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CM「私たちが分かち合えるもの」

 大学の講義でよく流していた動画。デンマークのテレビ局のCMを。
 You Tube の動画には字幕がなく映像のキャプチャに字幕を入れている事情から、画像が30枚以上あります。すみません。

「分かち合えること」
他人を枠にはめることはたやすい
「私たち」、
「あの人たち」、と心で分けてしまう

人は、他人を枠にはめてしまう。簡単に、「私たち/あの人たち」と。

富裕層
低所得者層
信頼を寄せられる人たち
近寄りがたい人たち
移住者たち
先住者たち
田舎から来た人たち
牛も見たことがない人たち
熱狂的サポーター
自己受容度が高い人たち
共通点がある人たち 接点すらない人たち

ここで進行役が質問を始める。「学校でお道化役だった人はあちらの枠へ」

進行役「ようこそ」
「今から皆さんにいくつか質問します」
「個人的な内容の質問もありますが」
「正直に答えてもらえると嬉しいです」
「この中で、学校でピエロ役だった人は?」
「養親・養子家庭だった人は?」
その瞬間から(突然、思いがけず)「私たち」になる

質問が重ねられ、人々は枠を移動する。他人だった人が、他人じゃなくなる

死後の世界を信じる「私たち」
UFOを見たことがある「私たち」
踊ることが大好きな「私たち」
いじめられたことがある「私たち」
誰かをいじめたことがある「私たち」
先週セックスをした、ラッキーな「私たち」
恋を失った「私たち」
熱烈に誰かを愛している「私たち」
孤独を感じている「私たち」
バイセクシュアルである「私たち」

ここで、また「私たち」の捉え方が変わる。
私たちはどのような隣人であれるだろうか?

「他人の勇気ある行動を賞賛できる私たち」であれるのではないだろうか?
「私たち」は人生の意味を知ったのではないだろうか?
「誰かの命を救うこともある私たち」であるはずだ
だって「私たちは皆、デンマークを愛している」
「私たちを結び付ける要素は想像するよりもずっと多いのかもしれない」と示唆し、終わる

このCMも異なるバージョンがいくつか作られたが、これが最も良いと思う。感化され「同じことをやりたくなる」気持ちはとてもよく分かる。CMに限らず、こんな映像を撮ろうとする人が出て来ることは(この動画がとても感動的なだけに)起こり得る。しかし大前提としてカミングアウトは「その場の空気や勢いでさせることではない」。そこだけは厳に注意が必要だ。

RYOJI

(字幕ないけどほぼ英語)動画はこちらです


「同性婚法制化への後押しを最高裁に求める」署名運動に、ぜひ。
6月7日(締め切り日)まで貼って呼びかけます。よろしくお願い致します。

この署名に関連して、社会運動ついての Ryuya 氏の思索もぜひ。




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