「はじめてのとりしらべ」の振り返りで海図を更新する――見通しのきく企業防衛⑧|#035
登場人物等:
甲社 医療機器メーカー
P 今回、県警捜査二課から呼出しを受けた甲社の営業担当社員(I市民病院担当)
Q 甲社法務課社員
M 弁護士
S I市民病院に勤務する医師(みなし公務員)
F Pの取調べ担当刑事(今回初登場)
初回取調べ前の作戦会議――見通しのきく企業防衛⑦|#033において、甲社のP、Qの2名は、M弁護士に取調べへの対応方針を相談しました。
M弁護士は、Pに対し、
• 聞かれたことだけに、記憶のとおり答えること
• 記憶が曖昧な場合は、そのことも含めて正直に伝えること
• 一息入れたい場合や相談したいことがあれば、一度取調室を出て弁護士に相談したい旨を申し出ること
などを助言しました。
翌日。M弁護士はPに付き添い、県警本部へ向かいました。
P「先生、大丈夫ですかね。僕、不安で不安で……。先生に一緒に入ってもらうわけにはいきませんか?」
M「残念ながら、日本の法制度では、弁護士が取調べに立ち会うことはできないんです。だからこそ、捜査員と直接接する皆さんの情報が頼りになります。」
P「でも、実際に取調室に入ったら、全部忘れそうです……。」
M「それが普通ですよ(笑)。だから、さっき話したことを全部覚えていようとしなくて大丈夫です。『覚えている事実だけを話す』『困ったら弁護士に相談する』『思い出せなかったら、そのことを正直に伝える』――今日は、この3つだけ持って行ってください。」
そう言って、M弁護士はPを取調室へ送り出しました。
途中、Pから弁護士への連絡はありませんでした。
そして午後5時20分頃。県警捜査二課のF警部補に付き添われ、Pが取調室から戻ってきました。
FはM弁護士に名刺を差し出しながら言いました。
F「先生、お疲れ様です。またPさんに来てもらいたいので、そのときはよろしくお願いします。」
M「もちろん協力します。ただ、Pにも通常業務がありますので、日程調整は私が会社との間に入ります。今後は私にご連絡いただけますか。」
F「分かりました。」
そう言って、Fはその場を後にしました。
その後、PはM弁護士の事務所へ戻り、Qも合流しました。
いよいよ、Pによる「初めての取調べ」の報告が始まります。
企業防衛において、弁護士は取調室の中を見ることはできません。
だからこそ、取調べを受けた本人から一つひとつ事実を聞き取り、捜査機関が何に関心を持ち、どのような仮説を描いているのかを再構成していきます。
今回のテーマは、その「振り返り」です。
この初回の取調べによって、企業が持っていた海図はどのように更新されるのでしょうか。
M「まず、最初に確認します。黙秘権は告げられましたか。」
P「はい。言いたくないことは言わなくてもいいという権利があります、みたいなことは言われました。あと、『今日は被疑者として話を聞くけど、本気で逮捕するつもりなら、こんなふうに事前に呼び出したりしないからね』とも言われました。」
M「携帯電話はどうなりましたか。」
P「私用も社用も出しました。最初は断ったんですけど……。」
M「弁護士や会社に相談したいと言う時間はありませんでしたか。」
P「いや……『出さないと始まらない』『令状を取れば押さえられる』と言われて。何回か断ったんですけど、結局押し切られました。圧が強くて…」
M「任意提出書には署名しましたか。」
P「はい……。」
M「仕方ありません。任意提出書に署名している以上、その提出の効力を後から争うのは簡単ではありません。そこよりも、これからの対応に力を注ぎましょう。」
P「実は……警察から呼ばれた時に、S先生とのLINEを消してしまったんです。」
M「……それは、よろしくありませんね。」
P「でも、変なことを書いてあると思われたら嫌じゃないですか。悪いことはしてないのに。」
M「今、私用と社用のスマホはどこにありますか。」
P「どっちも解析すると言われました。私用はまだ警察が持っていますけど、社用は一度返してもらいました。」
M「Pさん。捜査機関は削除した痕跡も含めて解析します。やってしまったことは仕方ありません。ただ、今後は絶対に電子データに手を加えないでください。」
少し間を置いて、Mは質問を変えました。
M「担当刑事はどなたでしたか。」
P「Fさんがメインで、Gさんという人がメモとったりしてました。」
M「階級は?Fさんが警部補でしたが、Gさんは?」
P「巡査部長?ですかね」
M「で、どんなことを聞かれましたか。」
P「S先生とのことです。一緒に焼肉へ行ったこととか、ゴルフとか。」
M「ゴルフは何回くらいですか。」
P「2回くらいです。栃木のコースだったと思います。」
M「そのように答えましたか。」
P「はい。」
M「ほかには。」
P「あ、仁川旅行ですね。」
M「い、仁川……?」
P「去年の11月です。S先生に誘われて。」
M「警察は何を聞いてきましたか。」
P「誰が企画したのか、誰が旅費を払ったのか、その辺をかなり。」
M「Pさんが旅費を負担したわけではありませんね。」
P「それはありません。会社もうるさいですから。でも、乙社のKさんが、『航空券とホテルはこちらで持つから』って。」
M「……乙社とは?」
P「あ、うちの代理店です。製品を病院へ納める時に入る会社です。Kさんはステントの立会いにも来ます。」
M「焼肉やゴルフにもいましたか。」
P「いましたね。」
少し考え込んだあと、Pが思い出したように続けました。
P「そういえば、刑事さん、『乙社から金は出てないのか』『焼肉にKはいたのか』『Kとはどういう付き合いなんだ』って、その話を何回も聞いてきました。」
その一言で、Mの頭の中の事件の構図が少し変わりました。
これまでは、PとS医師との関係が中心だと考えていました。
しかし警察は、それだけを見ているわけではない。
代理店である乙社とKの役割にも強い関心を持っているようでした。
M「Qさん。、Pさんの社用スマホは会社で預かってください。」
Q「はい。」
M「そして、フォレンジック調査を依頼しましょう。」
Q「もう警察が解析しているのに、会社でもやるんですか。」
M「ええ。警察は事件を立証するために解析します。しかし、私たちは会社を守るために解析します。目的が違うんです。ディフェンスでは、まず何が起きたのかを把握しなければ、防衛方針を決めることができません。客観的な電子データは、そのための重要な証拠になります。そこから社内調査を進めれば、警察もまだ把握していない事実が見つかることもあります。そうした事実が、結果として会社やPさんに有利な事情につながる可能性もあります。だからこそ、有利不利を問わず、事実を隠さず、まず全部把握することが大切なんです。」
Q「M先生、さっきから乙社のKさんのことを気にされていますが、そんなに重要なんですか。」
M「重要です。Pさんや御社がお金を払っていなかったとしても、医師から見れば、Pさんと乙社、そしてKさんは『接待する側』として一体に見えます。そうすると、警察は『KさんとPさんが役割分担をして贈賄を行った』という構図を考えている可能性があります。法律的に言えば、共犯ってことですかね。」
QもPも、しばらく言葉が出ませんでした。
初回の取調べで分かったのは、Pが何を話したかだけではありません。
警察がどのような事件の構図を描こうとしているのかも、少しずつ見えてきたのです。
企業防衛とは、起きた出来事に反応することではありません。
集まった事実をつなぎ合わせ、捜査機関より一歩先に事件の構図を読み解き、次の一手を考えることです。
この日、甲社の海図には、新しい航路が一本、書き加えられました。
