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皆さんの「推し」はどちらのタイプですか?

みなさん、こんにちは。歴史の妄想井戸端会議へようこそ。

前回の第3話では、誰もいない静寂のカウンターから、私が「上杉謙信」という武将にここまで脳を焼かれてしまった本質的な理由――「軍神」の仮面の下にある、あまりにも不器用で割に合わない人間臭さについて、少し硬派にお話しさせていただきました。

そんな謙信の泥臭い生き様にどっぷり惚れ込んでいる私ですが、第1話でお話しした通り、もともとの原点は筋金入りの「織田信長中毒」です。

今でも信長は大、大、大好きです。
だからこそ、謙信を深く知れば知るほど、この二人の「圧倒的な違い」にゾクゾクしてしまうのです。

今日はこの二人の天才と人間の対比を肴に、少しお話しさせてください。

■ 時代を壊して先へ進む「天才・信長」

織田信長という男は、一言で言えば「時代を先回りしすぎた天才」です。

古い因習や、目に見えない神仏の権威、室町幕府という壊れかけのシステム。そうした過去の遺物を「これ、もう要らなくない?」と冷徹に破壊し、誰も見たことがない新しい世界(天下布武)を強引に作り出そうとしました。

彼の行動には、一切の迷いがないように見えます。

……ですが、そんな「魔王」のように恐れられた信長にも、一説には「幼少の頃は、虫1匹すら殺せないほど優しい気持ちの持ち主だった」なんていう、にわかには信じがたいウワサ話(逸話)もあったりします。

もしそれが本当なら、一体どこでその優しさを捨て、神になろうと決意したのか……。そんな風に、完璧に見えるカリスマの「裏の顔」を妄想するだけでも、ゾクゾクしてきませんか?

いずれにせよ、古い価値観に縛られる周囲を置き去りにして、たった一人で未来だけを見て突き進んだ。
その圧倒的なカリスマ性と、孤独なまでの「天才の背中」に、私たちはどうしようもなく惹かれてしまうわけです。

■ 時代に取り残されても芯を貫く「人間・謙信」

一方で、上杉謙信という男はどうでしょうか。

信長が「新しい時代」を切り開こうとしたのに対し、謙信はどこまでも「古い時代(室町幕府の秩序や義理)」を守ろうと、泥をすすりながら戦い続けました。

足利将軍家や関東管領という、信長から見れば「とうに賞味期限の切れたシステム」のために、頼まれれば断れず、割に合わない遠征を繰り返す。身内の家臣たちには裏切られ、反乱を起こされ、「もう嫌だ!」とキレて出家寸前まで失踪する……。

信長が「神」になろうとした天才なら、謙信はどこまでも「人」のしがらみに悶え苦しんだ人間でした。

時代を先導する天才(信長)と、時代に置いていかれそうになっても自分の芯を必死に守り抜いた不器用な男(謙信)。

全く正反対だからこそ、この二人がもし真正面から激突し続けていたら、一体どうなっていたのだろう……? そう考えただけで、胸の奥の妄想の炎がバチバチと音を立てて燃え広がってしまうのです。

■ 皆さんの推し武将は、どちらのタイプですか?

歴史好きの皆さんに、ぜひお聞きしてみたいことがあります。

皆さんの「推し武将」は、信長のような時代を切り開くカリスマ的な「天才型」ですか?
それとも、謙信のように葛藤し、もがきながらも自分の芯を貫いた「人間臭い型」ですか?

「やっぱり歴史の醍醐味は天才の革新性でしょ!」という意見も、
「いやいや、不器用だけど一本筋が通った生き様にこそシビれるんだよ」というこだわりも、どちらも最高の肴になります。

ぜひ、皆さんの「惹かれるタイプ」をコメント欄で教えてください!

ちなみに、そんな「天才」と「不器用な人間」が、もし天正6年以降もぶつかり合っていたら……。信長の計算を、謙信の「義」という不条理がどう狂わせていったのか。その妄想の極致を詰め込んだのが、私の書いた歴史IF小説です。

もし、この二人の魂の激突の続きが気になった方は、ぜひ私の脳内カウンターを覗きにきてください。

本の詳細はこちら👇

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それでは、今夜もカウンターで皆さんの熱い「推し語り」を楽しみにお待ちしています。


また次回、井戸端会議でお会いしましょう。


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