川の街リュオーレの物語⑯ 小景(8) 祠(ほこら)
草むらで鳴く虫の音色が、街中よりも小さい気がする。空気がひんやりしているからだろうか。パシュアは、丘を上る一本道の途中で足を止め、背負い袋を下ろした。
街道と呼ばれてはいるが、幅は細く、石畳が敷かれているわけでもない。コヴァーレ山中の村で生まれ育ったパシュアには、馴染み深い道だ。
「昔は走っても平気だったのにね」
心の中で呟き、水筒の水を口に含む。
肩を手でほぐしてから、ふたたび歩き出した。落ち葉を踏む感触が足元から伝わってくる。
慣れ親しんだ歌が、自然と口からこぼれ出てきた。リズムに合わせて、少し歩調が早まってきたようだ。
前回、村に戻ったのはいつだったか。若い頃は毎年のように里帰りをしていた。でも最近は、足が遠のいていた。
久しぶりに村に里帰りしようとなったのは、やはり、この歌のためだろう。子どもの頃、父ちゃんや母ちゃんと声を合わせていた、餅つきの歌だ。
夏に思いがけず聴いて以来、頭から離れなくなった。あのリズムと旋律が。
一緒に行かないかと夫のコジューロも誘ったが、「わしは行かん」と言われてしまった。
無理もない。この先、採石場まで進むと街道を離れて本格的な山道になる。
あそこを歩くのは、コジューロにはもう難しいだろう。
パシュアも、あと何度行けることか。
コジューロは、餅菓子を持たせてくれた。山から届けてもらった新米と、街の甘味を組み合わせたものだ。
閉店した菓子屋で、月に数度、パン屋の息子に餅つきを教えている。パシュアはたまにしか行かないが、指導は順調に進んでいるらしい。
道が二手に分かれている。街道は左へ延び、右に行くと丘を上っていく。
分かれ道の右側に、石の祠がある。石に小さなくぼみがあるだけのものだ。
ばあちゃんが子どもだった頃にはもうそこにあったと聞いたことがある。山の人たちは、ここを通るとき、いつも近くの花を供えていく。
パシュアは祠の前で立ち止まった。近寄ると、あたりの草むらで虫たちがピタリと鳴くのをやめた。
花が一輪だけ、置かれている。
もう少し花を加えようかと周りを見回すうちに、別の考えが頭をよぎった。
それも、いいかもしれない。
背負い袋を下ろし、パシュアは中から小さく丸めた餅菓子をひとつ取り出した。
これを、置いていくことにしよう。
山と街の味が混じった餅菓子だ。
パシュアは石のくぼみに餅菓子を置き、赤く色づいた落ち葉を一枚添えた。
歩き出すと、祠の近くでふたたび虫たちが鳴き始めた。
パシュアが口ずさむ餅つきの歌と、どこか調子が重なっているようだった。
リュオーレの物語は、少しずつ続いていきます。
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リュオーレの物語 道しるべ|湖上珊歩
