見出し画像

旅人の人生と共に、街を歩いた日|散歩帖 vol.3|

外国人観光客向けガイド、この仕事で出会う人の8割は、アメリカからの旅人だった。

実は、それまでアメリカ人と仕事やプライベートで関わることはほとんどなかった。

アメリカ発の映画やドラマであれば、何百本観てきただろうか。感情移入して、時にはバイブルのように近くに置いた作品もあった。でも、「リアル」なアメリカはどこか遠い存在。

やがてこの仕事を通じ、旅人と「リアル」な出会いを重ねた。

出会いを通じて自分の中に積もっていくのは、国という大きな「抽象」的イメージではなく、旅人一人一人との一期一会の記憶だった。

今回は、晩秋に出会った一人の旅人との物語。




妻に半日、同行してほしい。

そう依頼があったのは秋の終わり。行き先は「皇居」を希望していた。

私は少し、首を傾げる。宿泊先のホテルは皇居のすぐ近く。わざわざガイドを頼むなら、もう少し遠出でも良さそうなのに。でも、それぞれ事情もある。詮索せず、必要であればその場で行程を組み直すつもりだった。

待ち合わせ場所のホテルに着くと、夫からまたメールが届く。そこには妻の写真が添付されていた。「この写真が妻です。ロビーであなたを待ってます。ありがとう。

ここまで丁寧な依頼も珍しかった。少し心配性で、愛情深い夫を想像した。

ロビーを見渡すと、それらしき女性がソファに座っていた。少し不安げに俯いている年配の女性。写真と照らすと、やはり彼女だった。

・・実を言えば、旅人と初めて対面する瞬間はいつだって緊張する。息を深めに吐いて、緊張を悟られないよう声をかける。その瞬間──

彼女は私を見上げると、コメディ映画のワンシーンのように、目を見開き、口をあんぐりと開けて固まった。

ガイドとのご対面にしては、ちょっと珍しいパターンだ。おかしい。人違いだろうか.. この妙な空気に、隠していた緊張が顔に出そうになる。

「・・Oh My God… あなたは、女性だったのね!!!

彼女の顔がみるみる明るくなった。名前だけ聞いて、男性のガイドが来るものと思い込んでいたと言った。「Beautiful Ladyが迎えに来た!」と、夫に電話で報告まで入れる。Beautifulの部分は、素直に頂戴しておこう。

しかしなんだか、ディズニー映画ような、喜劇のような出会い方だった。彼女の勘違いのお陰で一気に和み、気付けば私の緊張もすっかり解けていた。

以前ニューヨークでミュージカルを観た話をすると、彼女は少女のように歓声を上げた。彼女はアメリカで、ショービジネスの世界にいたと話した。

子どもたちは独立し、孫も大きくなったと写真を見せてくれる。映画のような「Beautiful Life」が、そこにあった。

ところで家族写真を見せ合うのは、時には挨拶の一環でもある。

私も娘たちが写る家族写真を見せると、涙ぐみそうな勢いで見入っていた。そして毎回そうだけど、旅人とガイドの関係に、人生の先輩後輩の関係性が追加される。

小雨もぱらつく朝、皇居に続く道は人通りがまばらだった。

ゆっくりと歩きながら、彼女はアメリカにいる家族の話をした。

子供が小さかった頃の苦労話。写真に映る「Beautiful Life」の裏側にも、目には見えない、平坦ばかりではない時間が折り重なっている。夫と子供を信じて、ずっと生きてきたと彼女は言った。

そして、日本社会での働き方や育児の話になる。色んな選択肢が増えたようで単純ではないと、私は自分の気持ちを追加した。

彼女はほとんど立ち止まるように、ゆっくり言った。今の時代を、これからこの世界で生きる子供たちを、少なからず憂いていると。

この頃、アメリカでは大統領選挙が終わったばかりだった。

皇居の一番の観光ポイント「二重橋」が近づいてきた。彼女と私は一度お喋りをやめて、橋の美しいアーチに見入った。

彼女に頼まれ、彼女のスマホで二重橋の写真を撮る。デジタルなものの扱いはちょっと苦手らしかった。予約メールが夫から入った理由が、ようやくわかった。

そしてすぐに、家族の話に戻る。お喋りのついでに皇居に来た。そんな感じだった。

実は私はこの時以来、「二重橋」を見るたびに「家族」を連想するようになった。どんなに有名で素晴らしい観光地にいても、そこで思いを寄せるのは結局、その人の人生であり、生き方だと悟ったのは、多分この時だった。

しかしこのままでは、お喋りしているうちに終わってしまう。折角だから、東京の別の景色も見せたいと思った。


日本を代表するエンターテイメントの舞台歌舞伎座を、彼女は嬉しそうに見上げていた。

映画『国宝』が上映されるのはまだ先のこと。劇場の雰囲気を眺めたり、土産売り場でショッピングしただけだったが、彼女は追加の訪問先を喜んでくれた。

歌舞伎座の前で、観光客の乗る「マリオカート(ゴーカート)」の一行とすれ違う。道路沿いにいた観光客が一斉に、カメラを構えた。

仮装した観光客が走らせる、マリオカート。その光景も今では東京の観光資源の一部になっている。観光客が観光客の写真を撮る。おかしな現象だと思うのは、私だけ…?

それよりも、急げ急げと彼女のスマホでピカチューが乗るマリオカートを激写した。

この日私が写したたくさんの写真は、今でも彼女のスマホに残っているだろうか…

彼女がふと、打ち明けた。

最近は親しかった友人とも、正直に話し合えなくなってしまった。

分断──ニュースで繰り返し聞く言葉が、目の前の旅人の現実として差し出された。

もうすぐクリスマス。旅から帰ったら、友人や家族に宛てたクリスマスカードを何百枚も準備するのだそうだ。

「あなたは素晴らしい女性だし、素晴らしい母親よ」

別れ際の彼女の言葉に、胸が少し熱くなった。彼女は別れを惜しむように、私が見えなくなるまでずっと、その場に立っていた。




あれからまだ1年も経っていない。でもこれほど毎日、アメリカのニュースを見聞きする年もなかったと思う。

彼女は今年も、たくさんのクリスマスカードを用意するんだろうか。

あの時と変わらない歓喜の表情が、時々弾けていてほしい。そう願う。






いいなと思ったら応援しよう!

Ryoko |リョウコ 頂いたチップは、明日のコーヒー代に... ☺️ 大切に使わせていただきます☕️