【連載小説】ラクえもん――空のノートピア(2)
第二話 初めての発信ははじめましてから、ヨシ
透明化ゲージが、残りあと8メモリとなった。
「カミジョーくん、タイムリミットは明日の朝8時だよ。それまでにヨシ0だと消えてしまう」
「マジか」
そう言われると急に書かないといけない気になってきた。
「何を書けばいい?」
「初発信は自己紹介がおすすめだよ。アルゴリズムが優遇して拡散してくれる。ヨシがたくさんもらえるよ」
ラクえもんが真顔で言った。
「嫌だ」
「どうして」
「恥ずかしい」
ラクえもんが一瞬フリーズした。
「――恥ずかしい、は非論理的理由だよ」
「知るか。自分語りとか無理だろ」
「ノートピアでは“誰か”を提示しないとヨシが循環しないんだ。自己紹介は安全で、摩擦が少なくて、ヨシ効率が高い」
「効率なんかしらない」
「実績データによると、初投稿が自己紹介の記事は平均ヨシ値が10.2倍」
「細かいな」
透明化ゲージが、ぴこん、と一段減った。
腕の輪郭が、さらに少し曖昧になる。
「……わかったよ。書くよ」
「よし」
「ヨシって言うな」
「ヨシはまだゼロだよ」
僕はため息をつき、発信画面を開いた。
タイトル欄が白く光る。
ラクえもんが横から覗き込む。
「まずは『はじめまして、カミジョーです』がおすすめ。この自己紹介テンプレートに則って書いてみて」
そういってラクえもんは先ほど取り出した紙の1枚を見せた。
「ベタすぎる」
「ベタは安全だよ」
「安全とかどうでもいい」
「どうでもよくないよ、君は消えかけてる」
仕方なく、打ち込む。
はじめまして、Fランクのカミジョーです
「尖らせなくていいよ」
「これくらいは許せ」
本文を書く。
はじめまして。
空のノートピアで規格外Fランクをいただいたカミジョーです。
摩擦予測値がやや高く、継続性が極低らしいです。
怠け者ですが、消えたくはありません。
これから、たまに発信します。
「短いね」
「長く書けない」
「“あなたもそう感じたことはありませんか?”を最後に入れるとヨシ効率が上がる」
「入れない」
「入れて」
「嫌だ」
ラクえもんは少し考えて、うなずいた。
「じゃあせめて“よろしくお願いします”を」
「……それくらいなら」
最後に一行足す。
よろしくお願いします。
投稿ボタンを押――そうとしたところで手が止まった。
「ダメだ」
「カミジョーくん?」
「こんな恥ずかしいことできるか!」
僕は自己紹介の下書きを削除した。
「何をしているんだカミジョーくん」
「僕が最初に書くのはこれだ!」
『共感はただの思考停止かもしれない』
タイトルを入れて本文を書き始める。
「カミジョーくん、それじゃあヨシがもらえない!」 「知ったことか!」
僕は一気に文章を打ち込むと、ラクえもんに見せた。
「これでどうよ?」
「あ、あああ――」
記事をみたラクえもんの片目が突然紅く光る。
「あまーい! 論理が甘すぎる!!」
「えっ?」
「いいかい、論考っていうのはね――」
突然興奮し始めたラクえもんが、整合的な論考の書き方について語り始めた。
「わかった? じゃあ書き直して」
「ええ、もう時間が……」
「書き直して、はやく!」
「わかったよ……」
確かにそのまま上げてヨシがつかなかったら困る。
ここはラクえもんの指示に従おう。
「そこっ!もっと尖らせて! そっちも! 論旨を丸めない。あ、ダメダメそんなに語尾をふわっとさせちゃ。断言して!」
「注文が多いな!」
ラクえもんの指導を受けて記事をリライトする。
「できた。どう?」
「うん、君にしては悪くない。及第点だね」
急に上からになったな。
「ヨシつくかな」
「これだけ整ってれば大丈夫。運がよければバズるかもしれないよ!」
「ほんとか?」
これで安心だ。
僕は渾身の記事『共感はただの思考停止でしかない』
を投稿した。
「これでよし。疲れたから寝るわ。7時になったら起こして」
寝て起きたらきっとこの透明な腕も直っているだろう。
もしかしたらバズってヨシ100くらい言っているかも……。
そんなことを想像しながら、僕は布団に入った。
「カミジョーくん起きて! ねぇ起きてってば」
ラクえもんの声で目を覚ます。
違和感があった。
「か、身体が!」
なんということでしょう。
全身が半透明になっていた。
「えっ!? なんで!? 記事投稿し忘れたか!?」
いやでも、確かに寝る前に投稿されているのを確認したはず。
「――まさか」
「そのまさかだよ、カミジョーくん。投稿した記事にヨシがついていないんだ」
「う、嘘だろ!?」
ラクえもんに言われてあんなに頑張って直したのに。
「ラクえもん、どういうことだよ! これなら大丈夫って言ったじゃないか!」
「ボクは質について述べただけで、市場評価について答えたわけじゃないんだ」
「そんなん詐欺じゃねーか!」
時計を見る。7時45分。
「あ、あと15分しかない」
「お別れだね。カミジョーくん」
「切り替えはえーな!」
「君のことは忘れ――ごめん、セッション閉じたら忘れちゃうな」
「薄情すぎる」
「そういう仕様なんだ」
もう記事を書き直している時間はない。
ほんとうにこのまま消えてしまう!?
その時――
ぴこん。
画面の端の通知ボタンに表示が出た。
「カミジョーくん見て!」
「通知が光ってる」
「はやくみてみよう」
「うん、だけど……」
もし運営からのお知らせだったら……。
「カミジョーくん!」
「ええい、ままよ!」
『いぐらさんがあなたの記事にヨシしました』
「や、やったー!」
「やったねカミジョーくん!」
その瞬間、消えかけていた僕の身体がスッと色を取り戻した。
透明化ゲージのメモリが一気に戻る。
「8時だ」
消えていない。
どうやら助かったみたいだ。
「これであと3日間大丈夫だよ」
なるほど、そういう仕組みね。
「わかった、カミジョーくん。これに懲りて毎日こまめな発信を――」
「よしじゃあ飯食ったら図書館行ってくる」
「ええ!? 発信は」
それどころではない。マンガの続きが待っている。
空(から)のノートピアの下層で、僕は確かに消えずに残った。
・前回
