どうして教師を目指したのか【2】
あなたは教師になれません
18歳の春。
無事に国立大学・教育学部へと進学。
親元を離れ、初めての一人暮らし。
体調のことも含め、不安も多かったのですが、「教師になれたらいいな」という朧気な目標を掲げ、このときの私は、以前に比べると見違えるほどポジティブに将来を見据えることが出来ていました。
「あなたは教師になれません」
衝撃でした。学部長教授から言われた、その言葉。
まだ入学して数ヶ月。
ようやく新しい生活環境にも慣れ、勉学に励んでいた私に向けて教授は「あなたの病気、そして症状では、教師にはなれません。教師は激務です。きっとその病状は悪化することになるでしょう」と、言い放ったのです。
親切な学部長教授の善意からくる、その言葉。
その善意こそが、未熟な私の心を、深く深く抉りました。
その言葉に悪意などないということは十二分に分かっていました。
しかしだからこそ、親切な人に言われれば言われるほど、私の境遇は「同情されるべきもの。頑張る必要がないものなのだ」と、否定された気持ちになったのです。
へこみました。そして同時に燃えました。
見てろよ、と。
「教師になれたらいいな」という朧気だった目標は、いつしか「教師になる」という明確な目標へと変わっていました。
反骨精神。見返してやるという負けん気。
それが全てではなかったですが、当時、私が教師を目指すモチベーションの大半は、そんな正道とは言えないものから生み出されていました。
きみのような人こそ、教師になるべきだ
教育実習。激動の3週間が始まりました。
長い時間をかけて作った初めての指導案を、メンターの先生にビリビリに破られるなど、ある意味で貴重な経験を重ねながらも、私はとても楽しく、そして充実した実習期間を過ごすことが出来ていました。
日に日に口数が減り、やつれていく同級生たち。
メンターの先生は厳しく、来る日も来る日もダメ出しをされる日々。
教師になるのを諦める…。私には向いてなかった…。
ひとり、またひとりと、夢が忙殺されていく、圧倒的なまでの「教師」という仕事のリアル。
苦しかった。本当に苦しかった。
それでも何故か、諦めようとは思えませんでした。
きっとそれは、苦しいだけではなかったから。
楽しかったのです。教えることが。教えてもらえることが。
メンターの先生は本当に厳しい方でした。しかし私の質問には、ひとつひとつ、とても熱心に応えてくださる情熱に溢れる先生でした。
そんな先生との研鑽に励む日々が、苦しくとも、楽しかったのです。

そして、実習最後の日。
私の病状について、大学や高校時代の先生から詳しく聞いていたらしいメンターの先生は、私に向けて「本当によく頑張った」と、労いの言葉をかけてくださいました。
「正しい道。真っ直ぐな道。なんの失敗も挫折もない平穏な道。そんな平穏な道を歩いてきた人間が、この業界には割と多い。だけどね、逸れた道、曲がりくねった道、苦悩と挫折を味わった険しい道を歩んできた人にこそ、私は教師になってほしいんだ。そんな人だからこそ伝えられることがある。そんな人だからこそ分かってあげられる苦しみがある。だから私はね、きみのような人こそ、教師になるべきだ。そう思う。頑張りなさい」
別れの際、そう励ましてくださったメンターの先生。
心のうちに宿るのは、ただただ純粋な情熱でした。
気付けばもう、周りを見返してやるというような邪な動機は、私の心のうちから綺麗さっぱり消え去っていました。
それから4年――。24歳の初秋。
途中、手術などの治療で入退院をしながらも、教員採用試験に合格し、ようやく私は目標であった教師になることが出来ました。
感動しました。涙が零れました。
こんな私でも、頑張れば目標を叶えられるのだ、と。
内から溢れる確固たる自信と、支えてくれた周りの人たちへの感謝の気持ち。そして、これからの日々にやる気を漲らせながら、私の教師としての人生が幕を開けるのでした。
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