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気づかないうちに、値引きしてしまう私たちへ【不安シリーズ②】

日々、様々なフィールドで
様々な人と。

やり取りをさせていただくなかで、
頻繁に出会うテーマ。

それが
不安
です。

なかでも、よくお聞きするのは
人と接することについての不安です。

(以下の発言は、
現場でよく聞く内容を
私がまとめたものです)

たとえば、
学校場面では

「自分が他人にどうみられているか。
そのイメージを壊すのが怖くて素を出せない」

「友達からみた私はいじられキャラ。
そのキャラ設定のままでいなければ
ならないと思ってしまう」

「目立つことをするのが怖い。
自分の存在を消して過ごしたい」

などなど。

医療場面では
「他の人が当たり前にできることが
できなすぎて、自分はずっと底辺だと
感じていた」

「人前で声を出したら笑われると思い、
皆の前に出ると顔が赤くなるようになった」

「些細なことで他人から注意されると、
自分の失敗が人生の終わりのように
感じられる。
励まされると自分がもっとダメに
思えてしまう」

など。

皆さんも似た体験をされたことは
ないでしょうか?

前回記事の「ピクニックと崖」は、
まさにこうした状況を説明する
ストーリーとして
私がよく使っている物語の
一つなのです。

前回記事はこちら↓


こうした対人的な不安を
生み出す工場になっているのが、

「人からの評価を気にする」

という思考回路。

この回路が回っている限り、
日々対人的な不安が
製造され続けるのです。


この「工場」の稼働率が
高い方に対して、
私がたびたび
お伝えしているのが
次のお話です。


「八百屋とお客さん」の話


あるところに八百屋さんがありました。
棚には、

お日様をたっぷり浴びたトマト、
外葉のついた重たげなキャベツ、
青々とした小松菜、
土の匂いがするごぼう、

など、
色とりどりの野菜が並んでいます。

その八百屋に、
店主が一人いました。

年季の入った前掛けをかけて、
いつも棚を整え、

手書きの値札が少し傾むけば
小まめに直し、

通りの流れのなかで
お客さんを待っていました。

お客さんは
いつも店主が書いた
手書きの値札をみて、
野菜を買っていました。


ある時、
1人のお客さんが
店を訪れました。

店に並んでいる野菜を見回すと

トマトを一つつまみ上げて
こう言いました。

「少し柔らかすぎるな。」

次に、
キャベツを持ち上げて
こう言いました。

「葉が固そうだし、
少し古いんじゃないか?」

小松菜にも指で触れ、

「色はいいけど、
筋っぽそうだ。」

最後にごぼうを見て
こう言いました。

「細すぎるな。
こういうのは中が締まって
ないことが多いんだ。」

指先でごぼうを軽くしならせながら、

「香りも弱い気がする。」

そして、
店主に対してこう言いました。

「この店の野菜はどれもこれも
質が低い。私に言わせれば、
書いている値札の半額が良い所だ。」

さて、
店主はこのお客さんに対して、
どのような態度で接することが
できるでしょうか?

たった一人のお客さんの意見と
言い値を真に受けて、
お店がつけていた値札を変える
必要はあるでしょうか?

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