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【旅日記#11-1】あの時の記憶をもう一度。自転車でカントリーサインの旅(前編)

高校時代、私は毎週のように自転車でどこかへ出かけていた。そして帰ってくるなりノートにその顛末を書き連ねては休み時間に友人に読ませるのが日常となっており、私の青春のそばには常に自転車があったと言っても過言ではない。

それ以前も旅日記は好んで書いていたが、まだ免許もない少年には、親の車に乗せてもらうしか旅の手段がなかった。
しかし初めてスマホを持った中3の時、某廃道探索家のサイトに出会い、冒険を求めてどこまでも自転車を駆る姿に可能性を見出す。己の力だけで広い世界に漕ぎ出す青臭い感覚に魅せられた私は、それはもうがむしゃらに、走っては書いて、走っては書いていたのである。

知ったばかりのインターネットブログを真似てノートの片隅にコメント欄まで設けたりして、出来は拙くとも読者との交流も盛んに行った。まさに、現在やっているnoteの前身と言える活動だった。

そして若さの燃える高校1年生の秋、せっかくの3連休だからと「カントリーサインの旅」なるものをやってみようと思いつく。

あの伝説の番組『水曜どうでしょう』を見ている方ならご存知だと思うが、分からない方のために説明すると、北海道では各市町村の境界に立つ標識にイラストが描かれており、これをカントリーサインと呼ぶ。

国道244号 小清水町のカントリーサイン
イラストは各市町村の名産や名所など
地域を代表するもので、見るだけでも楽しい。
例えば小清水町なら、じゃがいもと花が有名なのが分かる

カントリーサインの旅とは、これをカード化したものをシャッフルして引き、出た市町村まで実際に行き、着いたらまた引いて次の町に行く⋯というのを時間の許す限り繰り返す旅のことである。
次に行くべき町はカードを引くまで分からず、ただその結果に従ってひたすら移動し続けるという途方もない企画で、本家『水どう』の出演陣たちも幾度となく苦汁を飲んできた。

さすがに全道は無理なので範囲はオホーツク管内のみに留めたものの、車はおろか自転車で回るのは容易ではない。そんな難題を自ら課した私は、果たしてどこまで行くことになるのだろうか。

⋯と、前置きが長くなったが、今回はその時の日記を大幅に加筆・再構成したものをお送りしたい。
どこからどう見ても完全に自己満足な話だけれども、なんか変なことやってるな、くらいの気持ちでお付き合いいただければと思う。


2019年9月21日(土)

6:30 1日目スタート

自転車旅の朝は早い。
雨上がりの午前6時半、いつもより重たいリュックを背負った私は国道39号に立っていた。本家では札幌市のカントリーサインの下から始まったから、今回はそれに倣ってこの網走市・大空町境界をスタート地点とする。

この時の相棒は通学用にホーマックで買った2万円のマウンテンバイク。ロードバイクを手に入れたのは翌2020年に新型コロナ給付金が支給されてからのことであり、2019年はこの「ロードハンター2号」(私が名付けた。1号は元々家にあったママチャリ)ことMTBの全盛期だった。

通学も含めて延べ5,000kmほどを共に走った愛車。
安物ではあるが、18段変速のおかげで遠出も割とこなせる
(2019年6月撮影)

ちなみに、服装に至ってはジーパンにスニーカーという、端から見れば近所のガチんちょそのものな出で立ちである。
あるいは、荷物をまとめた家出少年か。

それはともかく、我らが網走市のカントリーサインは流氷とニポポ。
ニポポは道内各地にさまざまな種類が分布するアイヌの伝統的な人形で、網走刑務所の刑務作業でも造られる、市のあちこちで見られる工芸品。
一応オホーツク沿岸では屈指の都市なのだが、なんというか、いかにも辺境の地という雰囲気があるイラストだ。

国道39号 網走市のカントリーサイン
これが網走市。
カードを引いた後の写真しか残っていなかったので、
今はネタバレ防止のため隠しておく

ここでこの旅の舞台を説明しよう。北海道の東に位置するオホーツク総合振興局管内には18の市町村があり、その総面積は岐阜県以上、秋田県未満という広さ。

カントリーサインの旅 オホーツク管内図
赤が到達済み、黄色が今後の行き先の候補
白地図 日本にて作成)

地形的には日本海側ほど急峻ではないのが幸いだが、とにかく長いのが特徴。もしいきなり最北の雄武町おうむちょうあたりを引いてしまえば、その往復だけで3連休が終わりかねないのだから恐ろしい(参考までに、網走〜雄武は片道150kmもある)。

さて、それではお待ちかね、まずは最初に向かう町を決めていこうではないか。
この3日間の命運を左右する、緊張の一瞬だ。網走市はこの時点で到達済みとし、カードは全部で17枚。しっかりとシャッフルをして、いざ勝負!

第1の選択 北見市

ということで、記念すべき1市町村目は北見市きたみしとなった。
カントリーサインはラグビーをする玉ねぎ。
かつてハッカで大きく栄えた北見盆地は農業が盛んであり、特に玉ねぎの生産量は堂々の日本一を誇る。人口も面積も管内最大という、オホーツク地方の中枢的存在として名高い10万都市である。

カントリーサインの旅 北見市の位置
青が次に行く町。
平成の大合併のため、
海から石北峠までがまるまる北見市になっている

北見までの道のりは国道39号を引き続き辿るだけなので、ルート的に大きな困難はない。過去にも自転車で複数回行ったことがあるから、そこまで労せずたどり着けるだろう。よし、ひとまずは無難な所を引くことができたぞ。

幸先よくスタートを切り、足取りも軽やかに進んでいく。市町界の坂を上りきるとさっそく北海道らしさ満点の耕作地が広がり、沿道にはフォトスポットでお馴染みのメルヘンの丘が見える。

しかしそれから間もなく、止んだと思った雨がまた降り出して、旅立ちに勇む私の心とは裏腹に身体は一気に冷えてきた。
初っ端からこの空模様となると全然サイクリング日和ではない気がするが、自分がやりたくて始めたことなのだから、滅多なことでは引き下がるまい。

大空町女満別 道の駅前
女満別はご覧のどんより模様。
遠い向こうは晴れていそうにも見えるが、どうだろう?

そんな中、美幌のセイコーマートで買ったフライドチキンは、今までコンビニで食べてきた何よりも幸福を覚える味だった。
雨の朝、そのうえ自転車という条件で旅をしていると、どんな天気でもどんな時間でも(セコマは24時間営業でない店舗も多いが)安心を提供してくれるコンビニの存在が、いつも以上にありがたく感じる。

美幌町 国道39号の気温表示
雨はそこまで長引かなかったものの、気温は9℃。
頑張って漕げば体温が上がるので、
今だけは登り坂も歓迎

美幌バイパスの美幌高野ICを過ぎると、いよいよ北見市(旧端野町たんのちょう)に向けての峠区間に。すると天候はみるみるうちに回復し、肌を濡らすものが雨水から汗へと変わっていった。
一般的な地図には名前すら書いていない小さな山越えではあるものの、自転車だと程よく負荷がかかり、五感で旅をしている実感が得られて楽しい。天下の2桁国道ということもあって、走りやすさも良好だ。


9:10 1市町村目

幌と端、そして網走郡と常呂郡とを分かつ美野みの峠の標高のピークは、市町界から1kmほど美幌側に寄った所にある。目標のカントリーサインを前にして勾配は下りに転じ、山を越えた喜びから早くもウイニングランのような清々しい気分で一気に駆け下っていく。

そして網走を発ってから2時間半あまり、最初の目的地である北見市のカントリーサインに到達した。前述の通りここは旧端野町なのだが、珍しく合併前のイラストも下に小さく残されている。
このようになっているのは、私の知る限りは北見市と大空町のみだと思う(もし他の地域にもあるのをご存知の方がおられましたら、ぜひご一報いただけますと幸いです)。

国道39号 北見市のカントリーサイン
被写体がちょっと遠いが、
交通量が多い中で撮影できるだけの広さの路肩が
ここしかなかったので、あしからず

せっかくなので、端野町のカントリーサインにも触れておこう。こちらの絵柄はなかなか暑苦しいデザインの太陽で、この地域が他と比べて長い日照時間を持つことを表している。
オホーツク地方の西には大雪山系という巨大な山岳地帯があり、それが雲に対して壁の役割を果たすことによって、高い晴天率を実現する。加えて内陸の盆地ということもあり、昼夜の寒暖差が大きく作物の生育が良いことから、北見地方は道内でも有数の農業地帯として栄えたのだ。

単にデザインが楽しいだけでなく、こうして読み解いてみるとその地への理解がより深められるから、カントリーサインは面白い。

そしてここで2枚目のカードを引く。
境界に着いたらすぐに抽選を行うというルールのため、ひょっとしたらすぐに引き返して逆方向に向かわなければならないかも知れないのが、この旅の怖いところである。

第2の選択 佐呂間町

2市町村目として選ばれたのは佐呂間町さろまちょうだった。
日本一大きな汽水湖・サロマ湖に面する漁業と農業のまちで、特に町内の耕地面積で最大の割合を占めるカボチャはそのままから加工品まで、さまざまな楽しみ方ができると評判。
そのブランディングは1980年代から続くもので、町で以前開かれていたお祭りの主題にもなるほどであり、カントリーサインにも大々的に描かれている。

カントリーサインの旅 佐呂間町の位置
佐呂間は北見の隣。
いきなり変な所に飛ばされることにはならず、
とりあえず一安心

ではこれより佐呂間町を目指すわけだが、自転車で行くにあたっては、少し困ったことがある。

端野から佐呂間への最速ルートたる国道333号には、新佐呂間トンネルという全長4.1kmもの長大トンネルが控えている。そこはろくな歩道もない中で大型車もバンバン飛ばす幹線道路ゆえ、生身の人間が通るには壮絶すぎるのだ。
前に軽い気持ちで突入した際、逃げ場のない地中にて正味20分におよぶ息苦しさとの闘いを強いられた記憶が甦り、そのルートは瞬時に却下された。

新佐呂間トンネル 佐呂間側坑口
高速道路ではないが、自動車交通に特化した新しい道。
行き交う車の轟音と風圧は、
二度と体験したくないほど凄まじい
(2019年7月撮影)

よって今回は、今後の体力を温存することも考えて、少しでも地形が易しそうな留辺蘂るべしべ方面からアプローチすることに。なにしろ3日間という長期のサイクリングは初めてなので、かなり大回りではあるものの、これくらいのゆとりを持って走った方が良いだろう。

佐呂間町へのルート比較
白の線が新佐呂間トンネル直行、
緑の線が留辺蘂経由ルート。
雑な図で恐縮だが、おおよその位置関係はこんな感じ

そうと決まれば前進あるのみ、朝の曇天と同じ日とは思えない青空の下を軽快に走る。
小高くなった丘の上から北見盆地を望む景観は素晴らしく、時には雨に打たれながら自分の足ではるばるやって来たこともあって、とてつもない開放感に包まれた。

旅って、楽しい!

それからしばらく、北見の街に入ると数々のビルを見上げるようになる。連休初日だけに車通りはとても多いが、まさかこの路傍のチャリが網走から走ってきたものだとは、誰も思わないだろうな。
そんな事を考えてひとり得意気になるくらい、この時の私は一般の北見市民に擬態しきっていた。

JR北見駅の外観写真
北見駅で小休止。
駐輪場にはたくさんの自転車が置いてあり、
平日には大勢の学生でごった返すのだろう

12:30 昼食

長い北見市街を抜け、国道39号は無加川むかがわに沿って広がる畑の中をゆったりと上っていく。勾配は自転車でもほとんど感じられないほど緩く、爽快なサイクリングが楽しめる。

ここで時刻は正午を回り、行政区域は旧留辺蘂町へ。そろそろご飯にしようということで佐呂間行きの道はいったん通り過ぎて、国道242号との交差点にある「レストラン e'fエフにお邪魔することとなった。

北見市留辺蘂町 efの外観写真
ここには以前、祖父母たちと温根湯へ
ツツジを見に行った時に寄ったことがある。
ちょうど昼時なので、車がいっぱいだ

観光客も多く通る立地だけあって、メニューはB級グルメ・オホーツク塩焼きそばや北見産玉ねぎを使った料理、留辺蘂名産の白花豆しろはなまめスイーツなど、地域の特色を打ち出したものが目白押し。
しかし敢えて、私はシンプルなざるそばを選択した。朝から6時間ほぼ走りっぱなしの身体には、個性的なものよりこの優しい味わいがよく染みる。

北見市留辺蘂町 efのざるそば
飾り気はないが、うまい。
田舎町で食べるそばというのは、
意外なほど印象に残ったりする

かくして久方ぶりにエネルギーを補給したところ、心身がほっとしたのかこれまでの疲れがどっと出てきたので、向かいのローソンでお菓子を調達する。
地図を見る限り、この町を出れば佐呂間に至るまで(そして至ってからしばらくの間も)何もないようだから、留辺蘂にいるうちにどこかで少し休んでおきたい。

北見市留辺蘂町 国道39号と国道242号の重複おにぎり
国道39号と242号の重複区間にあったおにぎり。
町中にこんな綺麗な「おだんご」標識があるなんて、
道路マニア的には嬉しい限り

市街地をバイパスする国道から旧道と思しき道へ入ると、辺りは一転して静かになり、どこかノスタルジックな空気が漂う。留辺蘂はかつて林業と鉱山の町として発展したといい、今ではタクシーが1台ぽつんといるのみの駅周辺も、往時は相当な賑わいだったことが推測される。

JR留辺蘂駅の壁
昔ながらの喫煙スペースが味わい深い留辺蘂駅。
ただ、当時の私にひとつ助言ができるなら、
もう少し引いたアングルで駅舎を撮ってほしかった⋯

ピーク時には20,000人あまりを数えた町の中心駅だけあって、待合室は結構広い。私はここの椅子に腰を落ち着け、先ほど買ったお菓子を食べ始めた。

まだ有人駅時代の痕跡がありありと残っているだけに、真っ昼間なのに誰もいないことが余計に物寂しく感じるが、不思議と居心地が良い。
少なくとも通学には今も利用されているから、町の生きた空気が、この空間には確かに在るのだろう。

普段鉄道に乗らない人間が言うのもなんだけれども、こういう場所には可能な限りなくならずに残っていてほしい。そう思いながら、再びペダルを漕ぎ出すのであった。


14:40 2市町村目

道道103号に入り留辺蘂橋を渡ると、道路はすぐに緑の中を登り始める。
この丸山峠もまた地図上では名もなき峠なのだが、実は北海道の道路史の中でもひときわ有名であろう中央道路の一部。そのうえここが町名の由来となったルペシュペ(アイヌ語で「越える道」の意)という地名の語源とされていて、町にとっては特に縁の深い、由緒正しき道だという。

中央道路とは明治時代に札幌〜網走間を結ぶために造られた道のことで、軍事的理由から人命を省みることなく驚異的なスピードで開削され、過酷な強制労働により多くの囚人を犠牲にしたことで知られている。
私は小学校の総合学習の時間にこれを習い、学習成果の発表と題した文化祭の劇で、囚人役を演じた。そのことを今でもはっきり覚えているほど、この地域にはよく根付いた話である。

峠の切り通しには、この交通量にしてはやや過剰とも思えるほどの駐車場と共に慰霊碑が整備されており、その歴史を物語っている。この時はあまりの快走路ぶりに峠を一瞥するのみで走り去ってしまったものの、一度は止まって手を合わせるべきだっただろうか。
いずれにせよ、こうした過去があるからこそ今があるということに、感謝しなければ。

そんな丸山峠を越えてサロマ湖へ注ぐ佐呂間別川水系に移っても、なぜかしばらくはまだ留辺蘂町。
ようやく佐呂間町のカントリーサインをお目にかかったのは、峠を下ったのち3つばかり集落を過ぎてからのことだった。

道道103号 佐呂間町のカントリーサイン
のどかな農村地帯に立つ。
日の当たりやすい所に設置された標識は、
赤や黄色といった色味が抜けていることが多い

カタルシスに浸るのもそこそこに、3回目の抽選だ。すでに家からの走行距離は100kmに迫り、刻々と夕暮れも近付いているから、ここでの引きは特に大事である。

しかし、本記事はもう6,000字をとうに超えているため、その結果についてはまた次回としたい。

果たして、私の明日はどうなるのか。
チャリ馬鹿少年の冒険は、まだまだ続いてゆく。


今回は以上になります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
北海道を拠点に旅や温泉の記録を書いておりますので、よろしければこちらもご覧いただけると幸いです。

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