あっ、まだ今日の酒代もらってない。

やっぱり“ダメなジャン”だと思い直したのであった。


にゃーん。
どこかで、猫の鳴き声がした。

店内は、いつもの賑やかさを取り戻していた。

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