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川の街リュオーレの物語⑬ 第7話 猫

柔らかな日が古びた広場を照らしている。
一匹の猫が、石造りの建物の影から姿を現した。

日なたに出て、目を細め大きく伸びをした。
耳を左右に揺らし、あたりの音を探るように聞いている。
少しして、安心したように石畳の上を歩き始めた。

茶色の毛並みに、赤っぽい縞が混ざった猫だ。
細身で、尻尾が長い。

猫は道の端をゆっくり歩いた。人が近づくと、わずかに進む方向を変えた。
やがて、草に覆われた土手を越えて川原に向かった。

何日か前に降った雨で、まだ水たまりが残っている。
赤い舌を出し、水を何度かすくいとってからまた歩き出した。

水際に、川漁師の舟が泊まっていた。
周囲には数人の男がいる。

猫は、一度立ち止まり、鼻をピクピクと動かした。
そして、少し歩調を速めて男たちの方へ近寄っていった。

「おう、茶色いのか」
太い声が猫に向けてかけられた。

「最近、来るのが遅くなったな。もうあんまり残ってねぇぞ」

金属のたらいに、小さな魚が入れられている。
猫が近づくと、集まっていた鳥たちが飛び立っていった。

残っている魚は数匹だ。
食べ散らかされた跡がある。

たらいの周辺には、ほかの猫の匂いが立ち込めていた。
体の大きな猫のものだ。

半分ほど食べてから、川原の砂地に向かった。
そこで用を足し、ふたたび小魚のところに戻る。

食べ終わると、木陰で毛づくろいを始めた。
寝そべって首を曲げ、体をていねいに舐めていく。
それが終わると、そのまま頭を前足の上に乗せ、ゆっくりと目を閉じた。

猫の耳がぴくんと動いた。
だらりと寝ていた全身に、あっという間に力が行き渡る。
ひげが少し前方に動いた。

体を低くし、忍び足でススキが茂る草むらの方に進む。
目が丸く見開かれている。

草むらの前で、静止した。

穏やかな風がススキを揺らす。

風がやんだ瞬間、猫が草むらの中に飛びかかった。

地面に食い込んだ前足のすぐ脇から、
小さな生き物が必死で逃げていく。

川原の葦に紛れて暮らすネズミだ。

猫がもう一度飛びついた。

今回も逸れた。

小さなネズミは、ジグザグに走りながら
草が深く茂っている方へ逃げ込んでいく。

低い姿勢でじっとその方向を見つめていた猫は、
やがて体の緊張を解いた。

木の下に戻る途中、さっと前足で虫を押さえつけ、口に入れる。
日陰に行くと、あくびをしてふたたび横になった。

しばらくしてから、猫は体を起こし
川原を横切って土手を登った。

土手の上は、見晴らしがいい。
歩いていくと、右手に橋が見えてきた。
橋の上に、人の姿はなかった。

橋のたもとに小さな小屋があり、ひげを生やした男が立っていた。
その男は、猫の方を見たが、何も言わなかった。

猫は石畳の道に戻ると、広場の方へ向かった。
歩いていると、甘い花の香りが漂ってくる。

それが一番強くなる店の前に来て、
「ミャア」と鳴いた。
もう一度。

店の奥から、手に花を持った女性が出てきた。
「あら、ひさしぶりだねぇ、コダリー」
と猫に呼びかける。

「ちょっと待ってな」
いちど姿を消した女性が、小さな器を持って現れた。

「今日はミルクだけだね」と猫の前に置く。

「ニャウ」
もう一度鳴いて、猫は器に近づいた。
鼻を寄せ、匂いを嗅いでから器の中に舌を伸ばした。

女の人の手が、猫の頭に触れた。
いろいろな花の香りがついた手だ。

猫は一瞬、ぴくんと体を緊張させたが、
すぐに緩め、ミルクをなめ続けた。

少しすると女性は手を放し、
店の奥に入っていった。

ミルクに満足すると、
猫は前足で顔を撫で、ひげを整えた。

広場から延びる細い路地を奥へと進んでいく。

「ね~こ~!」
母親に手を引かれていた女の子が、たどたどしい足取りで寄ってこようとする。
猫は建物の隙間にさっと身を隠し、やり過ごした。

あたりをうかがって、ふたたび路地を歩く。
やがて左手に見えてきた家の庭にもぐりこんだ。

ひなたに置かれた椅子に、老人が座っていた。
「おぉ、カナッセン」
猫に呼びかけ、ゆっくりと立ち上がる。
長い顎ひげが揺れた。

猫は、彼が家に入っていくのを見送った。
やがて、老人が何かを皿に入れて出てきた。
細切れの肉のようだ。

「さあ、食べていきなさい」と老人は
皿を持ったまま近づいてくる。

猫は少しあとずさり、老人との距離を保った。
老人は苦笑して、皿を地面に置き
「お前さんを捕まえたりはせんよ」と言った。

老人が椅子に戻るのを待ってから
猫は皿に近づき、耳を動かしてあたりの音を探った。
そして少しずつ、皿の肉を食べ始めた。

食べ終わったときには、老人の姿はもうなかった。

猫は庭の隅にある木の幹に寄りかかるように立ち上がり、爪を研いだ。
気が済むと、丸くなり目を閉じた。

遠くで鳴る鐘の音が聞こえた。
あたりが暗くなり始めている。

猫は庭を出て、広場の方へと向かった。
人通りが増える時間帯だ。
道の端を、静かに歩く。

広場で見覚えがある女の人とすれ違った。
ほかの人たちと少し違う服装をしている。

そっと微笑むように猫を見て、女の人はそのまま歩いていく。
猫は少し立ち止まって、その後ろ姿を眺めた。

バタバタッと羽音がした。
広場の鳩たちが、猫に気づいて飛び立ったようだ。

一羽だけ、動かずに残っている。
白いハトが、首を振ってあたりを見回している。

そちらには関心がないかのように、猫は歩き出した。

建物の影で用を足した。
ここは、この猫の匂いだけが残っている。

念入りに毛づくろいをして、
今は使われていない小屋の隅の寝床に戻っていった。

広場の街灯に火がともされた。
影が、ゆっくりと広がっていく。



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リュオーレの物語は、少しずつ続いていきます。
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リュオーレの物語 道しるべ|湖上珊歩