歴史に彩られた石材はアートか?【江之浦測候所:杉本博司】 神奈川県小田原市
難解なコトが売りなのかもと感じるのが現代美術。
自ら「アートです!」と主張されるとなにかモヤモヤが湧きあがりますが、伝統的美術の確かなエッセンスや手法が感じられるモノには魅力が。
今回はそういうベクトルを持っているであろう人物によって、ミカン畑に作られたミュージアム?の記録です。
神奈川県の中堅都市・小田原市の人口は185,000人。
戦国時代には難攻不落と謳われた後北条氏の拠点として相模国の中心エリア、また彼らの領国支配は現在でも高い評価を得ています。
ただ北条氏御自慢のお城は、想像を絶する豊臣秀吉の物量作戦によって、一発落城という残念な結果に。
それでは市の南西端にある本日のミュージアムへ。

駐車場からなぜか始まる参道。
また柑橘山という時点で、ダジャレの香りがプンプン。
不許葷酒は、お酒やニンニク、ニラ等(匂いの強い系)の持ち込み禁止という禅宗系の禁止事項。
駐車場から来る人であれば、お酒は行きも帰りも当然禁止。

江之浦測候所
江之浦測候所は、
「成長の臨界点に至った現代に、その表現すべき対象を見失ってしまったアート。もう一度人類意識の発生現場に立ち戻り、意識のよってたつ由来を反芻するための施設」(HPのコンセプトから要約)
として杉本博司さんが設計したテーマパーク的施設。

ウンチク満載の古美術や建物が点在し、見る人の引き出しが試される場所。
シンプルに庭園や風景を楽しむのも良し。
あまりアートに引っ張られ過ぎると、杉本さんのチョイスする歴史そのものや目の前の景色が冷静に見えなくなるような気がします。

冒頭からいわくありげな明月門が待ち構えています。名前からして・・・
また幕の家紋?は杉本家の家紋かと思いきや、かつて小田原に君臨した北条氏(三つ鱗)のパクリのようにも。
後ほど調べてみると、ロゴは小田原の「O」と財団の「A」からのデザインと意外と理由はシンプル。
他にもいろいろなウンチクが重ねられ、北条氏の三つ鱗も込みのようです。
この辺りが現代アート系特有の面倒くさいポイント。
細かく知りたい方はHPで。
神奈川県小田原市江之浦362-1
入場は予約制。訪問は2021年だったので例の流行り病対策かと思いましたが、現在も変わらないようです。
ただし現在は空きがあれば、当日予約も可能。
最初に待合棟で簡単なレクチャーを受け、豪華なパンフレットを受け取ります。内容は多少確認しておいた方が、展示品を見落とさないように思えますが、情報量が多すぎて個人的にはムリ。地図だけは参考程度に。
ちなみに当日は雨がパラついていたので、読みながら巡回するのはますます面倒くさい状況。

待合棟入口には太鼓が置いてあり、
「実際に使います?」とスタッフに聞いてみると
「オープンとクローズ時に鳴らします」とのお返事。
実は銅鑼もあって、見学者へ時間を知らせるための現役アイテム。
(どちらかがオープン時で、もう一方がクローズ時)
結構敷地は広いので、叩けばボリューム十分なのでしょう。

杉本博司という人
杉本博司(1948- )は東京の人。立教大学卒業後に渡米し写真を学ぶ。
写真家、古美術商、建築家、書家と多才なマルチアーティスト。
2008年に新素材研究所(建築事務所)、2009年に小田原文化財団を設立。
それでは杉本ワールドへ。
待合棟の向かいは、夏至光遥拝100メートルギャラリー。

夏至の朝に、太陽光を数分間一直線に確認できる、測候所のアイコン的施設(大理石&ガラス製)。実質杉本作品の専用ギャラリー。
当日は海景シリーズから7点が展示。


展示されていた海景の1枚を、参考資料から。

測候所での写真ではなく、島根県立美術館発行のカードから。
杉本作品の初見は「海景:隠岐」でしたが、測候所でもご対面。
海景シリーズは、「何だコレ」からはじまり、現在では「本当にその場所でなの?」と疑念が湧きあがる作品群。

参考にもう1枚、元旦に撮影された地元の海を。

ちなみに海景は「古代人の見た風景」とも説明されますが、「全く変わらないワケないよなー!」というのが個人的見解。
当日はどんより模様。

順路があったのか不明ですが、適当に見当つけて進みます。
こちらは複数の石群からなる舞台。

放射状に敷き詰められた石は、京都市電の敷石。
ベンチのような巨石は、江戸城の石垣用に近隣から切り出された巨石の成れの果て(根府川海岸の底に散見されるそうです)。
そして妙な入口は。

夏至光ギャラリーと対になる、冬至光遥拝隧道の入口部分。
こちらは70m。

途中には光井戸が設置され、中には杉本さんお得意の光学硝子の破片。

先端には留め石。有名観光地の寺社において、インバウンドの方々には見えていないと思われる結界(単なる文化の違い)。
お寺のような石群の世界。

門は箱根の旅館にあった門を移築。
十三重の塔は大和(奈良)からやってきた鎌倉期のモノ。
門の塀は版築という手法により作られていますが、固められた土にはヒビが入っていてやや不安感が。

パンフの説明では同様の例として、法隆寺の塀が挙げられていますが、
これは熱田神宮の信長塀(日本三大土塀の1つ)も同じカテゴリーか。


つづく茶室は国宝茶室待庵の本歌取り。
千利休作と伝わる茶室(京都府大山崎町)の写しは、ミカン小屋のトタン板を茶室屋根材として再生利用。

雨の日にトタンを叩く音から雨聴天とダジャレ的な命名。
躙り口の前には、時代が交錯する(古墳から中世)部材による鳥居、そして躙り口の踏み石代わりには光学硝子。

茶室内を覗くと「日々是口実」とダジャレの波状攻撃。

江之浦測候所のnote記事を横断してみると、茶室内の掛け軸には「欠伸」や「湯」も見受けられます。
欠伸は素直に「あくび」それとも「江月宗玩」の号からなのかその解釈は分かりませんが、ダジャレの流れからすると「あくび」でしょうか。
また「湯」はまったく意味不明でしたが、トーハクの展示でそのものズバリに出会います。

南宋の高僧が弟子円爾(日本のうどん&饅頭の祖:諸説あり)に贈った書。
トーハクのキャプションでは茶の湯の席で珍重されたと。
杉本さんがその意味で掛けていたのかは分かりませんが、いろいろと勉強になるのが杉本ワールド。
ここから斜面を下っていきます。

柑橘山の由来はこのミカン畑(たぶん)。
季節にはスタッフも加わって収穫するというお話でした。


斜面下にあるプチミュージアムは化石窟。
化石窟はミカン農家の元道具小屋で、農具&化石コレクションを展示。


化石についてはまったく不見識。たぶん三葉虫?というレベル。

意図的な何かを感じさせる、ファンタの瓶と粉ミルクの缶が妙に気になる。
アートな演出かも。

数理模型を2種。
数式を美しいと思えるほどの理解力を持ち合わせていない自分が悲しい。


測候所には、お社がいくつか点在するのも特徴。

片浦稲荷大明神は東京渋谷からの移設。
また鳥居は旧九段会館(東日本大震災での罹災施設)屋上から。


焚火もできるという洒落た野点席。ミカン畑にあった石組からリボーン。

眼下に小さく見える赤いお社は春日社社殿。

訪問時(2021年)はまだ魂が入っていない状態だった社殿。
次の機会にと思いつつ写真はスルー。
光学硝子製の舞台を支えるのは、檜製の懸造り。

雨がやむと、ヒラヒラと複数のトンビによる舞が。

ヴェネチアの商館に嵌め込まれていたというレリーフ。
石の作品は、洋の東西を問いません。




石舞台周辺に集まる石材群にはそれぞれの歴史が。

三角塚は石の向きに意味があるようですが、理解不能。

いわくありげな裂け目の入った石舞台への道。
と思いきやパンフにはエピソードなし。

薄い石の積み重ねは、休館中のミュージアムと同じ手法。

解説には藤原京内にあったという巨石。大坂城の蛸石的な存在か。

解説には調査中とされていたこの巨石。
4年経過した今では、明らかになった事実があるのかも。
後日パンフをながめていると、見落としの連発を確認しています。
以下
・角倉了以以前の渡月橋礎石(京都市)
・天平期の元興寺礎石(奈良市)
・桃山期の京都五条大橋礎石(京都市)
・信長の焼き討ち跡が残る日吉大社礎石(大津市)
どうやって集められたのか、いわば歴史的有名石材のオンパレード。
加えて現在は魂の入った春日社や、新たに加わっている何かの可能性とそろそろ機が熟したサインなのかも。
礎石は、見ただけではただの石コロ。
ただどういうコネでどれほどの時間をかけて蒐集されたのか?という点には興味が尽きません。

そして例の・・・

やっぱり気になる明月門。


帰宅して調べてみると、なかなかの事実に辿り着きます!
そしてこういう所が楽しいのも杉本コレクション。
そのたどりついた事実については続編で。

