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人の面白さは、ハッシュタグの多さにある

知識を増やしたつもりが、実際には自分の未熟さを知った。
初めて有料で勝負して、自分の輪郭を社会に差し出した。
家族と過ごす時間の中で、完璧でなくても価値はあると感じた。
今週は、自分の現在地を静かに見つめ直した一週間だった。

一週間を振り返るとき、出来事を並べるだけなら日記になる。
でも、ときどき、いくつかの出来事が一本の線でつながって見える週がある。

今週が、まさにそうだった。

セミナーに参加して、自分の現在地を知った。
初めての有料noteを投稿して、発信者としての覚悟を試された。
家族で桜まつりに出かけ、完璧ではない時間の価値を知った。
次男と二人で過ごし、子どもの成長の早さに驚いた。
中国語を学びながら、知識だけでは身につかないものがあると改めて感じた。

一見ばらばらのようでいて、この一週間には共通するテーマがあった。
それは、「自分は何者で、どこへ向かおうとしているのか」を確かめ直した一週間だった、ということだ。

学びを得た日ではなく、自分の現在地を知った日

3月26日は、学びとご縁の濃い一日だった。

セミナーでは、診療報酬改定の知識そのもの以上に、その先にある経営の現実を考えさせられた。保険点数に依存しない経営、処方箋枚数の増加、集中率低下に向けた具体策。私はこれまで、点数の勉強はしてきたつもりだったが、実践の部分はまだ弱い。その事実を、改めて突きつけられた気がした。

食事の場でも学びは深かった。
薬局や職員への想いをどう伝えるか。理念や熱量は、強いだけでは届かない。伝え方や、日々の関わり方まで含めて設計しなければ、想いは思っているほど相手に伝わらない。そんなことを考えさせられた。

また、P/LやB/Sの視点からビジネスを考える発想にも強い刺激を受けた。自分も保険調剤以外の事業を考え始めてはいるが、まだ考えの浅さがある。他業種の良いところを取り入れながら、唯一無二の存在感をどうつくるか。その問いを持ち帰ることになった。

名刺交換の際に、Instagramを見ていると言っていただけたことも嬉しかった。
日々の発信は、ともすると手応えがないように感じることがある。けれど、見えないところで誰かに届いている。そう思えるだけで、続ける意味は少し強くなる。

あの日は、単に知識を得た日ではなかった。
自分の現在地を知った日だったのだと思う。

初めて、有料で勝負した日

3月27日には、初めてnoteで有料記事を投稿した。

投稿して一時間経っても売れていなかったときは、正直少し不安になった。価格設定もやや強気だったと思う。それでも、内容はかなりしっかり書き込んだという自負はある。だからこそ、ここで必要なのは落ち込むことではなく、試して、見直して、また続けることだと自分に言い聞かせた。

この日に自分の中に残った言葉がある。
「人の面白さは、ハッシュタグの多さ」という言葉だ。

たとえば自分なら、薬剤師、二代目経営者、30代、note投稿、毎日日記。
人は一つの肩書きだけで生きているわけではない。むしろ、いくつもの役割を抱えながら、その間を行き来している。その複雑さこそが、その人の輪郭をつくるのだと思う。

自分もまた、経営者であり、発信者であり、父親であり、学び手でもある。
以前は、その多面性が散らかって見えることもあった。けれど今は、むしろそれが自分の面白さなのではないかと少しずつ思えるようになってきた。

満開でなくても、良い時間はある

3月28日は、家族4人で大濠公園の桜まつりに行った。

桜はまだ三分咲きくらいで、正直、景色としては「見頃」とは言えなかった。それでも出店が並び、唐揚げが美味しくて、自分は翠ジンソーダを飲みながら、家族で過ごす時間を楽しんだ。

満開ではなかった。
最高の条件がそろっていたわけでもない。
それでも、十分に良い時間だった。

最近は、何かをするときに、つい「ちゃんとした成果」や「完璧な条件」を求めてしまうことがある。
でも、家族との時間はそれとは少し違う。完璧でなくてもいい。その場に一緒にいたこと自体に価値がある。そう思えたことが、この日の一番大きな収穫だった。

予定変更の一日が、満足度の高い一日になった

3月29日は、本来ならスーツを買いに行く予定だった。
けれど、次男が39.0度の熱を出し、二人で家で過ごすことになった。

少し残念な気持ちもあったが、スーツはいつでも買いに行ける。そう思い直して、久しぶりに次男としっかり向き合う時間になった。

一緒に遊んでいると、滑り台に自分で上って滑れるようになっていて驚いた。落ちないかとドキドキしながら見守ったが、無事に滑りきった。その姿を見ながら、子どもは親が気づかないうちに成長しているのだと実感した。長男のときのように、次男ともたくさん遊んであげたい。そんな気持ちが自然に湧いてきた。

この日は中国語のオンライン授業もあった。
学び始めて4年ほどになるが、発音はいまだに難しい。日本語とは口の使い方が違い、知識として理解していても、身体がその通りに動かない。

ここでも感じたのは、学びとは単に知識を増やすことではない、ということだった。
身体感覚まで含めて、少しずつ馴染ませていく必要がある。経営も、発信も、子育ても、どこか似ている気がする。頭でわかるだけでは足りず、繰り返しの中で自分のものにしていくしかない。

予定変更はあったが、結果的には満足度の高い一日だった。

今の自分は、いくつもの顔でできている

今週を通して感じたのは、学びとは、自分の未熟さを知ることでもあるということだ。

発信とは、すぐに結果が出なくても、自分の輪郭を社会に差し出していく行為なのだと思う。
家族との時間は、派手ではなくても人生の軸になる。
そして、肩書きが増えるほど人は散らかるのではなく、むしろ面白くなる。

経営者、発信者、父親、学び手。
そのどれか一つが本当の自分なのではなく、その全部が今の自分なのだと思う。

「人の面白さは、ハッシュタグの多さにある」。
今週の自分を振り返ると、この言葉が思っていた以上にしっくりくる。

来週も、学びを聞いて終わりにはしたくない。
少しずつ形にして、継続して、PDCAを回していきたい。
そのうえで、家族との時間も、学び続ける姿勢も、置き去りにしない一週間にしたいと思う。

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