タンデムとパンデモニアム 【#135】
『PERFECT DAYS』の変奏曲としての『すばらしき世界』
たまに逆に、日本語で何て言うかを忘れる英語を想起することがある。今朝は”retrospective”がソレだった。
『編集コウ論』あいも変わらずAIの進化によって、じゃあ人間側だとどんな能力が相対的に価値を増していくのだろうという議論をダラダラと。今回焦点を当てるのは広義の「文脈力」。
NOT A HOTELのCFO兼CSOである江藤さんに新事業「NOT A GARAGE」 に賭ける思いを語っていただいたインタビュー。建築という物理的な「点」から、移動という時間軸を伴う「線」へ。この事業拡張の背景には、どのような狙いがあるのか。その構想と思想に迫る。
初めて『切りとれ、あの祈る手を---〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話』を読んだときの衝撃を忘れない。言葉を手にしていく感覚をまざまざと刻印してくれた一冊。というわけで、佐々木さんの別の著作を読んだ。
この本は講義録、論考、ラジオ対談、などいくつかの佐々木さんの発信を元に、政治・藝術・文学をひとつのものとして問いかける。保坂健二郎さんとのフランシス・ベーコンにまつわる対談の考察の濃度と鋭利さが個人的には一番釘付けになった。

親ガチャを始点に、人生がいくつもの分岐点の群からなっているなら、人間が背中に背負い込んだ業も愛おしく感じてしまうことがある。この物語において、幼き頃に母に見捨てられ、極道の道に搦め捕られ、多くの時間を塀の中で過ごした三上。では、『PERFECT DAYS』において役所広司が演じたトイレ清掃員・平山と、本質的に、意志によって人生は切り拓かれるという意味において、どこに分岐が、あるいは亀裂があったのだろうか。そうした人生の偶有性、理不尽さに思いを馳せずにはいられない。
出所後、社会に適応しようとするも、元ヤクザのスティグマが行く手を防ぐ。それでもどうにか介護職に就いた三上は、商店街を駆け抜けながら、その嬉しさを、爽快感を「シャブを打った時みたいだ」と満面の笑みで表現する。その青年のような、どこにも嘘がないピュアな感情が胸を打つ。
そしてその日、狭いアパートにて後見人、そして三上を追ったディレクター、ある件をきっかけに親睦を深めたスーパーの店長を祝杯を交わす。人生にはたしかな仲間と、時間を、場を祝福するための酒があれば、幸福は時を満たしてくれるのだと錯覚させてくれる。
そうつまり、何が言いたいのかというと、この物語は『PERFECT DAYS』の別のあり方、変奏曲なのではないか、という受容の仕方をしたということだ。
大阪へロールアウト、新生活の急発進



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