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タイ・チェンマイ市と福岡市の新たな握手。日本の"地方創生"を世界デビューさせる、その裏側 - [連載]自由と監視のAI(あいだ)で、どう生きるか #05

世界で最も多くのデジタルノマドが集まる街・チェンマイと、日本でいちばん早くデジタルノマドを受け入れ始めた街。この二つが、9 月と 10 月に、ひと続きのプログラムとして人を行き来させる新たな取り組みが始まります。

「1つのミッションを、2つの町で。(TWO CITIES, ONE MISSION)」と双方から打ち出されたメッセージの先に、チェンマイ側の代表であるJohn Hoから1つのメッセージが記されている。

Cosmo Local CNX プロジェクトオーナー John Ho(彼は香港人)

Let's try to make nomads lovable, not hated.
デジタルノマドを、憎まれる存在ではなく、愛される存在にしよう

John Ho, The founder of Cosmo Local CNX

このチェンマイと福岡での取り組みが、今、どのような意味をもたらしているのか、ご紹介していきたいと思います。「デジタルノマドを、憎まれる存在ではなく、愛される存在にしよう」この言葉に込められた意味とは?

「地方創生」を次のフェーズへ「海外」と結ぶ、地域活性プロジェクトスタート。


チェンマイという街の2つの顔

「旅行地」としての、チェンマイ

Photo by @Daichi Mochida

タイ北部、ランナー王朝の古都。堀に囲まれた四角い旧市街があって、その中に寺が数え切れないほどある。朝は托鉢の列が路地を歩き、夕方になるとナイトマーケットに屋台の煙が立ちのぼる。ドイステープの山を登れば、盆地に沈む夕日が見える。

旅行地としてのチェンマイは、日本人にとってわりと馴染みやすい。バンコクのような密度と喧騒がなく、かといって田舎でもない。飯が旨い。カオソーイという、カレーラーメンのような麺を一杯 60 バーツで食べられる。人が穏やかで、値切らなくても最初から安い。物価の水準でいえば、日本の地方都市よりまだ低い。

僕はこれまで 60 カ国近くを訪れてきたけれど、結局いちばん帰ってくるのがタイだ。去年もバンコクの夜の屋台街で財布を落として、一瞬絶望したのに、店のスタッフが拾ってくれて中身もそのまま戻ってきたことがある。現地に長く住む日本人の友人が「タイの人を信じていれば必ず見つかるから」と、本人の経験から自信を持って言っていた。ああいう手ざわりが、この国には(まだ、)ある。

「デジタルノマドの住まい」としてのチェンマイ。

日本ではまだあまり知られていないが、チェンマイは 10 年以上にわたって、世界のデジタルノマドから「最も選ばれる都市」であり続けている。Forbes は 2026 年に、世界のトップ拠点としてメデジン、ケープタウン、リスボン、バリ、メキシコシティ、東京、ベルリンと並べてチェンマイを挙げた(Bangkok Post、2026 年 4 月)。The Nation Thailand は同年 6 月、タイ全体を「デジタルノマドの世界的首都」と書き、チェンマイについては「長年にわたり世界のリモートワークランキングの首位圏にあり続けている」と評した。

Alt_Chiang Mai

なぜそうなるのかは、行ってみればわかる。コワーキングスペースが街のあちこちにあり、コリビング(住まいと仕事場が一体になった長期滞在施設)が選べるほど揃っていて、24 時間のフィットネスジムがあり、Wi-Fi が速い。The Nation Thailand によれば、主要都市の平均ブロードバンド速度は 300 Mbps を超える。つまり、日本の地方都市よりも「働ける」環境がある。チェンマイは「住」と「働」が十年かけて勝手に積み上がった街。誰かが計画したわけではない。人が集まり、その人たちが欲しいものを地元の事業者が作った。それだけである。

デジタルノマドが求めているのは、豪華な朝食といった「非日常」ではない。まともな Wi-Fi と、自炊できる台所と、名前で呼ばれる「生産性のある」環境だ。非日常を売るな、異日常を用意しろ、と僕は事業者向けの講演でいつも言っているが、チェンマイは、その要求に十年前から答え続けてきた世界トップの街と言える。

DTV(通称:デジタルノマド向けビザ)という後押し

Destination Thailand Visa(画像をクリック)

そこに政府の後押しが乗った。2024 年 7 月に始まった DTV(Destination Thailand Visa)である。有効期間 5 年、入国回数無制限、1 回の滞在は最大 180 日で、さらに 180 日の延長が一度できる。財政要件は 50 万バーツ(250 万円)以上の預金残高証明。リモートワーカー、フリーランス、そしてムエタイ修行や料理留学といった「タイのソフトパワー」目的の滞在も対象に含まれる(在福岡タイ王国総領事館サイト、2026 年 8 月時点)。2026 年にはスタートアップ創業者と研究者が対象に加わり、US$40,000 以上の医療保険が明示要件になった。発給の累計件数はタイ外務省が継続的に公表していないが、一部では「3 万〜3.5 万件」という数字がインターネットでは流通している(実際に、かなりの数が取得していると感じている)。

制度が人を呼ぶわけではないが、人が集まっている場所に、制度が後から追い打ちをかけ、チェンマイは、さらにデジタルノマドが滞在しやすい場所として注目を集めているわけだ。

デジタルノマドと地域との関係の、未来。

2026 年 7 月 21 日、マレーシア・ジョホール州のフォレストシティで運営されていた Network School が市議会によって事業ライセンスと広告ライセンスを取り消され、翌 22 日に運営を停止した。この経緯は #04 に詳しく書いた。

その一週間後の 7 月 28 日、インドネシア入国管理総局が、バリ島チャングーで「外国人だけ」のランニングクラブ Entourage Run を運営していたオランダ国籍の 2 名に対して、再入国禁止措置を出した。インドネシア人の申込みを断り、外国人だけを受け入れていたことが SNS で明るみに出たのが発端で、当局は「国家の中の国家」という言葉を使ってこの行動を強く非難したこともまた注目されたところである(Asia News Network、2026 年 7 月)。

Guardian記事(画像をクリック)

バリでは 2026 年 4 月 15 日に入国管理のパトロール部隊「Dharma Dewata」が発足し、約 100 名がチャングー、ウブド、スミニャック、クロボカン、ウルワツに配置され、同年 5 月の最初の 3 週間だけで、外国人観光客 62 人が摘発され退去させられたと報道されている。宿泊の提供と引き換えの無償 PR 投稿すら「違法な商業活動」と解釈されるようになりつつある「厳しい」環境下、新たな法律の執行のフェーズで、たまたま最も目立つ形でランニングクラブが引っかかってしまったのである。

ビザとか税とかではない「観光客は、地域と、どういう関係を結んでいるのか」という問いがここにある。

Doxey の 4 段階と、受容量

観光研究には Doxey の Irridex(住民の苛立ち指数、1975)という古典的なモデルがある。訪問者に対する地域住民の態度は、歓喜(Euphoria)から無関心(Apathy)へ、そして苛立ち(Irritation)を経て、敵意(Antagonism)に至る。段階は必ず、この順に進むという説だ。

最初は嬉しいけど、途中から苛立ち、そして観光客を嫌うという地域の行動形態を図にしたもの。(Doxey の苛立ち指数、1975)

このモデルは、地域の Carrying Capacity(受容量)とセットで読むことが多い。物理的・経済的・社会的・心理的という 4 種類の受容量があって、そのどれかが地域の「閾値」を超えたとき、Doxey の第三段階(苛立ち)から第四段階(嫌う)へ進むとしている。今回のマレーシアとインドネシア・バリでは、明確に、地域が第三段階(イライラ)から第四段階(ブチギレ)へ進んだ瞬間が可視化されたと言える。

一方、チェンマイでは、まだ目立った動きは聞こえてこないのは、タイの皆さんのおおらかさゆえか、それとも、もはや単に順番が回ってきておらず、いつ起きてもおかしくないところに来ているのかもしれない。Johnが「lovable, not hated」と書いた言葉には、彼がチェンマイで長くコリビングを運営してきた中で感じてきた「そろそろチェンマイの人たちだって、怒るぞ?」という危機感が込められているように聞こえる。

なぜ、チェンマイは、福岡を選んだのか

2026年1月の福岡市とチェンマイ市の意見交換の場

タイの観光は、今厳しい状況を迎えている。2025 年に同国を訪れた外国人は 3,297 万 4,321 人で、前年比 7.2% の減少だった。最大の要因は中国からの訪問者で、約 673 万人から 447 万 3,992 人へと 3 割以上落ち込んだ(タイ観光・スポーツ省統計、やまとごころ.jp 集計、2026 年 1 月)。安全性をめぐる報道の影響が大きいと言われている。国際観光収入も 1 兆 5,300 億バーツと、前年比 4.71% の減収になった。

そして、日本人が戻ってこない。2025 年に訪タイした日本人は 109 万 1,227 人。前年比では約 4% 増えているが、コロナ前の 2019 年は 180 万人だった。5 年以上かけて、まだ 6 割の水準である。日本人が、アジアへ出なくなった。円安のせいだと言えばそれまでだが、それにしても戻りが遅い。アジアの中で、日本と最も友好的な関係を築いてきた国の一つが、日本人の不在に静かに困っている。この事実を、僕は現地で何度も聞かされた。

そこで、デジタルノマドという新しい人の流れで、両国を一緒に盛り上げられないかという話は嬉しい。さらにチェンマイは今、チェンマイ大学でのディープテック、スタートアップ促進の動きもあって、福岡市と相性がいい、と両手をあげて歓迎してくれた。

握手までの 1 年 3 ヶ月

2025 年 4 月、Alt_Coliving を運営する John Ho との議論が始まった。最初に机の上に置いたのは、福岡市とチェンマイ県の間で交わす MOU(了解覚書)の可能性だった。正式な姉妹都市協定は制度的にハードルが高い。ならば、軽量で象徴的な意向書から始めるのがいい、という結論になった。

2025 年 6 月、福岡市側の承認が下り、在チェンマイ日本国総領事館の協力を得た。ここで教えていただいたのは、チェンマイの行政実務の実質はチェンマイ県庁(PAO)が担っているということ、そしてタイ国政府観光庁福岡事務所や在福岡タイ王国総領事館とも筋を通したほうがいいということだった。政治的にも文化的にも失礼のない順番がある。これは現地の方に教えていただかなければ、僕たちには到底わからない。

2025 年 8 月 6 日から 8 日、福岡市と共にチェンマイを訪問した。ワットケット地区の Alt_PingRiver とアヌサーン・サンパコイを見て回り、日本国総領事館との夕食会に出席し、チェンマイ・ノマド&イノベーションエコシステム委員会と会合を持ち、チェンマイ大学サイエンス&テクノロジーパーク(STeP)を訪ねた。バンコクでは福岡へのプロモーションイベントを開き、現地の学生の和太鼓の演奏を見た。「福岡 × デジタルノマドの聖地・チェンマイ」という一歩を、ようやく踏み出せた実感があった。

デジタルノマドという新しいインバウンドを、一過性の経済効果として捉えるのではなく、地方創生の新しい柱として受け入れる。福岡市が全国で初めてこの事業を始めて以来、同様の受け入れを模索する自治体は増えているが、これは世界的に見てもかなりの異例で、良い意味でガラパゴス的に興味深いムーブになっている、というのが現状だ。

Nomad Friendly District(Colive Fukuoka 2025)より

タイ側では、いよいよ Nomad Friendly Districtというプロジェクト(Colive Fukuokaのような官民の組織)が立ち上がり、デジタルノマドが集まる Nimen エリアとは別に Sampakoi エリアを盛り上げようと動き始めているのである。二つの都市が「地方創生」という文脈で、相互にデジタルノマドを誘致する。9 月から約 1 ヶ月半、二都市の交流がいよいよ形になる。


Cosmo Local CNX(チェンマイ)

・会期:2026 年 9 月 1 日〜9 月 28 日
・メインウィーク:9 月 23 日〜9 月 28 日
・会場:チェンマイ・ワットケット地区
・形式:1 ヶ月間のポップアップ・ヴィレッジ。4 つのコリビング・トラックが並走し、メインウィークで合流する
・4 トラック(各 10〜15 名):AI for Chiang Mai / Food That Nourishes / Solopreneur / Nomad Futures Lab
・連携パートナー:Sasin、Nomad Friendly District、Alt_Coliving、Pun Pun ほか 11 団体以上

Colive Fukuoka 2026(福岡)

・オープニングパーティ:2026 年 9 月 30 日
・会期:10 月 1 日〜10 月 10 日
・メインカンファレンス会場:ザ・ルイガンス
・Ikigai Academy:10 月 1 日〜2 日
・RAMEN TECH との連携:海外のデジタルノマドがブース出展・ピッチ登壇し、福岡のスタートアップエコシステムに直接接続する
・10 日間で 100 以上のイベント、80 以上のパートナー・スポンサーが参加

二都市の移動日は 9 月 28 日から 30 日。チェンマイのメインウィークが閉じた二日後に、福岡のオープニングパーティが開く。まるでオリンピックが聖火を次の都市に渡すかのように、引き継ぎセレモニーを企画し、コミュニティの手渡を行う準備が進んでいる。

9 月のチェンマイは、雨季の終わりにあたる。日によっては日本より涼しい。一年のうちのオフピークの一つで、宿も空いていて、価格も落ち着いている。まだ乾季の観光客が押し寄せる前の、街がいちばん素の顔をしている時期だ。一週間でもいい。ぜひ、行ってみてほしい。


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Ryo Osera | yugyo inc. Thank you for your support!