ファンタジーにおける生活感と創作大賞で求められるものを考える
note初心者、Tales物書きの累華です。
今回は、ファンタジーにおける生活感とはなにか? というのを自作で表現しているものを引用しつつ、その解釈を考えたいと思います
ファンタジーの生活感とは
一言で言うと
その世界における人がどう暮らしているのかわかる様子、なのではないかと考えています。
(ここでは人間ではなく、そのファンタジー内における人の意味で使用)
既存作品において見られる生活感
たとえば、上橋菜穂子先生の『獣の奏者 Ⅰ闘蛇編』ではこんな描写があります。
主人公のエリンと養い親であるジョウンが蜂蜜を求めて夏の小屋に移動したあとのシーンです。
ここの夜は、真夏でもかなり冷えこむ。炉に火を入れなければ、とても夜を過ごすことはできない。煙出しには、鳥が巣をかけていることが多いから、まずはその掃除から始めなければならなかった。
この前の描写には夏の小屋の美しさと清々しさが描かれているのですが、対比するように小屋の手入れの大変さが表現されています。
「大変そう……」
外国に行った友達から外国での大変だった経験を聞いたような、当たり前に現実にあるような感覚が、この文章からは読み取れます。
また、乾石智子先生のオーリエラントの魔道師シリーズのひとつ『イスランの白琥珀』のからもひとつ紹介です。
主人公オーヴァイディン(元は魔道師ヴュルナイ)の幼少期の記憶として、寒い凍土での生活が描かれています。
霧の中に目を凝らして、その新雪がおおい隠したものをさぐるヴュルナイは、常に凍え、飢え、震えていた。隠されたものが見つかれば、飢えと寒さから遠ざかることができる。(中略)タヌークの糞があのわずかに盛りあがった雪の下にあれば、今日の食べ物にありつける、と、はかない期待を抱くのだ。
読むだけで、お腹が減った苦しみと寒さが自分ごとに感じないでしょうか。
表現されてないけれど、指先が冷たくなって感覚が感じられない、というものさえこの文章からは感じることができるように思います。
創作大賞のメディアで期待する像
文春文庫さんは、ファンタジー小説部門に期待する作品像として、
読者が文句なしに作品世界に没入できる、色彩豊かな作品をお待ちしています。世界観や暮らしの描写を丁寧に、世界自体も主役であることを忘れずに描いて頂けたらと思います。
このような表現をされています。
これは、ファンタジーにおける生活感を現していることを表現しているのではないかなと解釈しています。
また、ポプラ社さんが期待する作品像としては、このような表現もあります。
「なんでもあり」だからこそ、しっかりとした骨格を備えた作品
この骨格って、いたずらに設定を積み上げること、ではなく、設定をもとに、それを表現として、どのようにキャラクターたちの描写などに落とし込んでいくのか、が求められているのではないかと思われます。キャラクターの生き様や吐息にどう混ぜ込んでいけるのではないか、だと思います。
たとえば、よくファンタジーを書いていると、緻密な身分制度を考えたり軍事組織の構造を考えたりなど設定に凝ってしまうことがあるかと思います(少なくとも私はそういうことに陥ったことがあります)。
作りすぎた結果、それを披露することばかりに頭が向いてしまって、登場人物たちが置いてきぼりになってしまうことがあります。
じゃあ、この制度や組織の構造によって、
登場人物や他に暮らしている人たちはどんな生活になっているの?
どんな考えをしているの?
行動のなにに影響しているの?
そういったものが緻密な設定を骨格とした作品であり、表現されたものが、世界観や暮らしの描写、生活感と言われるものではないでしょうか。
創作大賞のファンタジー部門の一部からは、そういった作品が求められているように思います。
自作におけるファンタジーの生活感

魔法が当たり前の世界に住んでいる人たちの生活をどう描くか
現在、創作大賞にTalesから応募させていただいている自作では、様々な身分や国で暮らす人々が出てきていますので、とても四苦八苦しながら書いております。
その世界における人がどう暮らしているのかわかる様子をふまえたり、創作大賞で受賞したいメディアから求められる作品像を考えると、「これでいいのかな」と日々悩みながら、推敲を繰り返す日々です。
いくつかのシーンをご紹介します。
古い煉瓦でできた学舎だった。廊下に子どもたちの高い声が木霊している。煉瓦のしっけたにおいがしたが、不思議に心地よく子どもたちの声を響かせているようだった。
日の出の鐘とともに、シャナはのっそりと寝台から起きた。
樫の木の寝台は、九歳のシャナの体重でもぎしぎし言う。ぽかぽかする毛布から、足を下ろせば、春の朝にぶるっと足がすくんだ。いやいやながらも革靴に足を入れる。靴のなかも、ひんやりとしていた。
シャナは、両肩を抱きしめながら、急いで暖炉に薪を入れ、杖を出して炎の魔法を唱える。そうすると、あったかい空気がほこりのにおいと混じった。
貴族の家では、使用人がいて、暖炉の火を絶やさないようにしているらしい。大貴族では、魔導具の温突と筒が、床に壁に張り巡らされて暖炉さえないという。
そんな家に住んでみたいなあ、と思いながら、朝の身支度をはじめた。
いかに庶民の騒々しい酒場とは言え、どこでだれがなにを聞いているのかわからない。学園には名のある貴族の公子公女に限らず、儲けのいい商家の娘息子も通っている。
そういう子らの情報を拾って、どこで呪術や呪法のたぐいが行使されるのかわからない。数百年前に異端とされた呪術は、いたいけな子どもたちにも向けられたりするのだ。油断のならない世の中であると思う。
(教師になるまでは、そんな世界があるなんて考えたことがなかったな)
後ろでばか騒ぎをしている連中の音を拾いながら思う。
教師という立場になって、ただの学徒であった時と見える事柄がちがうことがわかった。さまざまな身分の人間が通う学園にいるからこそ、魔導を頂点としたこの世界の歪みや軋みのようなものを感じることがある。
学園の分掌のなかに、蟲への討伐だけでなく、呪法への対処が含まれるようになったのは、そういった歪みや軋みの結果であろうと思った。
1つ目、2つ目では、五感と日常の生活、3つ目では霧の大陸における問題を、それぞれのキャラクターの視点から表現しています。
せ、生活感や、骨格は感じるでしょうか……?(震え声)
もし少し見ていただいてご興味いただけたら、こちらの作品をお読みいただけたらうれしいです。
▼作品で大事にしているテーマはこちらの記事に書きました
〈唯一〉という神の権能を「恋愛ファンタジー」の枠組みで
もう一作は、元はなろう小説におけるテンプレを利用しつつ、最近増えているキーワードである「番」ではなく、神の権能である〈唯一〉というものに振り回されるキャラクターを中心とした恋愛ファンタジーです。
一生に一人しか好きにならないという神の権能が血に宿っているふたりがすれちがったらどうなる?
という着想から話を広げていきました。
「エストヴァンの〈唯一〉って知ってる?」
フィルクは卓に肘をついて、身を乗り出すように問うた。
「……? 知らないわ」
聞いた覚えもない。
「そのむかし、エスト神はエストヴァンの祖リアタールに恋をし、番ったんだ。女神は戦の女神でもあるが、愛の女神でもある。〈唯一愛〉。人生で唯一の人を愛するっていう権能を持つ。だから、その子孫である皇族たちにもその力の名残があるんだが……、これが厄介でね」
「なんで、厄介なの? 心移りをしないってことでしょう?」
皇子ということは皇族。皇族ということは、その血に流れるエスト神の権能があるはずだ。メリヤナと同じく、エスト神〈唯一愛〉という権能が。
(中略)
(〈唯一〉……フィル、あなたの〈唯一〉は、だれ?)
思考を変える。フィルクの横顔を見ながら、思考する。
(まだ、見つかってない……? それとも、もう……、いる?)
不安が、おそろしい不安が募ってきた。その事実は認めたくない。それはだめだ。そんなの目にしたら、自分が、わたしが——。
〈唯一〉というものに振り回されるキャラクターの思考などが、この世界だからこそ表現できるだろうと綴ったものになります。
ただ……広げた結果、風呂敷をたたむのに53万字を要しました。
長編の異世界ロマンスどんどこい!という方、よろしければご覧いただければと思います。
▼なろう版はこちら(完結済み)
https://ncode.syosetu.com/n3175fp/
以上、ファンタジーの生活感を既存の作品や創作大賞で求められるものと考えながらの、自作小説についても語らせていただきました。
創作大賞〆切まで残り1ヶ月、走り抜けたいと思います!
お読みいただき、ありがとうございました。
▼物書きを再開した経緯はこちらの記事より
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