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AI時代の文章術――冒頭が「AI丸投げ」だと数秒で離脱される理由

どんな内容かな?
そう思って記事を開き、冒頭の数行でうんざりして離脱する。
なんなら開いたことさえ後悔する、そんな経験ありますよね。

もし自分の記事がそうなってたらどうしよう。そんな不安とともに投稿する人も多いだろうと推測します。

ですがご安心ください。

もし数行であなたの記事が離脱されたとしたら、それはあなたがAIの出力した文章をそのままコピーしたからです。
数秒で出したから数秒で離脱されただけ。
ただの因果応報です。

今、読者はかなり早い段階で判断するようになりました。

「これは読む価値がある文章か」
「これは誰かが本当に見たものから始まっているのか」
「それとも、AIが一般論を整えただけなのか」

これを最初の数行で、直感的に嗅ぎ分けます。
だから、AI時代になっても、冒頭の大切さは変わりません。
むしろ、以前より重要になったといえます。
なぜなら、冒頭が文章の身分証明書になったからです。

AIっぽい文章は、空中から始まる

AIが書いた文章には、かなり分かりやすい癖があります。

たとえば、こういう始まり方です。

「近年、生成AIの普及により、文章のあり方が大きく変わり始めています」

「AI時代において、読者に選ばれる文章を書くことはますます重要になっています」

「あなたは、頑張って記事を書いているのに読まれないと感じたことはありませんか?」

文章としてはきれいで、主張も正しいです。
しかし、どこにも主体がありません。

何を見たのか。
何に引っかかったのか。
なぜ今それを書こうと思ったのか。
どの立場から話しているのか。

空中から振ってくる一般論。これがAI生成文なのです。

もちろん、人間が書いてもこうなることはあります。
逆に、AIを使っていても、人間の観測地点が入っていればそれはAI生成文として見られなくなる。

問題は、AIを使ったかどうかではなく、視点がどこにあるかなのです。

冒頭に必要なのは「共感」とは限らない

よく見かける文章術で「冒頭で読者に共感しましょう」と言われます。

それ自体は間違っていません。
読者の悩みを拾うことは大切だし、「これは自分のことだ」と思ってもらえれば、読み進めてもらいやすい。

ただ、AI時代には、この共感導入すらテンプレ化しています。
有効な型で、たくさんの素材があったため、既にAIは学習済みです。

「こんなふうに感じたことはありませんか?」
「頑張っているのに結果が出ないと、不安になりますよね」
「私も以前はそうでした」

こういう入り方が今でも有効ですが、あまりにも多用されすぎて、読者はもう見慣れています。

共感の形をしているのに、書き手の実感がない。
優しい言葉なのに、誰でも言える。
寄り添っているようで、実はただのテンプレ。

そうなると、共感のはずが逆に薄く感じられます。
だから、冒頭に必要なのは必ずしも共感ではありません。
必要なのは、経験、視点、立場表明なのです。

視座があると、人間が見える

たとえば、こんな感じです。

「ある記事を最後まで読めなかった。タイトルでは“人の文脈が大事”と書いているのに、本文の冒頭がAI丸投げの匂いを出していたからだ」

これは共感ではありませんが、その人の体験から出発しています。

どんな記事を読んだのか。
どこで引っかかったのか。
なぜ違和感を持ったのか。

少なくとも、人間が何かを見て書きたくなったことがわかります。

もう一つ例を挙げてみます。

「noteでスキ数が人気や評価のように扱われている。しかし、外部サービスではスキを増やすサービスが普通に売られている。それを見た瞬間、noteの数字を絶対指標とするのは無理だと思った」

これも共感ではありませんが、書き手の立場が表明されています。

現象を見る。
違和感を持つ。
仮説を立てる。
構造にする。

この順番がある文章は、多少荒くても読めます。
逆に、最初から綺麗な一般論だけで始まる文章は、どれだけ整っていても読者は「またこれか」とうんざりするのです。

AI時代に読まれる冒頭の条件

では、AI時代に読まれる冒頭には何が必要なのでしょうか。

少なくとも次のどれかが必要だと考えられます。

現象。
違和感。
具体的な場面。
立場表明。
問い。
怒り。
笑い。
発見。
自分が見た数字。
読めなかった理由。
最後まで読んでしまった理由。

つまり、これについて書きたいと思った起点です。

「最近、こういう人が増えています」では弱い。

「昨日、こういう投稿を見た。そのコメント欄を読んで、これはかなり危ないと思った」なら読まれます。

「AI時代には人間の文脈が重要です」では弱い。

「人の文脈が大事だと書いている記事なのに、本文がAI丸投げに見えた。私はそこで読むのをやめた」なら読まれます。

冒頭に、現実の引っかかりがあるか。
これが大切です。

AIを使うなら、冒頭だけは特に疑え

AIは便利ですが、今の時代、冒頭をAIに丸投げするのはかなり危険です。

だからAIに書かせた冒頭は、まず疑った方がいいです。

この冒頭には、現実があるか。
自分の視点があるか。
自分が見たものがあるか。
この文章を書く理由があるか。
誰でも言える話になっていないか。

ここを確認します。
AIが整えた文章に、人間の認知や感覚を戻す。
これが、AI時代の編集作業の基本です。

結論

AI時代になっても、冒頭の大切さは変わりません。
ただし、求められるものは少し変わりました。

以前の冒頭は、読者を引き込むための技術でした。
今の冒頭は、それに加えて「これはAI丸投げではない」と示すための証明になりつつあります。

必要なのは、文章の発生源を見せることです。

「近年、AI時代になって文章に求められるものが変化しています」

そう書き始める前に、まず自分に問いかけましょう。

自分は、何を見たのか。
何に引っかかったのか。
なぜ、今これを書くのか。
どこから話すのか。

その答えが冒頭にある文章は、読まれる可能性があります。
綺麗な一般論ではなく、あなたが見た現実を置く。
読者はそこに、人間の気配を見ます。

そしてたぶん、これからの読者は、そこで読むか読まないかの判断を下すのです。


おまけ:この記事で最初にAIくんが出した冒頭


AI時代になって、文章はいくらでも生成できるようになった。

テーマを入れる。
構成を出す。
見出しを並べる。
本文を書く。
最後にまとめる。

数分あれば、それなりに整った文章が出てくる。便利です。とても便利です。

ただ、そのぶん読者はかなり早い段階で判断するようになった。

「これは読む価値がある文章か」
「これは誰かが本当に見たものから始まっているのか」
「それとも、AIが一般論を整えただけなのか」

たぶん、読者は最初の数行でかなり嗅ぎ分けている。
だから、AI時代になっても、冒頭の大切さは変わらない。むしろ、以前より重要になった。
なぜなら、冒頭は文章の身分証明書だからだ。

・そのまま出したら記事の内容からしてとっても危ない事例😆

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