【短編小説】善良な人々のための自動ドア

 「クソが。一体どうなってやがる」
 困った。ネット通販が使えないのである。といっても、私を愚鈍な人間だなどと思ってはいけない。新しいモノを全く取り入れられず、学ぼうともせずにわからんわからんとばかり言う年寄り連中と一緒にされるのは心外である。私も還暦を過ぎているが、インターネットで物を買うくらい、その気になれば簡単にできるのだ。実際に私は何度も利用している。しかし……。
 いつも通りに操作しているはずが、中々注文確定の画面まで辿り着かないのだ。商品をカートに入れて、購入画面に進んで。
 「配達業者が見つかりません、とは一体どういうことだ」
 これである。さっきから試しているのだが、どうもいけないようだ。配達業者が見つからない。いつも来る配送屋は休みということか?大体、近頃の奴らは皆、仕事というものを舐めているのだ。インターネット通販なら家からいつでも買い物ができる、という触れ込みではなかったのか。どうせ今頼んでも本日中には品物が届かないのに、注文すら受け付けていないとは。いくら電話をかけても繋がらんし。この前配達に来た小僧にしてもそうだ。不在票の番号にかけると、今日の配達時間は終了したなどと抜かすので怒鳴りつけて持ってこさせなければならなかった。少しでも甘い顔を見せればすぐに手を抜くのだ。
 まぁ、できないものは仕方ない。注文は明日やり直すとして、その時にまた電話で文句を言うことにしよう。朝から無駄な時間を使わされた。そろそろ昼時だが、家の食料を切らしているので外に食いに行こう。
 近所にある、いつも行く食堂に向う。
 「この店もか……」
 最新式らしい自動ドア。モニターが付いており、開閉時にいちいち客の情報を認証する機能がある。私はこれが大嫌いだ。シンプルに開くのが遅いからだ。まったくイライラする。このドアは最近流行っているのか、あらゆる店や施設に導入されつつあるのだから、嫌になってしまう。ついに行きつけの飯屋にまで魔の手が。
 苦々しい気分で入店しようと、自動ドアの前に立つ。センサーが私を感知し、モニターが反応する。あぁ、テンポが悪い!一瞬その場で待ってから店内に踏み出そうとすると、閉じたままの透明な扉に激突しそうになり、あわてて足を引き戻す。怒りで顔がカッと熱くなるのを感じた。本当にトロいドアだ!いや、これは故障か?遅いどころではなく、開く気配がない。こんな、くだらないドアを設置するのが悪いのだ。店員が出てきたら一言くれてやる必要がある。すると、店内で注文を取っている店員と目が合ったが、私を気にする風もなく厨房に戻っていった。なんだ?ドアが壊れているのが分からないのか?
 ドアの目の前で腕を組んで待っていると、あとから別の客がやってきて様子を伺いはじめた。開き次第先に入るべきは私なので、そいつのことは無視していると、ようやく男の店員がこちらに歩いてきて、一瞬の間があってドアが難なく開く。不具合があるのは外側のセンサーだけなのか、などと思っていると、私より先に向こうから口を開いた。
 「そこ、邪魔なんで退いてもらえますか」と、さも迷惑そうに。
 私は、いつまで待たせるつもりだ、という言葉を思わず飲み込んでしまった。邪魔?店の外で待たされていたストレスもあった。瞬間、頭に血が上った私は目の前の男に掴みかかった。

 容赦なく返り討ちに突き倒され取り押さえられた私は、気付けば取調室でにこやかな担当官と向き合って座っていた。
 「手を出してしまったそうですね。お店では何がありましたか」
 公僕の分際で横柄な態度を取ろうものなら、と身構えていたので、丁寧な物腰に虚を突かれつつ、聴取を受け入れる。
 「それがわからんのですよ。私は普段の通り飯を食いに行っただけなのだが、例の新しい自動ドアが開かなくて」
 「ははあ。では、あのお店はよく利用されていたということでしょうか。お店さんとは何かトラブルになったことはありませんか」
 「トラブル?接客がなっていなくて注意したことならあるが」
 「なるほど」
 担当官はあくまで穏やかな態度を崩さない。
 「入口が開かなかったのは、もしかするとあなたが出入り禁止に設定されていたからかもしれませんね」
 出入り禁止だと?なんの権利があってそんな。思いもよらなかった言葉に目を剥いた私を見て、丁寧な声が続ける。
 「善良な人々のための新法、というものを聞いたことがありませんか」
 善良な人々の……?阿呆のように復唱する私に軽く頷き、続ける。
 「そうです。新たに施行された法律です。大多数の善良な人々の安心安全な生活を守り、健全な社会を保つと同時に、自制を促すことでモラルの低下を食い止めることを目的としています。一部の思慮の欠けた者による、社会の秩序を乱したり、他者を不快にすると認められる言動を取り締まるものです」
 それなら聞いたことがある。国会中継では、若者からの人気取りのための形だけの法案、などと揶揄されていた記憶がある。
 「その法律なら知っているが、それじゃまるで犯罪者のようじゃないか!なにが他者を不快にする、だ!あんなものは客として当然の……」「まぁまぁ、落ち着いてください」
 なだめるような声で遮られ、高まってきた熱が引く。
 「仰るように、取り締まりの対象とすべき言動を明文化するのは難しいと言われてきました。その結果採用されたのが、各事業者が実際にあった言動について報告、共有を行った上で、事業者それぞれの裁量で特定の個人の利用を制限してもよい、という仕組みです。これにより、店舗によっては他では問題とされないことを理由に出入禁止などの措置が取られる事例も少なくありません。利用制限の方法も様々あり、電話番号の着信拒否といった簡単なものもあれば、入場者の情報を照会して禁止リストに載っている人物が来ても開かない自動ドア、といったものもあります。今回、お店に設置されていたのもこのドアでしょう」
 その時、担当官の背後の扉が叩かれる。入室してきた職員が担当官に何事か耳打ちすると、今まで柔らかかった顔が、気のせいか一瞬だけ鋭さを帯びたようだった。
 「失礼しました。そういうわけなので、ご不便でしょうが今後はお食事の際は別のお店を利用されるのがよろしいと思われます。事情聴取は以上です」
 やれやれ解放されたか。確かに手は出してしまったが、それはあちらに非があるのだし、怪我を負わせてもいない。拘束時間がこの程度で済んで良かった。
 「それにしても、店が客を選ぶ時代とはな。最近は何が何だかわからんようになった」「心中お察ししますよ。今と昔では価値観の大きく違うところもあり、戸惑われることも多いでしょう」
 特に返答を期待していない呟きだったが、意外にも肯定的な言葉をかけられ、立ち上がりかけた腰を椅子に置き直す。先程からの丁重な言葉遣いといい、コイツはきっと物の分かるやつだ。
 「そう、そうなんだよ。どんどん世界がおかしくなっていく。常識が通用しなくなって、生きづらい世の中だよ」
 そうだ。金を払う側と受け取る側には、明確に立場の差があって然るべきだ。金銭の関係だけではない。上司と部下や、教官と生徒もそうだ。あるべき礼節が失われつつあるのを感じる。何が善良な人々の方だ、何が自動ドアだ。注意されたのが気に食わないから客を店に入れないだと?あれくらいのことは昔なら当たり前だった。周りも皆そうしていた。その正しさに疑問を持つ隙などなかった。そうやって育ってきたからこそ、私は……。
 「結局は環境なのでしょうね。若い人の中にもいますよ、自分の主張だけ通そうとして他人の感情については考えない、いや、考えらえない人が。そういう場合、社会に順応できるように新法に基づいて矯正局で再教育を試みるのですが。あなたの場合、長年かけて培われた価値観を今から変えるのは難しいでしょうね。それまで当たり前だったことが急に許されなくなるというのは、悲劇的なことです。きっと、あなたも被害者なのでしょうね」
 署を出る時、最後まで微笑みを絶やさなかった担当官の顔が、憐みを含んでいるように見えた。「これからは、もっと生きづらくなりますよ」

 帰路、空腹を覚えた私は家に食べ物がないことを思い出し、スーパーマーケットに寄ることにする。入口の自動ドアの前に立ち、センサーの読み込みを待つ。しかし、ドアは開かない。昼の出来事が頭を過る。扉をドンドンと叩いて開けろと呼びかけると、中にいる店員が携帯電話を耳に当てたのが見え、逃げるようにその場をあとにした。
 利用制限を行う際、報告と共有をするという、担当官の説明を思い出す。私はようやく、自分が世界から排除されたことを理解した。

 今日も建付けの悪い引き戸を開けて食堂に入る。券売機で食券を購入し、出された食事を無言のまま口にする。店内では他にも2、3人客がいて、皆黙々と食事を続けている。
 私は食事を終えると、余計なことを言わないよう、やはり無言で退店する。
 「飯を食ったって礼の一つも言えない……」という小さな嘲笑を背に、極力音を立てないよう慎重に戸を閉めた。 

#創作大賞2024  

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