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日本でLGBTQを親にもつ子どもたち

 看護学生と毎年セッションを続けて20年。彼女(現在も看護学生の大多数は女性である)たちから性的少数者についての感覚や知見を聴く時間は私自身にも客観的な視座を与えてくれる。特に産科であれば、同性パートナーがいる女性(レズビアンと思われる)やトランス男性を夫にもつ妻による出産は医療者や医学生にとって新しい驚きでも発見でもなくなったことを、私が教えられるのである。この日本で、性的少数者による出産や育児はとっくに始まっているのだ。

 「性的少数者を親にもつ子どもたち」が今この瞬間も育っている、という事実があるのだ。そんな子どもたち同士に交流の場があることを、いつもの Ryuya 氏(トップ画像)の記事で読んだ。彼は子どもたちにとって「親以外の性的少数者」として、ファシリテーターを務めて(遊び相手も兼務して)いる。

 私はその「子どもたちの」サミットである一面がいたく気に入っている。子どもたちには異なる生育環境で育つ子と親密な友人になれることを学ぶ必要と同時に、似た生育環境で育つ仲間がいることも知る必要があるからだ。こどもサミットでは親に対する不満も出るのかもしれないし、普段は親に言わずに済ませてやってる愚痴も吐けるかもしれない——安全を約束された場で自分が思いを言葉にし、また他の子が語るのを聴くことで、心の打ち出し方に習熟する。しかしそれを聴き止めるのは Ryuya 氏だけであり、子どもたちの言い分はあくまでも内緒にされる。子どもたちとの約束、信義だ。だから子どもたちは好き放題、ただぶちまければいい。安全に心を開く経験をして育つ子たちがどんな大人になるだろうかと想像するだけで、こちらの顔がほころんでしまう。

 古い動画だが、ふとザック・ウォルス氏のスピーチを思い出した。

 家族たちは自ら未来を切り拓こうと歩み出した。
 その上で、Ryuya 氏は現状について以下のように指摘する。

いっぽうで、親権についてや、保護者の定義について、こどもに何かあったときにマジョリティの家族が当たり前に享受できる対応や、医療・福祉サービスや相談窓口が使えない/使いづらい状況になっている…という喫緊の課題も山積していますね。

Ryuya 氏のコメント欄から

 それが歩み始めた家族たちの「内側の問題」ではなく、家族たちを取り巻く社会制度や社会規範という「外側の問題」であることは言を俟たない。だからここから始める——私たちは法的/制度的な脆弱性を自らの課題とし、現実に即して修正する。後は家族のことだ。「家族の絆は、政府によって祝福されることで強くなるのではない」と前置きして、ウォルス氏は言うのだ——「政府に求めるのは、私たち家族を平等かつフェアに扱うことだけだ」と。




日本人にとっての「性的少数者を親に持つ」という経験

 ここで「性的少数者を親にもつこと」が日本人にとって慣例的に「強制だった」歴史的事実を思い起こしておきたい。ひと昔前のアメリカ軍さながらに "Don't ask, don't tell" 聞くなかれ、語るなかれ(DADT)であった日本社会では、ゲイも異性と結婚していたのである。彼らは妻子に明かさない顔を、文字通り「墓まで持っていく」ものとして秘めた。かつて杉田水脈氏は「子を成さないからLGBTは非生産的」と攻撃したが、むしろ同性愛者らにとって(も)異性婚家庭を築くこと/子を成すことは避けられない宿命であり義務だったのだ。

 例えばここに「2%」という数字がある。50年前の日本で、生涯未婚のまま生きた男性の割合である。しかしゲイ人口は、明らかにそれより多いのだ。私は学生に「5%」と教えている。

 「50歳未婚率(生涯未婚率)」が2%だった「皆婚時代」と呼ぶべき時代には、同性愛者は自身が同性愛者であることを秘めて異性と家庭を築いていた。つまり私たちの多くが、ゲイやレズビアンなど性的指向の少数者や、性自認の少数者を「そうと知らずに」祖先に、親にもっていたのであろう。そうであるならば、私たちは少なからず「ゲイの子」である。血筋に性的少数者がいない者もいるかもしれないが、確かめようもない。しかし「ゲイも異性婚するよう強要されていた」時代が最近まであったことは事実なのだ。現代においてまず異性愛者男性が結婚できなくなったことが、つまり長引く不景気が、結果的に同性愛者を異性婚から解放したことは何とも皮肉だ。
 
 50年前なら誰もが、ゲイでも「結婚しなければならなかった」。その歴史的事実は日本人にとって重たい。「無口で厳格だった父の死後、遺品から隠していた男性ヌード写真が沢山出て来て、感づいていたらしい母が苦笑していた」などというエピソードを時折聞くが、現在53歳である私もそんな時代の空気を呼吸しながら育った世代である。私でさえ「いつか異性と結婚しなければならない」と悲壮に思い詰めつつ育ったのだ。そして現代にあってもそんな結婚こそが理想だとする人々が同性婚法制化に反対しているため、私は法的に同性伴侶と引き離される世代でもある。私がその最後の世代だと思いたい――そうでなければならない。

 同性パートナーと家庭を築き育児をしているような性的少数者たちの歩み出しに、「性的少数者を親にもつ子」という自認のもと育つ子どもたちに、思う——日本人にとって「性的少数者を親に持つ」という経験はこの50年間で変化したのだと。少なくとも親や祖父母が性的少数者だったと知らされずに育った私たち世代は、子として経験にも学びにもできなかった。相変わらず性的少数者が新しいトピックであるかのように驚き訝しみ、「人権を認めるかどうか」などと語り、差別すらやめられずにいるありさまだ。
 でも「これからはちがう」と感じられないだろうか。

 時代は進化を止めない。ヒトがそれをキャッチしようとしまいと、時代は歩みを止めない。


この記事をご紹介いただきました①

 Ryuya 様、ありがとうございます。


この記事をご紹介いただきました②

 たよろよろ図書館DATABASE 様、ありがとうございます。


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