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シン・群像新人賞受賞作を解体する~傾向と対策⑧~ 『アザミ』をめぐる文脈の暴力 ——「群像」的世界を読む

 おはようございます。皆さんお集りのようですね。読書会へ、ようこそ。ここでは、私が主に発表者として綾木朱美『アザミ』を分析したいと思います。皆さんの中には「群像」のカラーを探ってほしいというお気持ちがあるかも知れませんね。まずは、どの文芸誌にも通用するような小説の技法を抑えることをやってみようと思います。
 今日のお話の予定は次の2つのポイントを挙げます。テーマとしては「文脈の暴力」という一貫したテーマが見えてくるという点にまで発展させていこうと思います。
 なお、『アザミ』という本を手元にないという方でもご参加できるように工夫したいと思います。


1.同僚が背後からPCを覗くというのはマナー違反では?

(引用者注:ニュースランキングで)「見たことのない名前を見つけてクリックする。<ミカエル楓(かえで:原作ではルビ) 初のソロアルバム 8月24日発売>
「やめたほうがいいですよ、そいつ」
 見出しをクリックして記事を表示したところで声がかかる。きのうと同じような時間だったので、私は驚きもせず首をめぐらす。隣の席の同僚が、微笑みの残滓のない無表情で私の背後からパソコンの画面をのぞき込んでいる。

『アザミ』020頁

 えっ!?て一瞬思いました。違和感がある。それを説明するにあたり、少し整理が必要ですね。簡単な事実関係を抑えるだけですから。
「隣の席の同僚」という言い回しでは、並べられた席の隣に座っている同僚という位置関係が浮かびますよね。それが、「私の背後」にいるということで、瞬時に修正を位置関係について要求されます。
 そうです。この「隣の席の同僚」と言うのは位置関係を示すのではなく、メトニミー(換喩)だということ。メトニミーとは、ある物事を、それと密接に関連する別のものに置き換えて表現する修辞法のことです。漱石の『坊ちゃん』に登場する赤シャツは服を指しているのではなく、それを着ている人物を指す類ですね。
 ここまではいいんですが、一般常識として、同僚とはいえ、他人がPCに閲覧しているのを「背後からパソコンの画面を覗き込」むことがあるだろうか?という点なのです。
 仲がいいわけではないし、同性でもない。「彼と私は仕事以外の話題を口にしたことがない」(021頁)と関係性が示されています。ここには、ノイズがあります。つまり、位置関係の問題ではなく、社会的規範の違和感が立ち上がるのです。
 たとえメトニミーとして成立していても、同僚が背後からパソコンを覗き込む行為は、現実社会では明確なマナー違反です。この“違和感”が、むしろ作品の核心である「文脈の共有」というテーマを、早い段階で不穏に照らしているように感じます。

2.説明過ぎでは

 ミカエル楓という韓国人アイドルは、「女性問題でやらかし」(021頁)、本国での活動をやめ、日本に活動の拠点を移そうとしたという話が続きます。そのくだりで、

「…(省略)…面の皮厚すぎません? スイカじゃねーんだから」。
「スイカって」
思わず笑ってしまうが、その笑いも風が吹けばかき消える霧のようなものだ。

本書21~22頁

 皆さんはどう読まれたでしょうか? 芸人さんの間では、「ねぇ、面白い話があるんだけど」と一人ツボに入って笑いながら会話するのは粋ではないという話を聞いたことがありませんか?
 そうなんです。ここでは、「思わず笑ってしまう」というのがやや過剰に書きすぎているのです。う~ん、少なくとも僕にはそう感じました。すぐ後に笑いのトーンまで描写しようとするため、ややクドく感じられるのです。
「笑うところなの?」という読者の冷めた視線が立ち上がる瞬間でもあります。
 そうではなく、例えば「口の端が緩む」という描写や、「息が漏れる」という描写にかえるといいのではないかなぁと思うんですね。
 

3.両者を貫く主題:「文脈の暴力」

 朱美さんはご自身でこう書いておられます。

コミュニケーションとは、できる・できない、じょうず・へたではなく、似通った文脈をどの程度共有できているのかのグラデーションの問題ではないかという誰かの言葉を思い出す

本書14頁

「背後から覗く」と「笑ってしまう」は、一見無関係のように思えすようね。でもね、ここでは共有される文脈の暴力性を象徴しているに僕には映るんです。
 他人の画面を覗くことも、笑いを強要する描写も、いずれも”あなたもこれを共有しているでしょ?”という無言の圧力を伴う。
 このことを逆照射すると、作品のテーマ——“コミュニケーションとは文脈共有のグラデーションである”——が、実は自己批判的に作用しているとも言えるとは思いませんか。
 つもりこうです。この小説の無意識は、「文脈を共有できないこと」こそが人間的であり、それを無理に共有しようとする瞬間にこそ暴力が生まれるという構造を暴いている。

4.不安になってきたという方へ

 僕の今までの語りに、もしかしたら、えぇ、そこまで注意して書いていたら何も書けなくなってしまうのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。
 いや、その恐れが大事だと思うのです。ごめんなさい。少し説教調のトーンを帯びますが、続けます。Show don't tell(語るな、描写せよ)という意識をもつだけで、随分と文章が代わると思うのです。以上です。今日の発表はここまで。次回またお会いしましょう。よろしければ、「スキ」してください。批評されることによって、私の企画も趣向を変える契機になりますから。ぜひよければ下の記事もお読みください。


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