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“任せる”と“放置する”は、何が違うのか

手順は伝えた。けれど、意味は渡せていなかったのかもしれない。

任せたつもりが、放置になっていたことはないか。
最近、そんな問いが自分の中に残っている。

ある業務を一般薬剤師に説明した。分包機のカセットに錠剤を充填する作業だ。機械を導入している以上、活用しなければ業務効率は上がらない。薬歴を書き終え、時間が空いた時に行ってほしい。私はそう伝えた。そして、その場限りではなく、今後も継続してほしいと思っていた。

実際、説明した時には動いてくれた。けれど、その後は続かなかった。
その時に初めて、自分の中で「任せた」と思っていたものが、相手の中では別の形で受け取られていたのかもしれないと感じた。私は役割として渡したつもりだったが、相手にとっては一時的な依頼だった可能性がある。

ただ、今回の件で考えたかったのは、「なぜ相手は動かなかったのか」ではない。そこを他責で終わらせた瞬間に、自分の思考も止まるからだ。今回、問い直したいのは、なぜ自分の任せ方では届かなかったのかということだった。

振り返ると、私が本当に任せたかったのは、分包機の充填作業そのものではなかった。
本当は、他者に依存せず、自ら行動し、働きやすい店舗をつくる側に回ってほしかった。その入口として、一番任せやすい業務が分包機だったにすぎない。

だからこそ、届かなかったのかもしれない。
私は手順を説明することに意識が向いていた。どうやるか、いつやるか、何をやるか。そこは伝えたつもりだった。けれど、なぜそれをやるのか、その先にどんな状態を目指しているのかという意味の部分は、十分に渡せていなかったのだと思う。

そもそも私は、自分の中の当たり前を前提にしていたのかもしれない。
周囲を見て動くこと。時間が空いた時に次の仕事を探すこと。誰かに言われる前に、自分で気づいて動くこと。そうした感覚は、自分の中では自然なものになっていた。けれど、相手にとってはそうではなかった。その前提が共有されていないままでは、いくら作業手順を伝えても、継続した行動にはつながりにくい。

一方で、ここには別の難しさもある。
では、1から10まで全部説明すればいいのかというと、そう単純でもない。細かく説明しすぎれば、今度は相手の中で整理がつかなくなることもある。伝えなければ動けない。伝えすぎても動けない。その間にあるちょうどいい任せ方は、思っている以上に難しい。

今なら、最初に伝えるべきだったのは手順ではなく、目的だったと思う。
今の動きは他者に依存していること。だからこそ、自ら動く必要があること。その第一歩として、この業務をお願いしたいこと。そこまでつないで初めて、作業ではなく意味を渡せたのだと思う。

任せるとは、単に作業を渡すことではない。
相手が考える余白を残しながらも、何のためにそれをするのかという意味を渡すことだと思う。逆に、その意味がないまま「やっておいて」で終われば、それは任せたのではなく、放置に近づいていく。

今回の件で、自分の中に残したい言葉がある。
目的と手段を混同させない。
任せるとは、作業を渡すことではなく、意味を渡すことだ。

これは相手への言葉ではなく、まずは自分自身への戒めとして、残しておきたい。

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