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イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第三十話 残る部分


壊れたものの中にも、残る部分がある。

形を変えても、そこに続いているものがある。

エラはその夜、初めてそれを自分のものとして選んだ。


エラとヨル 第三十話
【残る部分】


少し寝苦しい。

宿屋の部屋で、私は目を覚ました。

夜は更けていて、静かな虫の音が聞こえる。
月明かりが差し込む窓辺に、私は近づいた。

ふと外を見ると、見慣れた姿が宿屋から出ていくのが目に留まった。

――エラ?

薄明かりの中でも、彼女の紫色の髪ははっきり見える。

部屋を見渡すと、隣のベッドでオトは寝息を立てている。

その隣にいるはずのエラの姿はなく、私はコートを羽織ると、エラの姿を探した。

宿屋を離れて少し行った先に、小さな泉があった。

月夜を映した水面が、淡く周囲を照らしている。
目を向けると、すぐ近くに一人で座るエラの姿があった。

「眠れないの?」

私が声をかけると、少し驚いた様子でエラが振り返る。

「ちょっと……ね」

昼間より落ち着いたその声が、僅かに寂しく聞こえた。

「剣のこと?」

「うん……それだけじゃないんだけどね」

エラは軽く笑って答えるが、その笑顔はぎこちない。

「迷ってるの?」

「そうじゃないんだ……どっちを選んでも、たぶん間違いじゃないって思ってる」

折れた剣を直すか。
新しく打ち直すか。

決められずにいたのだと思っていた私は、予想が外れて、次の言葉がすぐに見つからなかった。

エラは水面を見たまま、しばらく黙っていた。

「剣なんてさ、斬れればなんでもよかったんだ……」

「でも――」

エラの言葉が、私の声を止める。
夜の優しい風がふわりと吹き抜け、エラの髪を揺らした。

「ヨルの剣……シルベを見た時に、ちょっと考えちゃって……」

いつもより歯切れが悪い。

彼女が寂しそうな顔を浮かべる時は、何かを思い出している時だ。

私は黙って話を聞いた。

「私さ、昔からひとつのものに執着することがなかったんだ」

エラは小さく手を握った。

「大切にしていたものが、急になくなるのが怖くて……」

エラの声は弱く、心の内から絞り出したように、ぽつり、ぽつりと続いた。

「だから、あんまりものを大切にしてこなかった。だけど、シルベとヨルを見た時、ちょっといいなって思っちゃった」

エラは頭を軽く掻きながら、私に笑顔を向けた。

私の表情を見て、エラは困ったように笑った。

「私も、大切なものを持っていいのかな?」

エラの問いは、私に向けたものなのか、自分に向けたものなのか、わからない。

私はゆっくりとエラを見つめて答えた。

「私にとっては、エラもオトも大切だよ。エラは違うの?」

エラは目を丸くすると、口元を上げる。

「オトは壊れないじゃん」

エラはとぼけて返した。

「私は?」

「……」

しばしの沈黙。

「ヨルは壊れても、折れても戻ってこられる人」

エラは私を見つめた。
その瞳は普段と違う、柔らかな色だった。

私はひと息吐いて答える。

「だったら、好きにすれば?」

「好きにするか…」

そう言うと、しばらく考えてからエラは答えた。

「うん。そうだね!」

エラの声が、軽く力を取り戻していた。
水面の上を優しい風が吹き抜ける。

月明かりに照らされていた二人の影は、重なったままだった。



翌朝――

食堂でオトと朝食を食べていると、目をこすりながらエラが降りて来た。

「おはようございます」

「おはようー」

オトの挨拶に、ゆっくりエラが返す。

「眠れなかったんですか?」

「ちょっと、飲みすぎたかもー」

その言葉に、私は口元が弛む。

「剣、どうするか決めたんですか?」

朝食のパンをちぎりながら、オトが言う。

「決めたよー」

本当に寝ぼけているのだろう。
言葉が全部棒読みだ。

「先に顔を洗って来たら?」

私の言葉にも上の空だ。

「わかったー」

そう言うと、エラは席を立ち、ふらふらと歩き出す。

「……ありがとう」

エラは私の横を通り過ぎる時に、小さく呟いた。

私の頬が少しだけ緩む。

そのやりとりを、オトは不思議そうに見つめていた。



“ワイド&ルー”の看板が見える。
中に入ると、ルーが一人、剣を研いでいた。

「いらっしゃい」

こちらを見ずに言う。

「あんたの剣なら仕上げてある」

そう言うと立ち上がり、鞘に入ったレイピア――シルベを私に見せた。

「最後の仕上げだ。ちょっと抜いて構えてくれ」

促された私はシルベを抜き、片手で構えた。

じんわりと、剣と繋がるような感覚が手から伝わる。

その姿を腕組みしながら見ていたルーは、少し考えると私からシルベを受け取った。

「少し重心が前に出てるな。柄の部分を少し重くする」

そう言うと、ルーは奥の作業場に向かった。

「職人って、感じですねぇ」

オトは感心した様子で言う。

「剣を作ったことがないから、わからないけど、こういうものなの?」

私の質問に、エラは肩をすくめる。
オトもわからない様子だ。

しばらくすると、シルベを持ったルーが戻って来る。

私は同じように構えると、驚いた。

――さっきより構えやすい!

同じように見えて、シルベのバランスが良くなったように感じた。

ルーも頷く。

「これで大丈夫だ」

そう言うと、鞘に収めたシルベを私に差し出した。

「それと、鞘は付けてやる」

「ありがとうございます」

シルベを受け取った私は、ルーに頭を下げた。

「で、そっちの嬢ちゃんは決まったのか?」

エラを見つめながら、ルーが声をかけた。

「決めたよ。私、二本とも新しくする」

「でも、柄の部分は残せる?」

顎に手をやり、考えたルーが答える。

「できるけど、なんか意味あるのか?」

エラは笑って答えた。

「折れても、持ってこい、でしょ? だから、残る部分が欲しいの」

そう言うと、ルーも小さく笑った。

「わかった。ただ、約束だ。今度は折れる前に、持ってこい」

そう言うと、エラもにこりと笑った。

「楽しそうなところ悪いけど…」

私は二人の間に入った。

「いくらですか?」

私の言葉にみんなが笑う。

ーーいくらかかっても構わない。
ーー彼女が残るなら。

私は、その言葉は言わなかった。



🔙第二十九話第三十一話🔜


創作大賞2026 ファンタジー小説部門 投稿作

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