文系が解く数学:『ぐにゃり』としたX、Yと、何かと背負わされる数字たち
数学の教科書を開くと出てくる、ぐにゃりとしたxやyの記号たち。 数学が苦手だったとはいえ、あれほど見てきて、計算式もきちんと覚えたはずなのに。何十年も経った今、高校生の数学の教科書を開くと、それらはまるで「古代文字」のように見えてきます。
📝ノーヒントすぎる第1問
数学の問題と対峙した時に、度々感じる、永遠に=で繋げなければいけないような感覚。
「これは、ここで計算を終わりにしていいのか、いや、まだ続くのか……。」
特に、数学のテストの冒頭に出題される、文章のない、数式だけの問題は、私からすればノーヒントで回答を導き出せと言われているようなもの。
問題の出し方があまりにも乱暴ではないだろうか。
とにかく、今の状況を教えて欲しい!今、どういう状況で、この計算式を解かなければいけないのかだけでも、知りたい!
背景を教えてください!
私たちに何を求めているのですか。
これなら、時間差で出発するAさんとBさんが合流できる地点を出せと言われる問題の方がマシです。なぜなら、AさんとBさんには「合流して湖や自然を一緒に眺めて時間を過ごす」といった、血の通った目的が想像できるからです。
📗数学は知的好奇心そのものだった
有名な数学者たちも、きっと数学を好きになったきっかけには様々なドラマがあったはずです。 ただ、私には「何としてでも、この現象を数学の力で解き明かしたい」という情熱が欠けていただけなのかもしれません。
1. 2000年の沈黙を破った情熱:アルキメデス
古代ギリシャのアルキメデスは、まさに「図工と理科」を極めたような人物でした。
砂の上の図形:彼は地面に図形を描いて考えるのが大好きでした。入浴中に浮力の原理を思いつき、「エウレカ!(分かった!)」と叫んで裸で飛び出したという逸話は有名です。
最期の言葉:ローマ軍が街に攻め込んできた際、彼は砂に描いた図形に夢中になっていました。兵士に突きつけられた剣を前に、彼が放った最期の言葉は「私の図形を壊すな!」だったと言われています。彼にとって図形は、命よりも守るべき「美しい物語」だったのです。
2. 独学で宇宙の真理に触れた天才:ラマヌジャン
インドの若者ラマヌジャンは、正規の数学教育をほとんど受けていませんでしたが、数千もの複雑な数式をノートに書き残しました。
「女神が教えてくれた」:なぜそんな「古代文字」のような数式が分かるのかと問われた彼は、「寝ている間に女神が舌の上に数式を書いてくれるのだ」と答えました。
タクシー数の逸話:病床の彼を見舞った友人が「乗ってきたタクシーの番号は1729という退屈な数字だった」と言った際、彼は即座に「いいえ、それは2通りの2つの立方数の和で表せる最小の数です」と返しました。彼にとって数字は、退屈な記号ではなく、一瞬で「性格」を見抜ける親友のような存在だったのです。
3. 350年の宿題を終わらせた男:アンドリュー・ワイルズ
「フェルマーの最終定理」という、数行のシンプルな「古代文字」が残した謎に、人生のすべてを賭けた数学者です。
少年時代の夢:10歳の時に図書館でその謎に出会い、「自分が解く」と決意しました。
7年間の秘密の部屋:彼は大学の自室に閉じこもり、誰にも言わずに7年間もその計算式と戦い続けました。まさに、終わりの見えない「=」を繋ぎ続けた孤独なマラソンです。
涙の証明:ついに証明を完成させ、講義の最後に「ここで終わりにします」と告げた時、彼の目には涙が浮かんでいました。それは、350年分の数学者たちのドラマがようやく完結した瞬間でした。
📕文系の私の頭の中
数学の教科書を開き、様々な式を眺めながら、私はぼんやりと想像します。
カッコ内に閉じ込められた数字。 肩に荷物を担がされている数字。 頭上に板を乗せられ、その上にさらに自分よりも重そうな数字を乗せられている数字……。
式の中の数字たちが、問題を解く自分と重なり合い、私の中で悲劇的なドラマが展開されているとは、数学の先生は夢にも思っていないでしょう。
私は一刻も早く、板の上の数字を横にどかしてあげたかった。 「分母」と「分子」という関係性。 いくら母とはいえ、重荷を背負わせすぎなのでは?
当時、分子を自分と捉えていた私が感じていた、あの一抹の申し訳なさ。 それを感じていたのは、きっと私だけではなかったはずだと、今でもふと考えてしまうのです。
