誰でも作れる時代に、どう届けるか―― AI時代の創作に対する、一つの答えを見た話
いつもご覧頂きありがとうございます。
note界ののび太、上条晄輝です。
今回は稲荷文庫さんのクラファン企画を紹介します!
もともと僕と稲荷文庫さんは知り合いでも何でもなく、noteの創作系タグでおすすめされていたのを見かけたのがきっかけでした。
「メスガキ」というフレーズに惹かれて覗いてみたところ、メスガキ――というより、自作に対する圧倒的な熱意を感じてフォロー。
『デッドエンド』は、メスガキが切った貼ったで立ち回る僕好みの小説です。
そして自分の作品を紙の本にしたいという目標のため、自分で方法を考え、数字を調べ、クラファンを実現した行動力に心打たれ、人生初クラファン購入と相成ったのです。
■僕は6冊目!
ただ、今回僕が購入に至ったのは、それだけではなく。
これは単なる「熱い挑戦」ではなく、AI時代の創作に対する一つの答えになっているのではないか、と感じたからです。
少し前から考えていることだけど、AI時代になると、創作のハードルは下がる。
構成を考えることも、書くことも、表紙や告知画像を作ることも、以前よりずっと低コストでできるようになる。
これは創作の本質的価値においては間違いなく良いことです。
でも、その一方で別の問題が出てきます。
作れる人が増えるということは市場価値が下がる。それだけではなく埋もれやすくなる。
ここがAI時代の創作の最も辛いところ。
作品そのものを作る難易度は下がるのに、作品を「意味ある形」で読者に届ける難易度はむしろ上がる。
誰でも書ける時代は、言い換えれば、誰もが埋もれる時代でもあります。
その中で稲荷文庫さんがやっていることは、単に「小説を書いてます、読んでください」ではない。
紙の本という物理的な到達点を設定し、しかもそれを「受注生産的なクラファン」という形で現実化しようとしている。
僕はここに強い可能性を感じました。
普通、紙の本を出したいと言うと、多くの人はこう考えます。
商業に拾われるか、自費出版で大金を払うか、そのどちらかだと。
しかしクラファンなら商業を通すための時間や、自費出版における金銭的負担をかなり軽減できる。
そして何より、小説単体がどんどん売れなくなっている時代において、作品が本という形になる過程そのものを共有している。
つまり本だけでなく体験も売っている。
これを自覚的にされているところに感銘を受けたのです。
こちらの記事に書かれている通り、AI時代の創作は作品ではなく作家主体になると考えられます。
何を書いたかではなく。誰が書いたか。
これは単に、人気者や共感上手が支持されるという意味ではありません。
AI時代の差別化とは、その人のこだわりや執着、どうしてもそれを書かずにいられない理由が、作品の魅力に直結するからです。
もちろん、この方法も決して簡単なものではありません。
作品の熱量も必要だし、作者本人の継続力も要る。
読者が「この人の本が現実になるところを見たい」と思えるだけの、何かも必要になる。
ただ、それでもなお、これはAI時代の創作における一つの有力なモデルケースなのではないかと思うのです。
Q:本売るだけなら即売会でもいいのでは?
A:即売会にぽんっと参加しても小説は売れません。
完全に赤字です。赤字が辛いのは金額そのものでなく、その事実そのものが作家の心を抉るのです。
その点クラファンはうまくいかなくても赤字になりにくい。
心のダメージを最小限にしつつ、損失もないのでリトライしやすい。
あとやはり作品単体売るよりも過程を可視化する方が強いです。
