「完全版」神戸の常識を変えた3年間は、オールブラックスに何をもたらすのか? -マイク・ブレアの挑戦
マイク・ブレアコーチにとって、コベルコ神戸スティーラーズで過ごした3年間は、単なるコーチ経験ではなく、自分の攻撃哲学を持ち込み、修正し、チームの中に根づかせていくまでの長い時間でもあったようです。
今年からオールブラックスのアタックコーチを担うことになったブレアコーチは、海外メディアでの発言の中で、神戸で積み上げてきたものと、そこで磨き直された発想を、今度は最高峰の代表チームでどう形にしていくのかを語っています。そこから見えてくるのは、派手な改革よりも、既にある強みをどう整理し、どう勝利に結びつけるかという発想です。
"神戸で進めた攻撃観の再構築"
まず神戸で向き合ったのは、キックに対する捉え方でした。チームにはトップリーグ2018-2019優勝時代から残る空気があり、9番がボックスキックを使えば翌週の選考に響く、そうした感覚が深く根付いていたそうです。ブレアコーチが変えたかったのは、キックそのものの意味でした。
逃げるために蹴るのではなく、相手に蹴り返させるために蹴る。そこで守備の形を崩し、整った守備構造を壊し、非構造の局面を作ったうえで勝負する。この発想を浸透させるには短期間では足りず、本人が振り返る通り、3年がかりの作業だったようです。
ただ、その3年間は自分の考えをそのまま押し通す時間でもなかったようです。ブレアコーチは、エディンバラのヘッドコーチ時代に機能した方法論が、日本で同じように機能するわけではなかったと認めています。 守備の性質が違い、選手の特性も違い、試合の流れも違う。だからこそ、自身の哲学にも手直しが必要だったとのことです。神戸での時間は、チームを変えるだけでなく、自分の攻撃観そのものを削り直す時間でもあったのでしょう。
今季の神戸には、その変化がよりはっきり表れているようです。これまでのようにボールを動かし続けるだけではなく、4番から8番の強さ、スクラム、そしてセンターを軸にゲインラインを取り、速いボールで主導権を握る形へと重心を移したと説明しています。
単純なラン重視でもなければ、キック偏重でもない。前進力とテンポを軸にしながら、キックも含めて守備を乱し、主導権を握る。その根底にある考え方は、今後のオールブラックスの攻撃に対する見方にも繋がっている予感がしています。
"オールブラックスで問われる攻撃運用の再設計"
ブレアコーチは、2005年に初めてオールブラックスと対戦した経験を振り返り、土砂降りの中で、キックオフから僅か十数秒で相手22メートルラインからボールを運んで自陣22メートルラインまで一気に押し込まれたことで、その攻撃力の質を理解したと語っています。
その一方で、ただボール動かし続けるだけでは、いずれボールを失う局面が来る。実際、今回の発言を追っていくと、ブレアコーチが重視しているのは、ただニュージーランドらしくボールを動かすだけでは無く、キックで試合をいったん分断し、守備が整っていない局面を作り、そこで外側やスペースを攻める。そのバランスが重要だと考えているようです。
つまり、ここから見えてくるのは、ブレアコーチがオールブラックスの攻撃を「ゼロ」から作り替えようとしているわけではないということだと思います。
ニュージーランドらしい展開力や外で勝負する強みそのものを否定しているのではなく、ボールを動かす事とキックを別々に考えるのではなく、どちらも守備を崩すための選択肢として一つの設計図の中に取り入れる。どの局面でそれを使い、どう勝利に結びつけるかという「運用」の部分を整理し直そうとしているように見えます。

"選手層の厚さが可能にする構築の順序"
この考え方を理解するうえで、スコットランドでの経験も重要です。ブレアコーチは、グレガー・タウンゼンドHCがスコットランド代表で非常に良い仕事をしていると高く評価しています。その理由として、限られた選手層の中で、選手に「何ができないか」ではなく「何ができるか」を軸に前向きな環境を作ってきた点を挙げています。各世代から1人か2人ずつ上に上がってくれば十分であり、グラスゴーやエディンバラがそうした育成を支えてきた。さらに近年は、勝ちながら若手を迎え入れられる環境になってきたことで、プレッシャーへの対応も改善してきたと見ているようです。つまり、いる選手から最大値を引き出す発想です。
その経験があるからこそ、ブレアコーチはニュージーランドの特異さも強く感じているのでしょう。スコットランドや日本では、まず今いる選手を見て、その特性に合わせて戦い方を調整する必要があった。一方でニュージーランドでは、その順番を逆にできると語っています。先にどう戦いたいかを決め、その設計図に合わせて人を選べるだけの選手層があるという認識です。
ブレアコーチは、デイブ・レニーHCから日本、イギリス、フランスのトップリーグだけでも110人のニュージーランド選手がプレーしていると聞き、驚いたそうです。しかも海外組を含めなくても、国内に十分な候補者がいると見ています。ブレアコーチにとってオールブラックスは「与えられた材料で何とか形を作るチーム」ではなく「設計図に沿って構成を決められる選択肢を持ったチーム」だということなのでしょう。
もっとも、本人はまさか自分がオールブラックスのコーチになるとは考えておらず、スーパーラグビーを十分に追えていなかったそうです。今は過去のオールブラックスの試合やスーパーラグビーを見直しながら、調子の良い選手やチームに合う人材を探している最中だと明かしています。
"共同設計の中で問われるブレアの実装力"
今回の変化は、もちろんブレアコーチ一人で進む話でもありません。ブレアコーチ自身、レニーHCもアタック面には関与してくると見ており、そのうえで長年の付き合いがある両者にはかなり共通した発想があるようです。レニーHCが得意とするターンオーバー、カウンターアタック、相手守備の崩し方といった部分では、すでに共有された考え方があるとのことです。そう考えると、今後のオールブラックスの攻撃は、レニーHCの考えを土台として共有しながら、ブレアコーチがそれをより細かく、より明確に形にしていく作業と見る方が近いのかもしれません。分業というより、共同設計に近い関係です。
"新たな役割に重なる過去の悔い"
そして、この仕事はブレアコーチにとって個人的な意味合いも持っているようです。デイブ・レニーHCから直接「ちょっと会わないか」と連絡を受けた時点で何かあるとは感じていたようですが、実際にアタックコーチ就任の可能性を打診されると本人はいったん判断を持ち帰りましたが、家族にこの話をすると反応は早く、元々今年のリーグワンのシーズン終了後にはスコットランドへ戻る予定だった中でも、奥様は最後まで話を聞く前に「やるべきだ」と即答したといいます。
そして本人は、この仕事をただの称号として終わらせるつもりはないようです。現場で結果を残す役割だと捉えており、視線はあくまでピッチの中へ向いています。さらに今回の役割を、2009年のブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズの南アフリカ遠征で残した悔いをもう一度見つめ直す機会とも受け止めているそうです。追加招集で遠征に加わりながら、テストマッチ出場は果たせなかった。その経験が今も残っているからこそ、今回与えられた大きな機会に対して、選ばれただけで満足せず、しっかり成果を残したいという意欲を持っているようです。

まとめ
神戸での3年間は、すぐには変わらない常識と向き合い、持ち込んだ理論を日本の現実に合わせて削り直し、形にしていく地道な積み上げでした。レニーHCとの長年の絆も含めてではあるでしょうが、しかし、それがブレア・コーチをオールブラックスコーチへの道へと切り開いた1つの要因である事は間違いないでしょう。
オールブラックスのアタックに、明確な設計図と柔軟性の両方を持ち込む。派手な改革ではなく、運用の再設計。自分の考えが当たるかどうかはわかりませんが、ブレアコーチの発言はそれを示唆しているように思いました。
「神戸で変えた常識」の先に生まれた彼の新たな物語は、果たしてどのような結末となるのでしょうか。まずは、7月のネーションズチャンピオンシップからです。
参考記事 ・Planet Rugby「New All Blacks coach has worked for three years to ‘get rid’ of Wayne Smith’s ‘mantra’」 ・RugbyPass「The '14 seconds' of All Blacks attack inspiring Mike Blair's game plan」 ・Planet Rugby「Mike Blair: ‘I regret my time with the British and Irish Lions; the All Blacks is an opportunity to fix that’」・Planet Rugby「Mike Blair: The ‘fortunate’ luxury the All Blacks have that’s different from coaching in Scotland」・Planet Rugby「Mike Blair reveals why he quit head coach gig and how Dave Rennie could influence the All Blacks’ attack」
