「県境」を越えると何が変わる?47都道府県を巡って気づいた、日本各地の文化と暮らし
先週末、滋賀県に一泊の旅をしてきました。これで、日本全国47都道府県すべてに宿泊する旅を終えたことになります。
若い頃は国内出張で訪れることが多かった関東や関西の政令指定都市。中年になってからは、趣味の温泉や登山を兼ねて地方を巡ることが多くなり、ここ2年程は「まだ泊まったことのない県」を意識して旅先を選んでいました。最後に残っていたのが、日本のほぼ中央にある滋賀県だったというのは、なんとなく不思議な巡りあわせです。

この全県制覇の経験を振り返ると、いろいろな気づきや思いがこみあげてきます。どれも一つひとつが短編のエッセイになりそうなくらいなので、今後シリーズ化しようと思いますが、今回はまずスタートとして、特に印象的だったテーマから始めたいと思います。
それは、「県境って、意外と意味があるんだな」という発見です。
■ 「県境」を越えると空気が変わる不思議な感覚
旅の中で、車や電車で県境を越えるたびに、ふと「空気が変わった」と感じる瞬間がありました。それは比喩的な表現ではなく、本当に肌で感じることのある“何か”の違いです。道路の舗装の質が変わったり、看板のデザインに地域性が出たり、家の造りが変わって見えたり。人の話し方や表情までも、どこか違うのです。
もちろん、それは思い込みや偶然の産物かもしれません。でも何回も越県の瞬間を経験すると、やはり「県境というものには文化的な意味があるのだな」と思わざるをえません。
県境の多くは、山や川といった自然の地形によって形づくられています。古くからの街道は、そうした自然の障壁を越える場所にできていて、その先に違う藩や国があった。江戸時代の藩制の名残が、今の県境になっていることも多い。そう考えると、境界の違いは文化や言語、経済圏の違いとして、今なお息づいているのかもしれません。
■ なぜ県境は「文化の境界線」になるのか?
たとえば、長野県から富山県へ車で抜けたとき。トンネルを一本くぐっただけで、見える山並みや空気が変わっていたのを覚えています。秋田から岩手、徳島から愛媛、大阪から奈良…いずれも「なんとなく違うな」という印象がありました。
もちろん、隣り合う県ですから距離はそれほど離れていません。でも、地形が隔ててきた暮らしの蓄積が、ほんの少しずつその土地の雰囲気を作っているのだと思います。方言も、味付けも、建物の素材も。たしかにグラデーションのように変化しているのですが、県境はその節目を感じやすいポイントでもあるように思います。
例えばエスカレーター(本来は右も左も立って乗るものだけど)。東日本は当然のこととして、京都までは右側が空いているのに、大阪に入った途端、左が空く側に変わるのは何でなんだと思ったものです。
■ 県境を越えても変わらないもの、変わるもの
旅行者の視点から見ても、「県」は明確な意味を持ちます。たとえば、観光パンフレットやポスター、道の駅の情報発信は、県単位で整備されていることがほとんどです。SNSでも、「○○県に行ってきました」という表現が自然に使われるように、県は私たちの旅の単位、感覚の単位になっています。
つまり、「県」という単位は単なる行政区分にとどまらず、人の記憶や経験のフレームにもなっているということです。
そして、その「なんとなくの違い」を感じること、見つけることも、旅の楽しさの一つかもしれません。
■ 旅行者にとって「県」は単なる行政区分ではない
もちろん、都道府県という制度自体には、課題もあります。人口減少が進む今、もっと大きな広域圏での行政運営を求める声もあるでしょう。実際、広域連携や道州制の議論は以前からあります。
けれど、旅を通じて感じたのは、都道府県ごとのアイデンティティがとても豊かであるという事実です。もしこれが全部「四国州」「山陰州」などにまとめられてしまったら、あの「空気の違い」や「越境感」はどうなってしまうのでしょうか。
制度としての合理性とは別に、日本人の暮らしや感覚の中に根を張っている「県」の存在。それは、旅人にとっての地図であり、物語の区切りでもあるのだと実感しました。
■ 違いを発見する旅が、日本をより面白くする
この国は、見渡せば本当に小さな島国です。なのに、ここまで多様な文化や気質が育まれてきたのは、やはり「境界」があるからだと思います。
自然の境、歴史の境、文化の堺、風習の境。
それを超えて出会う“違い”にこそ、旅の醍醐味があるのだと、改めて感じました。
お読みいただきありがとうございます。
この記事は、全8回のうちの第1回です。第2回以降もお楽しみ下さい。
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