イブ物語|判断寓話|夜の後先(4/4) |判断ファンタジー短編
【イブ物語 夜の後先(4/4)】
街道は、しばらく穏やかだった。
彼女の護衛対象は商人夫婦--
商人のマイクとその妻エレサ、
そして愛娘のアイナの3人だった
馬車の軋む音と、蹄の規則的な響き。
荷台から漂う乾いた布の匂い。
朝の名残を残した空気は、どこか眠たげで――
緊張が緩むには、十分すぎるほどだった。
ヨルは、前方を見据えながら歩いていた。
「このあたりまで来れば、危険は少ないはずよ」
そう言って、商人夫婦に振り返る。
二人は安堵したように頷いた。
その時だった。
街道の先、少し開けた場所で、
馬車が止まっているのが見えた。
車輪が外れ、傾いたままの馬車。
そのそばで、数人が手を振っている。
「助けを求めてる……?」
ヨルは足を止めた。
人の気配はある。
悲鳴も、血の匂いもない。
ミニアの流れも、乱れてはいない。
――大丈夫そうね。
そう判断し、マイクに向かって自身が確認してくる事を伝えた。
「私が見てくるわ。ここで待っていて」
その瞬間だった。
風に乗って、微かな声が届く。
「……止まるな!」
ダイクの声だった。
ミニアに言葉を乗せた、鋭い一言。
ヨルは一瞬、眉をひそめる。
「……?」
だが、壊れた馬車から数名がすでに
こちらの馬車の方へ歩き出していた。
「すみません、大丈夫ですか?」
ヨルはためらいを押し殺し、その一団に案内され話しを聞く事にした。
⸻
壊れた馬車のそばには、旅商人らしき一団がいた。
「助かります!」
「車輪が壊れてしまって……」
差し出された手。
疲れた笑顔。
荷台は――空だった。
――?
一瞬、胸に引っかかるものがあった。
「交換すればすぐ直るんです。
でも、人手が足りなくて……」
言葉は自然だった。
声色も、動きも、不審ではない。
ヨルは振り返り、マイク夫婦の馬車を見た。
――荷物は、期日付き。
ここで止まれば、約束に遅れる。
「事情は分かったわ。
私たちは先に町へ行く。
荷物を届けたら、助けを呼んで戻るから」
そう告げて、踵を返した。
その時――
マイク夫婦の馬車の前に、二つの影が立った。
「その必要はありません」
リアムの声だった。
「走らせてください」
そう言うと馬車に乗り込みマイクの隣に座った
「なっ……!」
突然の事態に驚いたマイクから、
手綱をやや強引に掴みとると、マイク夫婦の馬車を走らせた
マイクが抗議の声を上げる。
「困っている人を置いていくなんて……!」
ヨルも声を荒げた。
「待って! まだ何も――」
リアムは答えない。
ダイクが短く言った。
「来ます」
次の瞬間だった。
壊れた馬車の下から、
草むらから、
影が一斉に動いた。
「やれ!」
盗賊たちが現れ、叫び声と共に襲いかかる。
「しまっ……!」
マイク夫婦の馬車へ、刃が迫る。
「赤より出よ炎...爆ぜろ!」
短くダイクが唱えると盗賊たちの地面が一瞬光、大きな音でドンと破裂した。
その爆風にたじろぐ盗賊たちの間をすり抜け
マイク夫婦の馬車は走り出した。
「最初から、そのつもりだったんですよ」
ダイクが馬車に飛び乗り言った。
「商人が、空荷の馬車で街道を走るわけがない」
アイナが叫びエレサがそんな彼女を抱きしめていた。
ヨルは走り出した馬車の荷台に掴まりながら、唇を噛んだ。
――気づけなかった。
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マイク夫婦を乗せた馬車は速度を増していたが、荷台に積んだ荷物が重りになり思うように速度が出ない。
後方には馬に跨った盗賊達が迫って来ていた。
「どうする!」
リアムの声が飛ぶ。
マイクは一瞬、迷い、
それから決断した。
妻と一緒に
荷台の布を剥ぎ、
箱を、袋を、
次々と盗賊へ向けて投げ捨てる。
荷物が落ちる。
盗賊たちが群がる。
軽くなった馬車が、加速する。
「走れ!」
馬車は街道を駆け抜けた。
⸻
町に着いたのは、
夕暮れ時であった。
マイクは膝から崩れ落ちていた。
「約束の荷物が……」
「もう、商売は……」
肩を落とすマイク夫婦の前に、
リアムが一通の手紙を差し出す。
「会長からです。
あなた達の判断で、命の危機を乗り切ったときに渡すよう言われていました。」
震える手で封を切る。
読み進め、
二人は声を上げて泣き崩れた。
結婚を認めること。
商会を継がせること。
そして――
最悪の時に、
利益を捨て、
家族と命を守った判断を、
正しいと認める言葉。
ヨルは、少し離れた場所から、
その光景を見つめていた。
助けなくてよかった。
けれど――
助けられなかった。
その二つが、
胸の中で、同時に残っていた。
街道の先には、また夜が来る。
ヨルは静かに、次の夜を思った

マイク、エレサへ
この手紙は、
お前たちが“荷を守った”時ではなく、
“荷を捨てた”時に渡すよう、
リアムに預けていた。
商人は、約束を守らねばならない。
だが命を失って守られる約束に、
意味はない。
最悪の状況で、
利益より家族を選び、
商売より生存を選んだ判断を、
私は評価する。
お前たちは、
商人である前に、家族であり、
それを捨てなかった。
商会は継がせる。
結婚も認める。
次に荷を積むときは、
今日より重い責任を背負え。
父より
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