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イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第二十九話 猪突猛進亭

猪突猛進亭。

その名前を見た時点で、少し嫌な予感はしていた。

そしてだいたい、そういう予感は当たる。


エラとヨル 第二十九話
【猪突猛進亭】


折れた刃先を見つめながら、エラは考えているようだった。

――同じにはならない。

ルーの言葉を思い出す。

新しいものを打つか。
少し形を変えて、生かすか。

エラは決めかねているようだった。

エラの剣の修理には、どうやっても時間がかかるらしい。

私のシルベの調整もある。
明日もう一度来るとルーに告げて、私たちは宿を探すことにした。

時間は夕暮れ。
街の人もまばらになり、屋台もほとんど閉めている。

「ほら、先に食べないから閉まっちゃったじゃん」

エラは不満そうに呟く。

「先に食べてたら、鍛冶屋が閉まってたわよ」

私は呆れたように返した。

「でも、お腹は空きましたね」

オトはお腹を押さえながら歩いている。

この二人は何か食べさせないと、ずっとこの調子だ。

旅の途中の苦労を思い返して、余計に足が重くなった。

しばらく進むと、オトの鼻が動いた。
それにつられて、エラも辺りを見渡す。

「オト! あそこだ!」

エラの声が高くなる。

オトはふらふらと、匂いに吸い寄せられるように歩き出した。

猪突猛進亭

勇ましい猪が描かれた看板が、入り口にぶら下がっている。

「なんて名前なの……」

私の不安をよそに、二人は暖簾をくぐり、中に入っていく。

私はひと息ついて、二人を追った。

店内は広く、夕飯時を迎えて活気があった。

そこかしこで声が上がり、一日の仕事を終えた人々が食卓を囲んでいる。

ごった返す店内を、二人はするすると抜けていく。
奥の空いたテーブルに腰を下ろすと、私に手招きをした。

「ヨル。こっちこっち」

エラは満面の笑みを浮かべている。

オトは早くもメニューを見つけ、吟味を始めていた。

――食べることになると、どうして早いのよ。

私は、毎朝エラを起こす苦労を思い出して、少し腹が立っていた。

そんな私の表情に気づいたのか、オトが声をかける。

「ヨルさん。ここの食事、安いですよ。しかも、宿もあるみたいです」

オトは柔らかい笑顔を浮かべる。

「じゃあ、今日はここにしましょう」

そう言うと、私は手を上げて給仕係を呼んだ。



宿泊の手配を終えるころには、オトがメニューを見ながら注文を済ませていた。

簡単な串焼きに、スープとパンが付く。
料金はかなり安かった。

確かに、オトの言う通りだ。

まだ路銀は十分あるが、節約は大切だ。

なんせ、この二人はよく食べる。

私が頭の中で計算をしているうちに、頼んだ料理が運ばれてきた。

湯気が上がり、いい香りがする。

私が串焼きを一つ摘むと、我慢していた二人も続けて食べ始めた。

――別に、そんなルールないのに。

私は少し頬が緩んだ。

最近、なぜかこの二人は、私が食べるまでは食事に手を出さない。
謎のルールを守っている。

理由はわからない。

でも、我慢している姿が、“待て”をされている犬のように見えてくる。

「ぷはー」

気づくと、エラはエーテルを飲んでいた。

――いつの間に?

料理を注文した時には、なかったはずだ。

オトは笑みを浮かべている。

――やられた。

この二人の連携が、巧妙になっている。

私は仕方がないと思い、食事を続けた。

「お待たせしました。猪ルーレットです!」

若い給仕が、皿に盛られた料理をテーブルに置いた。

「えっ? 頼んでないです……」

私が咄嗟に返したが、隣のオトが片手で制した。

「はい、ありがとうございます」

オトは愛想よく皿を受け取ると、こちらに引き寄せた。

皿には団子状の肉にソースがかけられており、きれいに六個並べられている。
ぱっと見は、何の変哲もない料理だ。

「ヨルさん。エラさん。これ、名物らしいです」

オトの声が弾む。

「へぇー。猪の肉団子?」

エラは手で摘んで、口に放り込んだ。

「!?」

みるみる、エラの顔が赤くなる。
口を押さえてなんとか飲み込むと、エーテルを流し込んだ。

「辛いよ〜」

真っ赤な顔をしたエラが、舌を出しながら涙目で言う。

「あっ! エラさん、それ当たりです!」

今思い出した、という表情を浮かべてオトが言った。

――料理に当たり、外れがあるの?

私は唾を飲んだ。

くすくすと笑いながら、オトが言う。

「ここの名物料理、“猪ルーレット”って言うらしいです」

「六個のうち、一個だけレッドペッパーが大量に入っています!」

なぜか、オトは嬉しそうに話す。

「オト酷いよ〜。食べる前に言ってよ」

よっぽど辛かったのか、エラは少し泣いていた。

「おいしいですねぇ」

オトは別の肉団子を口に入れると、頬を押さえている。

――どんな名物だ。

私は恐る恐る一つを食べてみたが、味は悪くない。
むしろ、おいしい。

だったら全部これでいいのに。

そう心で呟いていると、ぎゃあっ、と隣のテーブルから悲鳴が上がった。

中年の男が、顔を真っ赤にして倒れていた。
同じテーブルの男たちは笑っている。

「よし、お前の奢りだからな!」

なるほど、こういうことに使うのか。

妙に納得できた。

その姿を見たエラが、コップの水で舌を冷やしながら言う。

「オト、もう一回やろ! 負けた人が今日の分は奢りね!」

エラの闘争心に火がついたようだ。

「やりません」

私がピシャリと言う。

「ヨルもずるい」

「ヨルさん。何事も経験です」

オトの笑顔が怖かった。

「はぁー。じゃあ、これで最後だよ」

しばらくして、料理が運ばれてくる。
エラの姿を見た後だと、この料理の怖さが伝わる。

「順番はどうします?」

オトが私たちを見つめる。

「私は最後がいい!」

エラが言う。

「じゃあ、私からいただきますね」

オトはそう言うと、一つ食べる。

「……」

――当たれ!

私は祈った。

「おいしいですねぇ」

オトは外れたようだ。

みんなの視線が私に集まる。
皿に並べられた肉団子をまじまじと見つめる。

何かヒントがあるんじゃない?

形も色も、匂いも同じ。

ダメだ。わからない。

私は諦めて目を閉じ、一口で食べた。

「……外れ」

よかった。私も外れだ。

残る肉団子は四つ。

次はエラに視線が集まる。

さっきの辛さがよっぽど酷かったのか、エラの目は泳いでいた。

「……パス」

「できません」

私が言うと、涙目になりながら、エラが何かを訴えていた。

――エラ。ごめん。

私はその顔を直視できなかった。
それ以上に、辛いものは私も苦手だった。

震える手が皿に伸びる。
エラが決心して口に入れる。

「外れ〜」

気が抜けたような声を出す。

残るは三個。

「最後は、みんな一斉に食べましょ!」

オトが言うと、私とエラは頷いた。

「せーの」

エラの掛け声とともに、口に入れる。

「……」

しばしの沈黙。

お互いの顔を見渡す。

――あれ? 誰も当たりじゃない?

私は少し安心したが、当たりがないことを不思議に思った。

エラが給仕を呼び、事情を話した。

「そんなはず、ありませんよ」

給仕も頭を掻きながら、不思議そうな顔だ。

「ちょっと待っててください」

そう言うと、給仕は厨房に確認に行ったようだ。

少しして戻ると、皿を指差して言う。

「ここにあったのが、当たりだそうです!」

給仕が指したのは、オトが最初に食べた肉団子の位置だ。

「あぁー、少しピリッとしましたが、そういうことでしたかぁ」

オトは、抜けたような声で答えた。

「オトずるいよ〜」

エラはテーブルに突っ伏す。

私は、笑っているオトを見ながら思った。

この旅で一番読めないのは、案外オトじゃないかと。

そして、料理当番は私で固定しようと。

変わった名前の宿屋。
猪突猛進亭での夜は更けていった。



🔙第二十八話   第三十話🔜



創作大賞2026 ファンタジー小説部門 投稿作

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