下書きフォルダを読む
いや下書きフォルダを整理しとこうかなと、ふと思いましてね。
「もうこの先ナシじゃない?」みたいな原稿ありますよね。
どういう整理の仕方があるかというと、
・「タイトルとして良いと感じる」
・「内容として続きを書きたいと思う」
・「これは書かなければと改めて考えた」
というタイトルを残し、他は削除すればいいのかなと。
とっとと。そりゃもうとっとと。
ボツ案も見せてこきおろし、ここに供養するとします。アイディアとしては、ここにあえて「自己紹介」タグもつけてみた。自己紹介まだだったんですよね、ハジメマシテ。照れちゃうぜ。
【追記:2025/09/13】
おれより先にやってる人いた~! やっぱおもしれえわ。
「おれをそこらの活動家と一緒にすんなよ」
おおギラギラ。いいねえ。イキッてんねえ。ボツ。
……と思ったんだけどこれ違うわ。そゆことじゃない。
たぶん「ゲイ」だの「活動家」だのという看板ってバカにはナメられるところあって。でもきっと、おれが権威あったりすげえ有名だったりしたら、評価ちがうんすよ。手のひら返しまくりで。普通そういう内心のムカつきとか、器小さいと思われるから隠すでしょ。出そうと思ったんだ多分。一見ルーザーの遠吠えでもね。
それは例えば小説家が「なんでアイツは賞もらって俺はもらえないんだ」と貧乏くさいことを日記に書きつけるようなものじゃなくて、へらへら「おれちゃん」とか書くようなおっさんが、てめえの思索と勘を信じていることなのよ。自分を恃んで今日も書く。その矜持な。日本の底を上げてんのよ。でもまあ、このタイトルはボツ。「もっとがんばりましょう」。
「あなたがゲイを好きになる必要はない」
あなたがこの社会において、たった一人しかいないマイノリティでも、誰からも愛されなくとも、他の国民と同じ扱いを受けなければならない。おれはその「社会に対する義務」を胸に刻んで育った。等しく同じ扱いを受けることは権利の話であると同時に、義務の話でもあったのだ。この社会が正しく機能するための、法が自らの役割を全うするための、皆と成長していくための。だからおれは愛想笑いも土下座もせずに、それを当然と、背筋を伸ばしてここに立っていなければならない。「ゲイはなぜ権利を求めなければならないか。義務だからだ」というベクトルで言い切りたかったワケね。
おれにウンザリしててもいい。やるべきことはゲイを好きになることではないんだ。でもまあボツ。いちおう、エッセンスは今書いたわけだし。
「ラブボミング」
「語感はかわいいけどヤバい言葉」テーマで書こうという思いつきで。
しかし数がないし、ラブボミングの深刻さを軽視させる結果にしかならず「マイナスがでかい」と考えてやめたのでした。
用語の意味は「人間関係において相手を支配する目的から、過剰なほどの愛情表現、お世辞、承認などを一方的に浴びせかける感情操作の戦術」。もう今書いたからいいや。みんな要注意なのだゾ☆
「最弱者化する社会的強者」
マジョリティの弱メンタル化が止まらない。彼らは生活保護制度からでさえ怒りを駆り立てられている。彼ら自身が生活に困窮しているわけではない。だが「自分に適用されない」援助制度があって「受益者がいることが」許せないのである。彼らは非常に強欲な愚か者に見えるが、彼らの苦悩の根源は「制度の枠外に追いやられている」という歪んだ自己認識である。そんな認知の歪みから、何でもないことに悲壮感を深めているのだ。
なぜ自分が「生活保護制度から」外されてきたと思うのか? なぜ最も人生で恵まれていた時期でさえ常にその制度に守られていたことに、今も守られてあることに思い至れないのか? その制度を使わずに生きて来られたことはグッドラックでしかないはずなのに、そこから幸福を得る才能がない。受給世帯の子だった身としては、こんなに不可解な人々はいない。
実際に彼らは弱者が厚遇されていると感じ、優遇されているとさえ思っているのだろうか。ちがう。明確に受給者を目障りに感じていて、怒りで我が身を焼き尽くしているだけだ。彼らに欠けているのは「認知力」である。自分が生活保護を頼ることがあるなどとは露ほども思っていない、その浅慮も含めて。私は彼らを、彼らの視点の低さから「最弱者」と呼ぼう。
消費税アップは都度「社会保障を支えるため」と説明されてきたけど、実際の使途はそうじゃなかったり。長いこと失望を繰り返して来たのよな。それは分かる。しかしそんな時代に、国民が拠って立つ存在や価値観を失ったときに、現れるのは詐欺師だ。おれは言うね。「次にあのドアを開けて入って来るのは詐欺師だ」。奴らは親切顔で、あなたに怒りの種を置いていく。その程度のこと、なんでいい大人が分からないのかね。裏切られたらどうすればいいと思う。絶対に誰も信じないで、てめえの頭で考えるんだよ。そもそも、何で信じたんだよ。前のアレとか、今のソレとか。
ああそうだ。どうでもいいあの枕詞、「本当に必要としている人には届かなければならないが」っていうのやめろ。続く言葉はちゃんと受給世帯を傷つけている。居場所をなくさせている。きっちり追い込んでいる。想像力がないのか、想像力がないフリをして悪を成すのか、いずれにしてもまったく好きになれない。「生活保護を叩きたいのではない」と言うなら、達意で書けよ。生活保護に触れずに書けない主張などひとつとして見たことがない。
マジョリティの「痛み語りの未熟」という問題。一体この日本で誰がよき語り手に育つのだろう。おれの懐疑も目的も、そこから外れてはならない。人が育つのでなければならない。だが今は苦しい。反感を超え、いつかはそこに。いや今こそそこに。
「DV/性暴力被害者男性の語りは変わるか」
いやおれちゃんよ。これは書けよ。
しかしこんな方向では書かない気がする。タイトルも内容も。
「語られ方」の問題が先だし。
昔、DV/性暴力被害者男性のための相談窓口も支援も必要だと、助力してくれるかと女性運動の周辺を頼ったとき、一部の女性運動家たちは、それが女性運動に対するバックラッシュででもあるかのように怒りをみせた。なぜそんな反応になったのか。それは何十年もしてから明らかになることかもしれない。仮説的に書けば「男性被害の(ひいては女性加害の)事実が女性被害を無化すると彼女たちは考えた」というところか。それに対して、おれは活動家として「男性も被害者になる」「男性にも被害を語ることは難しい」「男性も家庭の中で孤立する」「男性にも加害に抵抗することは難しい」という事実が、むしろ女性被害者に対する数々の偏見(やそれを装った攻撃)を真っ向から否定するものと考えていた。そこに埋まらない溝があった。
ひとつの道に邁進してる人たちは大いなる真理に辿り着いていることがあるけど、愚者になっている可能性もある。若い頃のおれはそれを知らなかったのよ。だからまともに傷ついたりしていた。もう30過ぎてたけど、青かったねえ。
女性に加害者がいたら女性の権利は守られなくなると恐れたのだろうか?
いやそこで相殺はされなくねえ? そして女性にも加害者はいるから。
何が問題なんですかね。セルフイメージが傷つくのかな。「このハゲー」の豊田真由子って参政党の役員になったんだっけ。だからと言って、被害者女性支援運動ができなくなるわけじゃねえだろ。
「そろそろ他人になりたいな」
自分が重荷系。ボツ。というより別タイトルでおよそ同じこと書いた。
「昨日エッチな夢をみていた気がする」
「気がする」じゃねーんだよ。見てんだよ。受け止めライトにしようとしてんじゃねーよ。姑息か。ライトにならねーのよ。んー、やめとこ。な?
「『ゲイから好きになられたら』問題」
ど・こ・か・で! いやここで! あったよおんなじよーなのが。
……そう思ったけど、今「あコレ別テーマだ」と気づいて震えてる。
なあおれちゃんよ。分かるけど頭の中の全部は書けねーよ。
ざっと今書いてみたけど、こんなカンジ?
まず言い置きたいのは、あなたがゲイに感じた不安は、あなたが社会に与えている不安と同質のものだということです。あなたは不安に思っている。
「対話が成立しないのではないか?」
「レイプされるのではないか?」
「気持ちに応えなかったら恨まれるのではないか?」
それは「男であること」の問題です。
あなたがゲイに見ている像は、鏡のなかのあなたです。
あなたはゲイを通して、自分を見ている。
不安は正当なものです。あなたに対して周囲が抱く不安と同程度には正当です。この未解決な問題についてあなたができることはありません。相手は他者であって、あなた自身ではない。しかし何かしたいのであれば、子どもたちに適切な対人コミュニケーションを教えること/関係の構築を学ばせることが、遠回りなようでも確実な方法です。皆がそうすればいいのです。最も効果的なプランを堅実に進めている実感は、あなたの気持ちも落ち着かせるでしょう。
あなたがゲイに対して不合理な不安をぶつけずに済む自分を獲得したとき、あるいはあなたに対する周囲からの不合理な感情について、一生あなたを苦しめる「偏見」について、ある展望を得るかもしれません。希望のようなものを。
「ゲイから好きになられたら」と不安になる人は、自分がレズビアンを不安にさせていることも考えましょう。そしてあなたが抱える潜在的リスクはレズビアンが日々直面しているリスクよりもやはりずっと軽い点も。
あなたを男性と見て不安視するレズビアンを想定して思うことは何でしょうか。「もし自分が好きになったとしても応えられないのであれば断ってくれればいいだけなのに」と思いませんか。そして「好きにもなってないし行動する前に壁を作られてもなあ」とも思うのではないでしょうか。一方的な見方であり不満にすぎないとしても、それも自然な感情として、思うものでしょう。人間関係はそんな引き合いです。そしてあなたが感じたもやもやこそ、鏡のようなあなたに対して「ゲイが思っていること」なのです。
いつも思うんだよね。異性相手のときと同じだろ、「断れよ」って。
あっメモいっぱい書いちゃった。どうせならちゃんと書け。丁寧にな。
「RYOJI 最後の挨拶」
えーとコレは、「最終回、おれの note はこんな風に終わります」という約束をしようとしたのな。アイディアとしては良し。映画をラストシーンから撮るみたいなことをね、やりましょうという。アリ。
後から分かって。おれは政治家やタレントになりたいわけではなかった。自分が必死で考えたアイディアを書きたかっただけだった。名誉欲なんかなかった。ただ社会が少し前に進める感じになるように、人に言葉を育てたかった。それ以外のことなんかなかったんだよね。ほかのことなんか、どーでもよかったんだよね。
ただしこの記事を書けば、読む側としてはドキドキハラハラがなくなる。そこが悩みどころだったんじゃなかったかな。
「特攻の拓」
これコピーして「タイトル欄に」ペーストしとくと、ルビ振るときに楽なんすよ。いちいち記号を打ちたくないんだよ。それだけ。
「私はなぜ『当事者』と書かないのか」
これは書きます……
ただ自分の信条的なやつなんで「RYOJI いわく」とか「RYOJI Says」とか、あ同じか、シリーズである程度まとめて出したい気がしてラビリンス。いや迷宮入りさせんな。書け。←きじさん(というか太字さん)の真似
おれは性的少数者を「当事者」と書かない。抑圧問題について語っているとき、「当事者」は二者いるからだ。
「『特権をよこせ』という声の正規化段階」
「なんでこんなことも理解せず騒いでいるのだろう」と世間に思うことがあって、「なんでもかんでもルールが好き放題/際限なく書き換えられて奴らだけ肥え太る」というやつも本当にバカバカしい。なんでどんな要望もマイノリティ様が言えば通ると思っているわけ。もしそうならどうして女性たちは「毎年1,000万円よこせ」って言わないんですか。離婚の慰謝料も300億円とか言えばいいんじゃないの。「元夫が再起不能になるまでブン取りたい」と考える元妻が多いことは知っている。しかしそんなん通らないんですよ。どれだけ非常識な要求でも通るなんてことはないのよ。なぜなら要求には正規化段階があるから。常識でモノ言ってくれないかな。マジで。
……まあ、書くんじゃないですかね。「落ち着けよ」って。
「ずっとあなたが嫌いだった」
これは某オカマタレントが亡くなったときの追悼記事で。でも、子どもの頃から本当に嫌で嫌で嫌で嫌でたまらなかった気持ちをどう文章で処理したらいいか、着地の仕方が分からなくてやめたんよね。
人が彼らを見てゲイの扱い方を学んだことは別問題で、彼がどのように経済活動をしようがそこは不問であるべきで、しかしそこから思索を深めるなど、したくならなかった。家族が顔を歪ませてゲイを嘲笑する「一家団欒」の時間を息をつめてやり過ごしていた子ども時代を振り返れば、無理だった。自分のなかに敬意や哀悼の気持ちを見出せないなら、書くべきじゃないと自分を納得させて、放置した記事だった。それは放置じゃなくて、放棄だったかもしれない。
ずっとあなたが嫌いでした。子どもだったおれはいつか偏見に殺されると思っていて、あなたが大嫌いでした。テレビで見かけるたびに息が止まりそうになるのです。大人になってからは、社会問題に取り組む市井のゲイを見下した発言をするあなたの狭量と自覚のなさが許せずにいました。楽しかったですか。「私は心が女なの。男が男を愛するなんて気持ち悪い」と言ったあなたの言葉を忘れることはないと思います。あなたを尊敬したことは一瞬もない。一秒もない。本当に本当に軽蔑していました。
ただ、あなたの人生にエクスキューズがなかったように、おれもエクスキューズをもちません。あなたから学んだのはそのことだけです。おれはどう生きるか考え悩み抜き、人の前に立ち続けようと思います。ほかに言葉がありません。ないみたいなんです。……これで終わり。
ミッション「イフ」ポッシブル
見知らぬ誰かのために何ができるか考えている人たちについて書きかけたんだけど、ニュースになっているような話を書いてもなあと下書きのままに。そしてトム様のシリーズ映画も「一応」終わったんだろうし……多分。
もち、ボツ。
Justice, Not Vengeance 復讐について
「正義は復讐ではない」。バットマンすね。しかしおれちゃんとしては「復讐は悪いことなのだろうか」という懐疑から書き始めていた。突き詰めれば自分の「活動」だって「何かへの復讐」ではないだろうかと。でも流れが良くならなかったので、ボツ。いろいろ考えるんですよグルグルと。
「LGBT『後』の人権運動が苦労すること」
これは現時点で何も考えずに人権運動を攻撃している人たち(自分の権利は盤石であり続けると根拠なく考えている人たち)に対して書こうとして、要は疲労困憊して中断したんだった。これに類することは、いつも書いている気がするしねえ。保留。というか常にある。損なわれるのは性的少数者の権利「のみ」ではない。攻撃されているのは「人権」なのよ。
「寅さんを殺したのはお前だよ」
このタイトルは好き。ま、「大体こんな話だろう」と予測できるような、いつものトーンだろうけど。今の社会じゃ寅さんには生きる場所がない。おれたちには寅さんを愛する資格がない。愛されることもないだろう。それでいいのかな、と言いたいだけだった。それが全て。まあこれくらい書けば、もういいか。
「包皮を取り戻そうとする男たち」
包茎(割礼)のことに始まって、男の性について「誰でもどれだけ語ってもよいものだ」と思うし、語るべきだという思いがあって、書きかけたのだがそのまま。保留。「大人になれば分かることなんかない」というタイトルもかつてあった。あっち書けばよかったのにな。昔オトコのアレを「如意棒」なんて言ったものですが、不如意棒だと思いませんか。
「実は note でヘイト避けの文体を追求してました」
実はおれちゃんてばすっげええええええええキュートなんだけど(当社比)、わざと写り悪い画像を載っけてんの。それと同じで、「ヘイトが近寄らない文体」をここで研究/実践してたんだよね。ボツ。だって勘のいい人は真似できますし。ヒント:「ヘイトは自分がバカだと思われたくない」。
「ヘテロタイムは突然に」
昔って「7歳から107歳まで」ゲイについて誰もが一家言あるというか、7歳児でも「ゲイは嘲笑してよい対象だと理解している」、どんな辺境にお住まいの107歳でも「奴らがどうしてそうなったか(原因説)」を語れる、みたいな空気があったんだけど(なぜ人々はゲイについて語れなければならないと思っていたのか?)、「ゲイは見れば分かる」とお思いの方も多くおいででした。今でも相当数が漠然とそう感じてるかもっすね。
でも「ゲイは見れば分かるはずの」皆さん、なぜかおれを見破ってくれないから面倒くさいんですよね。その「面倒」の部分のみをカジュアルな読み物として書こうとしたのだと思うよ多分。残しとくか。
余談。それら「ゲイ談義」では「あいつらは中身が女だから」というものが「まことしやかに」あったんだけど(ゲイは女性脳とかね)、それはゲイを語る上で骨子になり得たほどの「論」なんだけど、本当にそういう人(トランス女性)の存在が知られると、社会は「中身が女なんてあり得ない」という声で溢れたのさよ。マジ頭の自由度がすごい。全く羨ましくはない。ああ冷凍してあるシャケ焼いてごはん食いたい。……失敬、リラックスしすぎてたかバカバカしさに意識が飛んだかです。
そいや「相手がゲイと知ると一緒に風呂に入りたがる女性」ってかつては(30年くらい前までは)結構いたんだけど(クソ面倒でクソ迷惑だった)今もいる? あれどういう狙いだったの。誰か言語化して。勃起するか実験?
いたよねえ一緒に風呂入りたがる女性。で、あれなんで? 生物学上の興味? 「私たちってえ、男女とかそういうのじゃないじゃん?」的な、大学生みてえな思考? 思い返して、ゲイ側のメリットって何かあったと思う?
「Majorities:加害役割を越えて」
これは性的少数者の話ではない。マジョリティでもある自分、という話。書かなきゃいけないんだとずっと思ってるのだけど、アイディアを誰かに話して明瞭に理解されたことがないんよね。つまり、書くべきなのだろうね。
書籍「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」
さすがにここで書名は出せないな。伏せときます。世に「悪書」は数多あるにせよ、そのなかでも「要注意」な……いやそれほど大した本でもないのだが、出版物としてマジでいかがなものなの、ということを書いておきたかった。いや書くんだけど、大体書いたんだけど。ずっと下書き。うむむ。あ、ゲイコミュニティの何やかやな本です。クソみてえな話です。
そのうちアップします。
「だって怖くなかったでしょ?」
これも部分的に「本」の、「言葉の呪い」みたいな話でもあるかも。
おれは幼稚園のときに先生から不適切な行為をされてて、まあそういう子どもって大人との適切な境界が分からなくさせられてるから悪い大人に「見つけられやすい」のか、チャイルドマレスターの嗅覚がすごいのか、まあその後も色々あったわけですね。でも、おれ男だからさ。信じられないことだけど、被害という視点で自分の経験を認識することができなくさせられてて、DV/性暴力被害者女性支援に関わるまで、まともに考えられなかったんですよね。「サバイバーにはそういうことがある」と知識としては知ってたけど、「おれもでしたサーセンwww」という、被害男性の話。ただ書いてると嫌になんのよな。しっとりじっくり疲れる。永遠の下書きでもいいか。なワケねえか。
「目病み女に風邪ひき男」
アレっすよね江戸時代の。なんでそれがタイトル?
確かにちょっと弱った男は色っぽい気がするのだが。
なんだこれ。わかんねえ。
「人生フルスロットルな人にはあんまし色気を感じない」的な話?
……だと思います、ハイ終了。ボツ。ンなこと書いてる暇ねんだよ。
「『ゲイの友達います』は免罪符にならん」
うるせー系の記事(大体そうで、だからこそ下書きなんだろうけど)。杉田水脈ばりに「自分にはゲイの友達がいます(ドヤ顔)」を護符に攻撃して来る層の奇怪なマインドについて、また式神のように放たれる「イマジナリー・ゲイ・フレンド」という UMA についても存在可能性にダウトを投げかけつつ、のつもりだったんだろうな。結論としてはどのみち「あなたは友達から選択肢を奪うのですか?」「妻にとって夫からのDVは愛なんですって語る女性が一定数いたらDV問題に取り組まなくていいって話になれんの?」とブン投げて終わると予想(この話って、そこに尽きるし)。
「で? オマエ友達サベツすんの? オマエそういう奴なの?」
「だってゲイ友が放っといて欲しいって言うし。当事者です当事者です」
「そいつの意見じゃなくてー、あなたのスタンスが確認されてるのね今」
「当事者の意見はー、正義なんですー、いちばんエラいんですー」
「いちばんエラくはねえよ全然。じゃその当事者様を今ここに呼んで?」
「エアだから来れないもん」
「そっちからエアって言うのやめて」
……ま、それ以上の話じゃないよね。とりあえず探検隊を結成して未確認生物を探しに行きたい。目撃情報ヲ求ム。記事になるかはそれからだ。
「当事者が言いました」は一番エラくはない、と書く意義は感じる。
先に書いたけど、要求には正規化段階があるのよ。それが社会だ。
「病巣は社会にあり、症状は人にあり」
薬物依存や性行為感染症などについて、社会的にもっとも虐げられて孤立したグループに「最初に」「顕著に」現れることは世の理だ。ただし社会問題についてのこの「支援職であれば誰でもそうと知る」常識を、社会は常識として来なかったと思う。このフィルターのみで混乱した思考が濾過されクリアになるという、その一点のためでさえもね。
ヒトは時代ごとに検体を入れ替えながら、結果が同じになると分かり切った実験を繰り返している。「ある集団を徹底して終わりなき被差別に置くとどうなるか」実験。そして毎回「今回も同じ結果が出た! なぜだ!」と騒いでいる。愚かなことだ。しかし下書きのまま放置されて長い。軽い読み物レベルでも書きたいな。結果は知り抜いているのだから、有史以来のこの実験やめませんかね。
「ハミダシ」
これもずっと「下書き」フォルダにあるなあ。
おれ個人の欲望は、社会からはみ出したものだと思われている。形而上学的な何かみたいに、システム化されないものとして。意味あるおれ、意味なきおれ……イミアリオレイミナシオレ。おれ陰惨。いやオレイン酸て言いたかっただけ。そんな話のようでそんな話でもない。ため息だ。ボツ。
さらしてみての感想
頭んなかを晒した感じ。いつも思うんだけど、こういうの読まされたくないならフォロー外した方がいいよマジで。
いやあ、いいなあ。下書き晒すの。
なんだろ……ハズカシイ……のにキモチイイ……?
皆さんも下書きフォルダ解放してくれませんか。アイディアを盗まれない程度に。そこにはきっと何かソウルがあるんじゃない。一冊の本になるくらい、あなたが詰め込まれているんじゃない。まだ熟していなくともさ。アップをためらった理由こそが、あなたが書く理由だということは、マジそう言える。
……いいねえ、他人の下書きフォルダ。うは。読みてえ。
