【第8話】野尻湖の底に沈んだ、越後のサスペンス
みなさん、こんにちは。歴史の妄想井戸端会議へようこそ。
前回の第7話では、戦場で槍を振るう「武闘派」と、裏で冷徹にそろばんを弾く「実務派(大熊朝秀)」の修復不可能な溝、そして彼らの激しい衝突が引き起こしたサスペンスについて熱く語らせていただきました。
今回は……タイトルの通り、越後最大の謎である「野尻湖(のじりこ)の舟遊び事件」についてお話しさせていただきます。
湖の底に沈んだ、越後最大のサスペンス
永禄7年(1564年)7月5日、越後を揺るがす前代未聞の事件が起きます。
波ひとつない静かな湖上での「舟遊び」の最中、長尾政景はわずか38歳で謎の溺死を遂げてしまうのです。
実はこの政景、のちの上杉景勝の実父であり、上杉家でも屈指の実力を持つ「上田衆」のトップだった人物。
若い頃には謙信公(当時は景虎)と家督を巡ってバチバチに敵対し、真っ向から対立した過去がありました。
ただ降伏後は、謙信公の姉・綾姫(仙洞院)を妻に迎え、重臣として大活躍していたのですが……そんな積年の因縁の果てに起きたのが、このあまりにも不自然な水死事件でした。
この事について、歴史作家の記述や当時の文献、あるいはWikipediaなどでも囁かれているいくつかの真相(理由)を紹介します。
① 軍記物や作家・童門冬二氏も描く
「宇佐美定満による命がけの心中」説
もっとも有名で、劇的なストーリーです。
作家の童門冬二氏の著書などでも、この緊迫したシーンが鮮烈に描かれています。
国を二分しかねない政景の消えない野望を察知した老将・宇佐美定満が、二人きりで野尻湖の真ん中へと舟を漕ぎ出し、突然【船底のくさび(栓)を抜き、櫂(オール)を遠くへ投げ捨てた】というのです。
どんどん水が入ってくる舟の上、膝まで水に浸かりながら端然と座る宇佐美は「あなた様のお命をもちょうだいいたします」と言い放ち、狂気とも言える「忠義」の腕で政景をガッチリとホールドしたまま、深い湖底へと心中を遂げた――。
かつて反乱を起こした政景だからこそ、「やりかねない」と動いたナンバー2の壮絶な覚悟の物語です。
② 当時の一次史料が示す「突発的な酒の上の水難事故」説
一方で、陰謀でも暗殺でもなく、ただの悲劇的な「泥酔による転覆事故(溺死)」だったという、極めて現実的な見方です。
当時の日記(『松平忠冬日記』など)には、余計なドラマを排除してシンプルに「野尻池にて溺死」とだけ記録されています。
当日はかなりお酒を飲んで盛り上がっていた記述もあることから、「ただの悲惨な事故だったが、かつて前科のある政景だけに、のちに尾ひれがついて美談や暗殺劇に仕立て上げられたのではないか」と多くの研究者からも指摘されています。
③ 『穴沢文書』や家臣の母の証言が物語る
「ドロドロの暗殺・刃傷沙汰」説
美しい心中劇でも、ただの事故でもない。
実は別の史料(『穴沢文書』)では、かつて領地争いで謙信の出家騒動の引き金を作った、あの下平吉長(しもだいら よしなが)による謀殺とも伝えられているのです。
さらに決定的かつ恐ろしさを物語るのが、同船して一緒に命を落としたといわれる家臣・国分彦五郎の母親の後日談(『国分威胤見聞録』)です。
「引き揚げられた政景の遺骸の肩下には、生々しい傷があった」
これ、くさびを抜いて綺麗に沈んだレベルではないですよね。
舟の上で、過去の因縁や家中の派閥争いが爆発し、明らかに殺意を持った誰かが政景に斬りつけ、激しい刃傷沙汰(実力行使)が起きていた。
その凄惨な現場に居合わせた家臣もろとも、秘密をすべて呑み込んで湖の底へ沈んでいった……そんな、公式の歴史からは消された「本物の暗殺劇」の匂いがプンプンしてきます。
店主の独り言:この事件の真相とは
美しい心中劇か、突発的な事故か、あるいは凄惨な暗殺か――。
歴史ファンの間でも意見が分かれるこの事件ですが、ここで少し、私の個人的な見解(妄想)をお話しさせてください。
私は、この事件の本質は「政景という個人が何か悪い企みをしていたかどうか」ではないと思っています。これは、越後という国が抱えていた「二大勢力の危ういパワーバランス」が生んだ悲劇なのではないでしょうか。
長尾政景: 越後の中でも屈指の実力を持つ「上田衆」のトップ。
謙信公: それに匹敵する勢力「府内・古志長尾衆(坂戸長尾衆をルーツに持つ勢力など)」のトップ。
いまは謙信公という圧倒的な天才(カリスマ)がいるからこそ、この二つの巨大な歯車は奇跡的なバランスで噛み合っています。
しかし、人間である以上、いつかはその関係が綻(ほころ)び始めるかもしれない。
もしほんの少しでも亀裂が入れば、越後は瞬く間に大内乱に逆戻りし、外で手ぐすね引いて待っている武田や北条といった他国の「格好の餌食」になってしまいます。
これを見抜いていたのが、老将・宇佐美定満だったのではないか。
「いまは牙を剥いていなくとも、いずれ必ず越後の破滅の引き金になる。ならば、まだ綻びが表に出ない今のうちに、このバランスの片割れ(政景)を、俺の命ごと盤上から消し去るしかない」
宇佐美は、未来の越後を救うために「あえて鬼になった」のではないか……戦国という時代の冷徹な構造を考えると、私にはどうしてもそんな壮絶な抑止力としての「心中(暗殺)劇」に見えて仕方がありません。
一歩間違えれば、昨日まで笑い合っていた兄弟ですら、明日には国を滅ぼす「最も危険な敵」になり得る世。
謙信公は、この多くの血と秘密を呑み込みながら、政景の遺児(のちの上杉景勝)を養子に迎えることで、上杉家を一つの塊にまとめ上げていくことになります。
そして史実では天正6年、謙信公は閑所で倒れてしまい、その死後に「御館の乱」が勃発。
上杉家は著しく勢力を衰えさせることになります。
「もし、こんな謙信が再び立ち上がり、戦に疲弊し、乱れた世に秩序を取り戻すべく京を目指していたなら・・・」
こんなIFを描いた物語がこれです 👇
💬湖底の秘密、みなさんはどう思われますか?
さて、長々と語ってしまいましたが、いかがでしょうか。
語り継がれる「美談」か。
悲劇的な「事故」か。
あるいは、勢力の破滅を防ぐための冷徹な排除か――。
タイムマシンがあるなら、みなさんはあの日の野尻湖の、どの真実を確かめに行ってみたいですか?
「信長兄弟や政宗兄弟のドロドロを思えば、やっぱり暗殺かなぁ」
「いや、店主の言う通りパワーバランスの恐怖からの心中説に一票!」
「意外とただのお酒の事故だったりして(笑)」
などなど、みなさんの率直なご意見や考察を、ぜひコメント欄でワイワイと聞かせていただけたら嬉しいです。
一言だけでも大歓迎ですし、「スキ」だけを置いていってくれる粋な振る舞いも、野尻湖の底のように静かで格好よくて大好きです。
戦国時代の生々しすぎる背信劇と、それを乗り越えていく「義」の物語。
この続きは、また次回の「妄想井戸端会議」でじっくりお話ししましょう。
それでは、今回はこの辺で……。
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