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成績のための学びで、僕たちは何を失ったのか
皆さん、こんにちは。
HSP×アンチ東大主義の、@おはようございますです。
最近、高校教育の実態を振り返って思うことがあります。
特に、進学校の授業やカリキュラムのことです。
①授業よりも受験の現実
高校での未履修問題がありました。
本来なら授業を行わなければならないのに、
学校は大学受験の勉強に時間を割いていました。
成績や合格実績を出すための事情は理解できます。
でも、この状況を見て、
僕は教育そのものがゆがんでいると感じました。
多くの高校でこうした実態があり、進学校も例外ではありません。
いや、むしろ進学校だからこそ、
効率や結果重視の教育が顕著なのかもしれません。
②成功者の学び方に興味がある
だからこそ、僕は今、成功している人たちの学びの過程に大いに興味があります。
小中高の頃、疑問があれば立ち止まり、深く考えたはずです。
単に要領よくこなしてきただけでは、今の社会での成功やステータスに直結するとは限りません。
僕は思います。
効率や成績だけを追い求める学びでは、本当に心から「わかった!」という感動は得られないのではないか、と。
③お金では買えない学びの感動
もちろん、今の社会で効率的に学ぶことはお金やステータスにつながるかもしれません。
でも、僕にとってそのお金は、心の底から理解したときの感動には勝てません。
学びの喜び、疑問を解き明かしたときの感動、考え抜いた末に見える世界の景色――
そういうものは、お金では買えないほど尊いと思います。
④まとめ
進学校の効率優先の教育や受験偏重の現実は、
教育のゆがみを露わにします。
でも、その中で自分なりに疑問を持ち、
立ち止まり、
考え抜く経験こそが、
本当に価値ある学びにつながるのではないでしょうか。
お金や評価のためだけではなく、
心からの理解と感動を追求する学びを、
僕は大切にしたいと思います。
