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【TOEIC200点台→690点】30代で振り返る私の英語遍歴(12年間の記録)

このnoteを見つけてくださり、ありがとうございます。

語学留学の記事を書く前に、まずは自分の英語との“歴史”を整理しておきたいと思い、この記事を書きました。

結論から言うと、私は英語が「得意でも好きでもない」タイプです。
それでもなぜか、10年以上この言語と付き合い続けています。
今回はそこに至るまでの軌跡を、素直にまとめました。

◆ 学生時代:最低限だけをやり過ごす

私の英語学習は中学校から始まりましたが、まったく好きになれませんでした。
初めての英語教師と相性が悪かったこともあり、最初に苦手意識を持ったまま固定化された感じです。

海外への興味はゼロ。
テストは教科書の丸暗記。
高校は推薦、大学はAOでした。

振り返ると、英語とはほぼ縁のない学生生活でした。

◆ 社会人時代(前半):
気づけば10年「英語とは距離を置く」生活

2012

内定先の受験で初めてTOEICを受ける。結果は200点台(※記録なし)。
この時点で「私は英語ができない人間」と認識。

2016

帰国子女の友人とアメリカ旅行へ。
予想外の返答に固まり、店員さんの言葉が聞き取れず、
“聞き返す勇気”すらなくてショックを受ける。

「英語が話せないってこういうことなんだ…」と痛感して、やり直し英語を決意。

(※ちなみにアメリカでレンタカー運転したのは、今思えば無謀でした。)

2017–2018

仕事が多忙になり、英語の参考書だけ積読が増える時期。
よくある“大人の英語あるある”です。

2019

積読に嫌気がさし、すべて売却して英会話イーオンへ入会。

2020–2021

イーオン継続。しかしコロナ禍でオンライン受講がしっくりこず、
仕事も忙しくなり退会。

2021

TOEIC375点。
当時は“何か伸びた気がする”という曖昧な自信しかありませんでした。

2022–2023

Duolingo、スタサプ、トーキングマラソン、スピークバディ、
TOEIC eラーニングなど、とにかく色々手を出す“迷子期”。

2023夏

TOEIC445点。

◆ 無職時代(2023年末〜):ここから全部流れが変わった

2023年末、会社を辞める。
理由は語学留学ではありません。(別noteでまとめます)

ただ不思議なことに、仕事を離れたその瞬間から、
「英語にもう一度ちゃんと向き合ってみたい」という気持ちがふと湧きました。

ここから8カ月の語学留学の旅が始まります。


◆ 2024–2025:セブ → メルボルン → バギオ

2024年6〜8月

フィリピン・セブ島で3か月留学。

2024年8〜11月

オーストラリア・メルボルンで3か月留学。
帰国後に受けたTOEICは605点。

2025年1〜3月

フィリピン・バギオで2か月、TOEICコースに集中。

2025年5月

TOEIC690点(L:415 / R:275)。


◆ そして私は気づいた:

いつの間にか「英語が習慣になっていた」


実は私は、英語が“好き”ではありません。

文法の例外が嫌いで、
単語暗記も好きじゃなくて、
「英語を使う華やかな仕事がしたい」と思ったこともない。

でも私は、なぜか続けてこれました。

ここにきてやっと分かったのは、
英語は私にとって「目的」ではなく「自由度を上げる手段」だったということです。

海外で一人で動ける
旅先で困った時に助けを求められる
世界が曇りガラス越しでなく“輪郭をもって見える”ようになる

その小さな実感が積み重なって、
私は“好きではないけど続けられる人”になっていました。


◆ まとめ:10年以上かけて、
やっと「英語との距離感」が分かってきた

20代の頃の私は、英語に苦手意識しかありませんでした。
30代になり、セブ・メルボルン・バギオと旅をする中で、
英語と“敵対関係”だった自分がようやく和解してきた感じがします。

TOEIC690点は、決して高得点ではありません。
でも、私にとっては「苦手なものとの関係が変わった」象徴の点数です。

この先は800点台を目指していきますが、
“好きだから”ではなく、
“もっと自由に旅を続けたいから”。

そんな理由で、私は英語を続けています。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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▶この話(TOEIC690点)の続きはこちら。

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