月100万稼げても、幸せじゃなかった話
「家で収入を作れたら、もう少し落ち着いて子どもと向き合えるはず」
かつての私は、本気でそう信じていました 。
子どもが学校に行けるのか、行けないのか。
それは朝になってみないと誰にも分かりません。
「今日は行きたくない……」
布団から出てこない我が子のその一言で、その日の予定も、仕事も、自分の気持ちも一気に揺さぶられる。
仕事があるからこそ、我が子のしんどさを100%の優しさで受け止めきれずにイラッとしてしまう日があり、そんな自分に自己嫌悪を抱くことも珍しくありませんでした。
子どもの予定が読めなくても、自分の収入を作れるようになりたい。
外で決まった時間にパートや会社員として働くことが難しくても、家の中で完結する仕事を持ちたい。
夫や家計に頼るだけではなく、自分の力で、子どもとの体験にもお金を使えるようになりたい。
そう痛切に願っていた私は、必死に在宅でのビジネスにコミットしました。
そして私は、月100万円という収入を在宅ワークで稼ぎ出すことができるようになりました。
稼げたことは、たしかにうれしかった
自分の力でそれだけの金額を稼げたこと自体は、本当にうれしかったです。
月商7桁という目に見える成果を3ヶ月連続で達成できたこと。
「あなたにお願いしたい」と、指名で途切れることなく仕事をいただけるようになったこと。
自分が必死に磨いてきたスキルに対して、目の前のお客様が喜んでお金を払ってくださること。
それらの全てが、当時の私にとっては初めての、とても大きな経験でした。
それまでの私は、「月100万稼いでみたい!」と口では言いつつも、どこかでずっと、
「何者でもない私に、何ができるんだろう」
「私の仕事に、ちゃんと価値があるんだろうか」
「お金を受け取っていいんだろうか」
という不安を持っていました。
だからこそ、自分の仕事が求められ、その対価としてお金を受け取ることは、私という人間の存在そのものを肯定してもらったような、強い自信になりました。
そして、そのお金で、子どもとの体験も叶えられました。
フィリピンへの親子留学費用も、佐渡島へ3泊4日で行った旅行費用も、私が稼いだお金で支払いました。
「お金がない」という理由で諦めることなく選べたのは、間違いなく、お金が運んできてくれた最高の豊かさでした。
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お金は、人生にも子育てにも、確実に選択肢を増やしてくれるものだと思います。
だからこそ私は、今でも「お金がなくても、子どもと一緒にいられればそれでいい」とは思っていません。
むしろ、不登校や行き渋りがあって、外で働きにくいママほど、自分でお金を生み出せるようになることは大事だと思っています。
でも。
「稼げたことの達成感や喜び」と、「その働き方をこの先何年も続けていきたいかどうか」は、全くもって完全に別のお話だったのです。
稼げば稼ぐほど、私の「余白」は消えていった
当時の私は、自分のスキルを活かし、クライアントの役に立ち、求められるがままに全力でコミットし稼ぐ、という理想的なサイクルの中にいるように見えました。
デザイン。
LP制作。
裏方業務。
LINEやメルマガの設定。
講座運営。
Zoomサポート。
デザインやシステムまで幅広く、誰かの強みを引き立てるために裏方として立ち回っていました。
求められたことに応えるのは嫌いではなかったし、やりがいを感じていました。
何より、お客様の望む結果に繋がり、感謝してもらえた瞬間は、大きな喜びになりました。
でも、その仕事の規模を拡大し、売上を伸ばしていけばいくほど、私の日常からは恐ろしい勢いで「時間」と「余白」が削ぎ落とされていきました。
気づけば、子どもたちと何気ない会話をする時でさえ、私の視線の先はPC画面。
1時間を惜しむように睡眠時間が削られ、土日の家族時間も「ちょっと今日仕事してもいい…?」とPCを開く時間に変わっていきました。
家にいるのに、心はずっと仕事に引っ張られている。
そもそも、私が在宅ワークという働き方に命綱を求めたのは、不登校になった長男を家でじっくりと支えてあげたかったから。
学校に行く、行かない。
朝の気持ちの波。
急な予定変更。
「今日は無理」と言われた時に、そのまま受け止められる余白。
そういうものを守りたくて、外で決まった時間に働くのではなく、家で働く形を作りたかった。
なのに、稼げるようになればなるほど、私の余白はなくなっていきました。
「今日は行けるのかな」
「今日は無理かな」
と朝から気持ちが揺れているのに、頭の中では仕事の納期や返信のことを考えている。
在宅という自由なはずの環境にいるのに、心の中はいつも、今日のタスクと責任感に激しく追われていたのです。
それは、私が本当に欲しかった働き方ではありませんでした。
「ママ、頭おかしくなった?」
そんな働き方を続けていたある日、決定的な出来事が起こります。
忘れもしない、2025年の秋。
私がインフルエンザにかかり、40度近い高熱を出したときのことでした。
普通なら、すべての仕事をストップさせて、ベッドで寝るべき。
そんなことは、あまりにも当たり前の正論です。
でも、当時の私は、めまいと頭痛に耐えながら、PCの前に座り、必死にキーボードを叩いていました。
「ここで私が止まったら、台無しになる」
「プロとして迷惑は絶対にかけられない」
そんなふうに、自分の身体の悲鳴を完全に無視し、自分に言い訳を繰り返していたのです。
その異様な光景を、じっと見ていた長男が、ぽつりと私に言いました。
「ママ、頭おかしくなった?」
そう言われた瞬間、頭を殴られたような強い衝撃とともに、すーーっと血の気が引いていくのが分かりました。
(……ああ、本当にそうだ。私、完全におかしくなっているな。)
子どものために。
家庭の平穏のために。
在宅で無理なく稼げるようになりたかったはずなのに。
肝心の子どもから見て「狂っている」としか思えないような狂気じみた働き方をしている。
私は一体、何のために身を削って働いてるの?
こんなに自己犠牲してまで、私が本当に守りたいものって、何?
お客様の期待に応えることも、仕事に対して大人の責任を全うすることも、ビジネスの世界では間違いなく美徳です。
でも、その美徳の裏側で、自分の心も体も犠牲にして、家族との大切な会話を削り、子どもの視線を無視し続ける。
そこまでして守らなければいけない売上やポジションは、本当に私の人生に必要なものなのか。
長男が放った剥き出しの一言は、私の胸の奥深くに突き刺さりました。
忙しさという「正当な言い訳」で、自分の本音から逃げていた
長男の言葉で強制終了がかかった私は、その後新しく舞い込む仕事を少しずつお断りしていくようになりました。
👇依頼を断り始めた頃。
それまでの私は、目の前にある「やるべきこと」を、とにかく「ちゃんとこなす」ことで自分を保っていたんだと思います。
求められたオーダーに対して、期待以上のクオリティで返すこと。
タイトな納期にもきっちり間に合わせ、困っているお客様の助けになること。
そうやって目まぐるしく動き回っている間だけは、「私は誰かの役に立てている」「ここにいていいんだ」と自分の価値を感じることができたからです。
でもそれは裏を返せば、「自分の内側にある本当の願いや違和感を、深く見つめることから必死に逃げ回っていた」ということでもありました。
子どもの行き渋りや不登校に悩んでいるときも、仕事をしているときも、私の目の前には常に、思考を埋め尽くしてくれる「やるべきタスク」が山積みになっていました。
それを考えて忙殺されている間は、自分自身の中心にある空っぽさや、生き方迷子になっている現実を直視せずに済んだのです。
自分が本当は何をしたいのか。
どんなふうに働きたいのか。
何を大事にして生きたいのか。
何に疲れていて、何を怖がっているのか。
そういった、人生の根幹に関わる大切な問いのすべてに、私は重い蓋をし続けていました。
「子どものためだから」
「お客様に迷惑がかかるから」
「仕事だから」
「今はとにかく忙しい時期だから」
そんな正当防衛のような言い訳を並べていれば、自分の本音と向き合う痛みを先延ばしにできたからです。
でも、長男に「おかしくなった?」と言われたとき、これ以上自分を騙し続けるのは終わりにしよう、と降参しました。
私はそこから、新しい案件をストップさせ、まとまった時間をすべて「自己理解」のために注ぎ込むことに決めました。
もっと売上を伸ばすための最新テクニックを学ぶのではなく、自分の内側にある「やりたくないこと」を明確にし、絶対に譲れない「守りたい暮らしの条件」を言語化し直すための時間を最優先に作ったのです。
今振り返ると、あの時期は単に「仕事を減らして売上を下げた衰退の期間」ではなく、私自身の人生の主導権を、もう一度自分の手に取り戻すための「再構築の期間」だったのだと思います 。
稼ぐことは大事。でも、「稼ぎ方の設計」はもっと大事
ここまで私の手痛い失敗談を読んできて、
「じゃあ、在宅で大きなお金を稼ごうとするのはやめた方がいいのか」
「小さな小遣い稼ぎにとどめておくのが正解なのか」
と思われるかもしれません。
ですが、私は決してそうは思いません。
不登校や行き渋りの我が子を抱えて外に出られないママこそ、自分自身の手でしっかりとした収入源を作ることは、やっぱり大事だと思っています。
「今日は学校に行けるのか、行けないのか」
朝にならないと分からない。
子どもの一言で、その日の予定も、自分の気持ちも揺さぶられる。
そういう状況で、外の職場でシフトを守り、急な欠勤のたびに頭を下げながら働き続けるのは、かなり厳しいと思うのです。
そんな過酷な現実に自分を無理やり合わせるくらいなら、家にいながら自分のペースで収入を確保できる仕組みを作る方が、圧倒的に楽だし、自分のメンタルを守ることができる選択だと思います。
生活にも、教育にも、体験にも、学びにも、お金はかかります。
学校の枠にとらわれない体験。
日常を飛び出す旅行。
海外の空気を吸わせる親子留学。
未来を広げる学びへの投資。
そして何より、母親自身が、自分の人生を諦めずに自由に使えるお金を持つことは大事です。
だから、在宅で稼ぐことは素晴らしい挑戦だと思います。
ただし、「その稼ぎ方の前提が、自分の現実に合っているかどうか」を見落とすと、稼げたとしても暮らしが崩れてしまうことがあります。
子どものために在宅ワークを選んだのに、稼げば稼ぐほど子どもに向ける笑顔が消えていくなんて、本当に欲しい未来の景色ではないはずです。
子どもを大切にしながら、自分の人生も諦めない
私が月商7桁の嵐を通り抜けて、心の底から「本当に欲しかった」と気づいたもの。
それは、売上の数字そのものではありませんでした。
もちろん、十分な収入は欲しい。
自分で稼げる力も、選択肢も欲しい。
でもそれと同時に、私たちが絶対に手放してはいけないのは、以下のような「日常の尊い余白」のはずです。
朝、子どもがどんなに不機嫌でも、焦らずに「そっか、じゃあ今日は家でゆっくりしようか」と言える心のゆとり 。
子どもと目と目を合わせて「美味しいね」と笑い合える穏やかな夕食の時間。
自分の身体の疲れに素直に従い、夜はPCを閉じて心地よく眠れる健やかさ。
週末は仕事を完全にオフにして、家族との時間を心から楽しめる解放感。
自分が今、何を美しいと感じ、何に疲れているのかを、置き去りにせずにすくい上げられる丁寧な感性。
つまり、私は、
「子どもを大切に育てること」
と、
「自分自身の人生を、ちゃんと自分のものとして生きること」
その両方をどっちも諦めたくなかっただけなのです。
売れるかどうか。
需要があるか。
高く売れるか。
それも、もちろん大事です。
でも、その前に、
これは続けたい働き方なのか。
この形で、自分や家族の余白は残るのか。
子どもの予定が読めない毎日の中でも、崩れにくい形なのか。
その売上の先に、どんな日常があるのか。
そこを見ないまま進むと、稼げたとしても、自分が欲しかった暮らしから遠ざかることがある。
私はそれを、自分自身のボロボロになった身体と、寂しそうな家族の時間という、高すぎる授業料を払って痛感しました。
👇「満たされない成功」を掴まないために。
月商7桁は、私にとって大きな経験だった
お金は、確実に人生の可能性を広げてくれます。
でも、それ以上に大きかったのは、
「『稼げるかどうか』だけで働き方を選ぶと、自分が欲しかった暮らしから遠ざかることがある」
と、知れたことです。
稼げることと、幸せに働けることは、同じではない。
できることと、続けたいことも、同じではない。
求められることと、自分をすり減らさずに続けられることも、同じではない。
だからこそ私は、ただ規模を拡大して自分をすり減らすやり方に自分を合わせるのを、一切やめました。
私はこれからも、自分の暮らしに合う収益化を考えていきたいと思っています。
外で決まった時間には働けない。
でも、自分の力できちんと稼ぎたい。
子どもを大切にしたい。
でも、母親という役割だけに塗りつぶされて、自分の人生を終わらせたくはない 。
そんな切実な願いを持つ人が、自分をすり減らさずに、経験や知恵を「資産」に変えていくための道具を、私はここにそっと置いていきます。
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
次の記事では、「不登校や行き渋りで予定が読めないママへ。『予定が崩れる前提』の仕事の選び方」について書いています。
子どもが学校に行けるのか、行けないのか。
朝にならないと分からない。
そんな毎日の中で、普通の副業ノウハウや在宅ワークをそのまま当てはめようとすると、かえって苦しくなることがあります。
大事なのは、「頑張ればできる仕事」を選ぶことではなく、予定が崩れても続けやすい形を選ぶこと。
次の記事では、子どもの予定が読めない母にとって、どんな仕事が重くなりやすいのか、どんな形なら積み上げやすいのかを整理しています。
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