ヒト恋し、イスタンブール|旅行記2026夏#3
いよいよ、イスタンブールの歴史的建造物が集まるエリア、旧市街を歩く。
宿泊先のカラキョイからトラムに乗り、ガラタ橋を渡って旧市街へ向かう。徒歩でも三十分くらいの距離。イスタンブールは密集した、コンパクトな街だった。

「イスタンブール・カード」という、交通系ICカードがある。SuicaやPASMOに、とてもよく似た仕様だ。カード本体を500円程度で購入して、チャージして使う。すると、都度チケットを買うより3割くらい運賃が安くなるのだ。地下鉄やトラムは150円くらい、フェリーは200円くらいで乗ることができる。
フェリーもICカードをピピっと使えるのが、新鮮。海峡を挟み、アジアとヨーロッパ二つの大陸にまたがる街ならではだろうか。フェリーは地元人の足なのだ。
旅の途中で出会ったトルコ人男性は、学生の時期は生活費が安いアジアサイドに住み、ヨーロッパサイドの学校にフェリーで通ったと話していた。私が東京の地下鉄に乗るような感覚で、フェリーを利用するのだろう。
さて、旅先ではなんでもイチイチ、
人に尋ねたくなるものですね。
このイスタンブール・カードをどこで買えるか、ホテルのフロントに尋ねてみることにした。ガイドブックで予習はしている。しかし、実際にそこで生活する人に確認してみたい。いや本音では、なんでも良いからその国の人と話してみたかったのだ。
夫、娘二人と四六時中一緒で、孤独とは縁遠いのが今の私の旅。それなのに(むしろ「だからこそ」というのかな。)、ある種の「他人恋しさ」に襲われるのだった。
「母親であろうとする振る舞い」と、「旅人であろうとする振る舞い」は、水と油のような関係であるなぁと思うのだ。
長く静かで哲学のような旅をしたいのに、「ママ、ママ」と300万回呼ばれ、ハイと返事し、「どうして欠伸をすると涙が出るの?」などと、旅とは無縁の質問にも答えなければいけない。チーズとビールを同時にたらふく胃に入れたような、消化不良を感じるのだった。
太田胃酸の錠剤に手を伸ばすがごとく、「イスタンブールカードの買い方」という初級問題を携えフロントに立ち寄った。フロントの男性の回答は、しかし、市販薬より即効性があった。
「僕のカード、使ってないから貸しましょうか?」
この男性は、こともなげに提案した。ホテルで飼われる猫の名が「プリンセス」だと教えてくれた人だ。彼のカードに使う分だけチャージして、チェックアウトの日にフロントに預けてくれればいいと言う。
ホテルのサービスではなく、個人の私物を軽々と差し出そうとする親切に触れ、しかし流石に甘えすぎかと辞退した。今思えば、そのまま借りたとしても、全く問題なかったのかもしれないけれど。
「駅の券売機で、買えますよ。」フロント男性は心配するなと笑い、私は少しだけ旅人の顔をしながら、朝のイスタンブールを歩きだしたのだった。

私は東京で、外国人観光客のガイドをしている。要望があれば、SuicaやPASMOの購入の手伝いもする。これが実は、旅行者から頻繁に受けるリクエストの一つなのだ。まさに、お安いご用。
ところが自分が旅人になった途端、その「ご用」が難しくなった。
簡単な雨よけが辛うじてついたトラムの券売機には、何種類ものボタンが液晶に表示されていた。そもそも日差しの逆光で、読みづらい。英語で表示しても正解に辿り着けなかった。券売機としばし睨み合いながら、東京で旅人たちから大袈裟に感謝される理由を呑み込んでいた。
とは言えこういう時、「まぁ、大丈夫かな」とふと開き直ってしまう性(さが)でもある。大丈夫でなくても間違っても、どうにかなる。いや実際、なるようにしかならないと急速に強気になれるのだ。
一方で夫は、そういう私と一緒にいる宿命を背負う。つまり、私に足りない部分を補うように石橋を叩いて渡り、あるいは渡らない。カップルというのはバランスだと言うけれど、心理的ストレスについてはどちらかが確実に損をする。私が気楽な分、夫は逆に緊張するのだった。
「これでいいんじゃない?」と私が言っても、「いや、違うかもしれない。」と納得いかない。もはや私の「いいんじゃない?」が逆効果かと疑い始める。そんなやり取りを、券売機の前で繰り返していた。

ふと気がつくと、一人の年配男性がそばに立っていた。少しくたびれたTシャツにズボンの、痩せたトルコ人男性だ。
「イスタンブルカド??」
その人はニコニコ笑いながら、券売機の一点を指差している。どうやら助けてくれようとしているらしい。
愛想よく微笑むその男性を見て、私たちは逆に緊張したのだ。その男性は、これからトラムに乗るため偶然居合わせた、という感じでもない。一体どんな目的で、私たちを助けようとしてるんだろうか。
制服を着た警察官が改札で仁王立ちしている以外、トラムの職員のような人は見当たらない。しかし、この警察官も、この男性の行動を黙認しているように見えた。では、このくたびれたTシャツ姿の老人(本当はもっと若いかもしれない)は、トラム側の人なのだろうか。「トラム側」とはなんぞ。トルコでは一般人を、日雇いのようにトラムに立たせているんだろうか。これは結局、今でも謎だ。
私たちが硬直していると、通勤途中らしい女性が立ち止まり、操作方法をテキパキと英語で教えてくれた。
結局、その男性が言おうとしたことと一緒だった。その人は少し離れて、まだニコニコしている。もちろん、金銭を要求することもない。ただ困っている外国人の利用者を見かけて、手伝おうとしただけだったのだ。
それにしても、トルコで出会う人たちというのは皆、親切である。日本人だって親切だと言われるけれど、ナニか違う。日本人の「おもてなし」が外向きの「建前」を少なからず含むとしたら、トルコ人の「親切」は「本音」の方なのだ。つまり、多分トルコ人というのは、トルコ人同士でもこうして干渉しあってるんじゃないか。

これはトルコ滞在中何度も感じたのだが、例えば路上で立ち往生していると、「ナニナニドウシタ」という顔で、誰かがズズいっと近寄ってくるのだ。そして「ナニガホシイのだ」と問い詰められる。その人は時にケバブ売りだし、絨毯商人だったりするけれど、こちらの困りごとを解決してくれようとする。
その際には、「ケバブうまいぞ」とか「絨毯欲しくないか」と一方的な商談もちゃっかり始まる。しかし買う気がなければ「ソウカソウカ」とシブシブと引き下がっていく。結局は、売りたい。かといって商売だけのために親切なわけでもない。この辺りがちょっとややこしく、しかし憎めない人々なのであった。
私は道すがら、「本音の親身」と、頭のどこかにメモをした。
無事にトラムへ乗り込み、旧市街へ向かう。娘たちは「座るところがない!」と、東京メトロにするような苦情を平気で口にし、私はトラムから見える景色に浮かれていた。
ブルーモスクやトプカピ宮殿は、徒歩で周れる距離に集まっている。さすが名だたる観光名所とあって、どこも入場待ちの行列ができる。
今回は、人気の観光スポットをまとめて訪問する、半日の英語ガイドツアーに参加するつもりだった。こうしておけば行列に並ぶ必要がない上、実は入場券を個別で買うのと料金に大差がない。
英語を選んだのは、日本語やフランス語のガイドは料金が三倍以上高くなるから。正直、必要なのはガイドよりも、行列を避け効率よく入場することだったのだ。(こういう考え方はあまり良くないなぁと、まもなく私は考えを改めるのだった。)

朝10時前、ツアー会社からメッセージが届く。
「10時15分頃には集合場所へ来てください。」
指定された場所へ向かうと、他にも数人の旅行者がガイドを待っている。日本人らしい観光客の姿は、見当たらなかった。
一人の男性が、スマートフォンを眺めながらこちらへ近づいてくる。背が高くすらりとした体つきの若者。彼は私たちの名前をスマホで確認しながら、自らも自己紹介した。
「ジャンです。」
彼が、私たちのガイドだ。
ジャン、案外聞き馴染みのある名前だった。しかし「Can」と綴るのだという。トルコ語では、J の音をCで書くのだと、彼はそれを一番初めに教えてくれた。
(つづく)
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