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【旅日記#11-2】あの時の記憶をもう一度。自転車でカントリーサインの旅(中編)

令和元年、秋の3連休。
当時高校生だった私は、オホーツクを舞台に『水曜どうでしょう』の伝説の企画ことカントリーサインの旅を自転車にて敢行した。

(前回はこちら↓)

前回は網走をスタートし、北見市を経由して佐呂間町へ。そして今回は、次なる選択および2日目の模様をお送りしよう。


2019年9月21日(土)

14:40 第3の選択

留辺蘂るべしべから軽い山を越えて、ようやくこの旅2つ目の市町村である佐呂間町の門をくぐった私。
辺りはのどかな農村といった雰囲気で、天気が良いことも幸いして爽やかな気分である。

道道103号 佐呂間町のカントリーサイン
「?」で隠した所には次に行く町が書かれている。
これを見るまでどこに行くのか自分でも分からない、
行き当たりばったり極まりない旅なのだ

それでは例によって、次の行き先を決めるためにカードを引いていこう。前回のラストでも書いたように、この日の走行距離はすでに100kmに迫り、刻々と夕暮れも近づいているから、ここでの引きはとても重要だ。
カードを掴む手にも、これまで以上に力が入る。

第3の選択 紋別市

3市町村目に選ばれたのは紋別市もんべつし
カントリーサインに描かれたのは市のトレードマークたる巨大カニの爪と、流氷の海を往く「ガリンコ号」。
このイラストから分かる通り、ここはオホーツク海に面した観光都市であり、豊富な海産物や水産加工品も好評を博している。管内北部においては、間違いなくトップクラスの知名度と人気を持つ街と言えるだろう。

カントリーサインの旅 紋別市の位置
私が引いた町は、見事に国道238号沿線に固まっている。
結果論ではあるが、海沿いからスタートしたら
楽だっただろうなあ⋯

というわけで、この一日も佳境というタイミングで割と遠い所が出た。カントリーサインのある地点まででもざっと50km近くあるだろうから、日没時間と寝床の確保を考えると、今日中の到達は現実的ではない。
単身の外泊はまだ未経験の15歳、さあどうするか。

そういえば、ここから20kmほど先にある計呂地けろち駅跡の列車はライダーハウス的な宿舎として使えたはず。簡素なものだが一応寝袋も持ってきたし、ひとまずそこまで走ってみるかと思ったところ、母から「ばあちゃん家に泊まりな」とLINEが届いた。

私の祖父母宅は遠軽町えんがるちょうにあり、紋別への道中のベースキャンプとしては確かに悪くない立地である。
ただ、そこに至るまでの道は自動車専用道路となっていて、自転車は旧道の峠を越えねばならない。わざわざこちらを通る車などほぼないであろう無人の山道で、ヒグマの活動が盛んになる夕方を迎えるのは勘弁だ。

国道333号旧道 旭トンネル生田原側坑口
頂上のトンネルも何だか暗い感じで、
親戚の間ではお化けが出ると噂されている。
その真偽はともかく、できればあまり通りたくないところ
(2019年7月撮影)

こんな訳の分からない旅に出ておきながら、私は極度のビビリなので、今からえっちらおっちらとこの山に入る気にはなれない。
しかし、秋の北海道の朝晩は日中の気温から想像される以上に冷え込むから、せめて寝床くらいは暖かくて安心できる所にした方が良いだろうな、と思考を巡らせる。

そこで私は祖母に電話をかけ、泊まっていいかを聞くのと同時に、佐呂間まで迎えに来てもらうように頼んだ。苦肉の策として、車に自転車を積んでのワープを実行しようというのである。

いきなりのことだから電話口の祖母も驚いた様子であったものの、「栄のデパートまで来てくれない?」と言うと、二つ返事で車を出してくれた。
1日目にして早くも禁じ手を使った感があるが、無理して山中で熊に襲われるよりはずっと良い。ありがとう。

佐呂間町 道道103号と国道333号の交差点
佐呂間町 栄地区。
道路沿いにいくつか家があるのみの小さな集落だが、
それだけでほっとする

栄のデパート、すなわちこの青看の交差点の角で祖母の車を待つ。今は自販機だけになってしまった更地だけれども、昔はここに商店があって、私の周りではみんなデパートと言っていた。
都会の百貨店とはまるで似つかない、まさに田舎の商店だったが、それでも私たちにとってはお馴染みのデパートであり、今後もそう呼び続けるだろう。

国道333号は北見から遠軽、ひいては旭川方面へのメインルートゆえ、ひっきりなしに車がやって来る。
果たしてあの口約束だけで本当にここまで来てくれるのか、車が通り過ぎるたびに少しずつ不安になりつつも、やがて見覚えのある古い軽自動車がこちらにウインカーを上げてきた。

その瞬間、私の緊張の糸がふっと解けた。
祖母は手早くトランクを開けて、タイヤを分解する機構もないマウンテンバイクをパズルみたいにねじ込んでいく。軽にはかなり無理のある積み荷であったが、どうにか収まり無事に遠軽へ向かうことができた。


16:00 宿泊地に到着

満を持して登場した自動車の威力は絶大で、自転車なら軽く1時間以上はかかりそうな道のりをわずか20分かそこらで走ってみせた。

かくして本日の宿こと祖父母宅にたどり着いたところ、法事くらいでしか会ったことのない祖父の弟が珍しく遊びに来ていて、自転車で旅をしていると言うとこれまた驚かれた。
もとより私はあまり活発に運動する子どもではなかったから、まさかこんな成長を遂げるとは自分でもビックリである。

祖父母宅の猫
ここに来たら是非とも猫を愛でたいが、
残念ながらこの時は外にいたようで会えず。
今日も山でキツネを追い回して遊んでいたのだろうか
(2019年5月撮影)

日が暮れて祖父が帰ってくるとみんなで鍋を囲み、突然やって来た私も含めて団らんのひと時を過ごした。朝から一人ぼっちで旅をしてきたからこそ、こうして人の温かさに直に触れることが何より素晴らしく感じる。

いつもの帰省では遅くまで起きている私だが、この日は風呂から上がって間もなく寝入ってしまった。今までにない挑戦に、よほど疲れていたことがよく分かる。
ちなみに1日目の走行距離は自転車103kmに加えて車14kmの計117kmで、のっけから結構ガッツリ走っているけれども、この調子であと2日も走り続けて大丈夫なのだろうか⋯?


2019年9月22日(日)

7:30 2日目スタート

あれだけの疲労にも関わらず、朝は意外なほどすっきりと起きることができた。やはりよく食べ、よく眠ることは大事だと実感し、改めてこの度の頼みを快く受け入れてくれた祖父母に感謝する。

さあ、2日目も張り切っていこう。
今後の行き先次第ではもしかするとまた泊まるかも知れないと伝え(こうして振り返るとどこまでもちゃっかりした孫だな)、紋別に向けて前進を始めた。

今回走る道はずっと平地であり、天候もまずまずで非常に走りやすい。毎度お世話になっているセイコーマートで補給をしつつ、ぐんぐんと北上していく。

湧別町 国道238号
標識では紋別まで30kmとあるが、
今回の目的は市町界なのでもっと手前。
しかしそんなことより「稚内247km」の圧がすごい

国道238号は湧別市街を前にして西に進路を移し、オホーツク海と並行していながら当分の間は海を望むことはできない。
水色の3連トラスが特徴的な湧別大橋は1956(昭和31)竣工という古さゆえにボトルネックになっているものの、そこを抜ければ紋別までは一直線。この区間は「紋別湧別道路」と称して改良が進められており、牧場の間を立派な道が貫いている。

ただし、そのぶん高速道路と見紛うスピードで車がかっ飛んでくるので、結局のところ自転車の肩身は狭いのだが。


9:45 3市町村目

網走市民からすると遠いイメージのあった紋別市も、遠軽スタートだと意外にすぐ着いた。泊まりがけとはいえ、我ながらすごい所まで来たものだ。
ここくらいになると気候がだんだん冷涼になってきて、沿道の農業風景もそれに合わせてか、畑作から酪農主体に切り替わっているのが分かる。

市町界(厳密にはこの周辺は境界未定だが、便宜的にそういう扱いになっている)の信部内しぶのつない橋は道路が上下線で分かれていて、カントリーサインはその間に設置されているという珍しい造り。

国道238号 紋別市のカントリーサイン
被写体が進行方向の右側にあるため、
路肩から撮影すると遠くなってしまった

反対の湧別町のサインは普通の位置にあったから、改良の際に元々あった道の外側にまるごと新しい車線を付け足したしたように見える。
古い航空写真からもそのような変遷が見て取れたので、実際そうなのだろう。そんな点にも、北海道の土地利用のダイナミックさが感じられて興味深い。

このように道路マニア的にも見所のある場所ではあるものの、ずっとここに立っているのも危ないので、早々に次の町の抽選を行う。
そろそろ無事に家へ帰れるかも考え始めなければならないこともあって、毎度のことながら緊張が走る。

第4の選択 津別町

4市町村目は津別町つべつちょう
豊富な山林をアピールする大木と、背後には木材工芸館の三角屋根が描かれている。
津別町は管内でも有数の林業・木工業のまちであり、インテリアからあの崎陽軒シウマイ弁当の容器、果ては東京2020オリンピックのメダルケースまでを手掛ける、最高峰の技術と穏やかな空気を併せ持つ緑豊かな地なのだ。

しかし、津別か⋯。
前にも自転車で訪れたことはあるが、ここにきてのこの流れは、あまり穏やかではない。
その理由は、地図を見ればお分かりになるだろう。

カントリーサインの旅 津別町の位置
左上の飛び地になっている赤色が紋別市。
遠い!

ようやく北へ来たと思ったら、今度は一気に南。
さすがに管内を端から端まで走るよりはマシだけれども、100km以上の道のりに加え、最低でも2つの峠越えが待ち構えている。
今からまっすぐ向かったとしても明るいうちに着くには厳しい距離だから、到着は明日になるに違いない。

丸一日かけて想定される成果がたった1つとは、この旅もなかなか一筋縄ではいかないものだ。本家のネタ風に言えば、いわゆる「ダメ人間」な引きと呼べるだろうか。

元々苦行として知られる企画なのを分かった上でやっているのだから、こんな流れも想定内ではあるものの、実際その場面に出くわすと結構メンタルにくるものがある。
これは最後の最後まで、しっかり大変そうだ⋯。


11:30 昼食

そうと決まれば、ひとまず遠軽まで来た道を引き返す。せっかく頑張って着いた紋別市の滞在時間は、わずか5分足らずであった。

遠軽はこの辺りでは抜きん出た規模の街で、近隣住民の生活を支える拠点としても大きな存在である。店屋もさまざまある中、やはり私の旅のお供といえばラーメンということで、「味の時計台 遠軽店」にてお昼としよう。

遠軽町 味の時計台 遠軽店の外観写真
時計台は色々な町にあり、昔からよく来た覚えがある。
旅の最中にチェーン店というのも良いものだ

日曜の昼時とあってなかなか賑わっていたが、幸いカウンター席はすんなりと座ることができた。
そういえば時計台は、網走店が姿を消して以来、ずいぶん久しぶりの訪問になる。好きだったのに、なぜ撤退してしまったのだろう?

そんな事を考えながら、塩ラーメンをすする。

遠軽町 味の時計台の塩ラーメン
写真の色味のせいで何だか美味しそうに見えないが、
味は安定の旨さ。
願わくば、網走にも復活してほしい

そしてこの時もう一つ考えたのは、2泊目の寝床について。今日中に北見あたりまで進んでおけば明日が楽になるけれども、さして険しくはないとはいえ連日の山道は脚にとってやや厳しいのではと予測を立てる。

結果、3日間という未体験の屋外活動の最中であることを鑑みて、最終日に備えて脚力を温存しようと思い、祖父母宅への連泊を決定した。

後で振り返ってみれば、この選択は完全に誤りだったわけだが、その種明かしは翌日編で。


12:25 ちょっと寄り道?

思い入れのある味でお腹を満たし、エネルギーを再充填した私。
それに加えて旅の中断も決まって心身共に余裕ができたので、気晴らしに近くでやっている旭川紋別道の工事現場を見物してくることに。

遠軽町 国道242号と333号の交差点
国道242号と333号の交差点にて。
本記事をきっかけに昔の写真を見返してみると、
身近な風景も案外変わっていることに気付く

この時期は2019年12月に開通する遠軽IC、そして隣接する道の駅「遠軽 森のオホーツク」建設のラストスパートであり、長年国道から見上げてきた法面上の景色は、標識やガードレールさえあればもう車が通っていてもおかしくないほど出来上がっていた。

こういう光景を前にするとたまらなくワクワクするのは、昔も今も変わらない。これまで通る度にずっと工事の様子を目にしてきたから、まだ免許を持っていない私ですらも感慨深い気持ちになってくる。

道はあるのにまだ誰も通ったことがない、今しか見られない道路風景をじっくりと眺めていると、当時の終点である遠軽瀬戸瀬ICまで流れ着いた。
ここは一般的に高い所に建設されがちな新道が従来の道の下を通っていて、一般道から高速を見下ろすというちょっと不思議な感覚が味わえる。

旭川紋別自動車道 遠軽瀬戸瀬IC
もちろん自転車では入れないが、
一応インターチェンジまで行ってみた。
法は破っていないのに、どこか背徳感がある
旭川紋別自動車道 遠軽瀬戸瀬IC〜遠軽ICの工事区間
開通を3か月後に控えた遠軽方面の工事進捗。
真新しいアスファルトの描くラインが美しい

オホーツク地方は未だ高速の道路網があまり発達しておらず、こうした現場にはなかなか立ち会えないから、間近で見ることができて良い体験になった。

しかし私は何を血迷ったか、瀬戸瀬を発ってさらに西、すなわち祖父母宅から遠ざかる方向へ走り続ける。脚力を温存するという名目で遠軽滞在を決めたはずなのに、そんな理屈は一瞬にしてどこかへ飛んでいってしまったようだ。
ま⋯まあ、脚の負担になるような坂道はそれほどないから、こんな寄り道くらい誤差だろう。誤差!

道の駅 まるせっぷ入口
気付けば私は丸瀬布まるせっぷに立っていた。
ここに至るまでの道は淋しげだったものの、
道の駅の周辺は活気がある

そんなこんなで、13時40分に道の駅「まるせっぷ」到着。ここは旭川紋別道の丸瀬布ICに近く、高速ユーザーには定番の休憩スポット。1994(平成6)年オープンという古参の道の駅ながら、多くの人々が出入りしていた。

緑をバックにした駐車場には車がたくさんある一方、辺りをどれだけ見回してみても、他に自転車の姿はない。周りと違ったことをしているという、思春期の少年にとって何より甘美な感覚が、より一層強く感じられる場面だった。

道の駅 まるせっぷの外観写真
丸瀬布も林業の町なので、
この「木芸館」内は木の温もりでいっぱい。
自動演奏ピアノやカフェもあって、くつろげる空間

ちなみに、この時は何気なく立ち寄った丸瀬布の道の駅だけれども、前述の遠軽IC開通のちょうど6年後となる2025年12月に廃駅となっており、もはや訪れることはできない。

まさかたった6年でこれほど状況が変わるなんて思ってもみなかったから、こうして現役時代の空気に触れていてよかったな、と今になって思う。

余談だが、現在Googleなどで「北海道 道の駅 廃止」と検索すると上の記事がトップに出てくるらしく、この記事だけ数か月前からビュー数が桁違いになっている。噂では聞いていたものの、noteのドメインパワーは思った以上に強いようである。

JR石北本線 丸瀬布駅の外観写真
その後、JR丸瀬布駅にも少しだけ寄り道。
人口の割に意外と大きな駅だと思ったら、
どうやら図書館などの施設も一緒になっているそう

16:00 2日目終了

さて、ようやく満足したので、さっさと帰るとしよう。帰路は下り基調ということもあり、当時の記録が間違っていなければ平均30km/h近くという(安物のMTBにしては)かなりの速度で安息の地へと舞い戻ってゆく。
今回だけでもいろいろな道を走ってきたが、結局のところ、こういう適度な交通量の郊外が自転車には一番気持ちが良い。

この日は私が連泊することを聞いた両親が顔を見に来ており、旅の最中のはずなのに、祖父母宅はいつもの帰省の時と変わらぬ賑わいようだった。これまでの道中でも欠かさず連絡は取っていたが、やはり直接会うと何より心強いものだ。
明日はいよいよ最終日、何事もなく旅を終えられるよう家族みんなから元気を貰い、今夜も早めに眠りにつく。

なお、急に変な気を起こして丸瀬布まで走ったせいで、2日目の走行距離は106kmと前日より多かった。なにしとんねん。
そのうえで明朝から津別を回りつつ網走に向かうとなれば、3日連続で100km以上を走ることになるのは明らかだ。これより先の領域はまさしく未体験ゾーン、果たしてこの旅はどんな結末を迎えるのだろうか。

そして私は、無事に家に帰れるのか。
次回、運命の完結編。


今回は以上になります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
北海道を拠点に旅や温泉の記録を書いておりますので、よろしければこちらもご覧いただけると幸いです。

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