どうして教師を退職したのか【1】
教師としての日々は、楽しすぎた
退職することを決めた日。
私は、今までお世話になった方々に、その旨を伝えることにしました。
これまでの感謝と、無念と、それから今の状況と――。
「大変だったね。ブラックな環境で、よく頑張ったね」
「ストレスが凄いって聞くもんな。先ずはゆっくりしろよ」
「休日も部活指導で休めないんでしょ?そりゃあ疲れもするって」
私からの報せを聞いた人たちは皆、初め驚き、そして口を揃えてそんなことを言いました。私を慮って。労って。少しでも私の心を軽くしようと、心を砕き、言葉を尽くしてくれました。
だけど違うのです。
私は、楽しかったのです。
楽しくて、楽しくて、仕方がなかったのです。

明日の授業は、どんなふうにしたら面白いかな?
明日の部活は、どんなふうにしたら効果が高まるかな?
来週の行事は、どんなふうにしたら盛り上がるかな?
生徒のために、より楽しく、より分かりやすい授業をしたい。
そのためのアイデアが次から次に頭から溢れ、それがどうしようもなく楽しくて、寝る間も惜しんで仕事に励みました。
部活動も、学校行事もそう。
現場で最年少だった私は、その体力を見込まれ、先生の異動がある度に、バドミントン、水泳、バレー、陸上、野球、バスケと、ほぼ毎年のように新しい部活動顧問へと異動させられていましたが、それすらもまた、喜びの糧へと繋げることが出来ていました。
バレーなんてやったことなかった。バスケなんてルールすら知らなかった。
だけど目の前には、それに一生懸命取り組んている生徒たちがいる。
その生徒たちを任され、後を託され、顧問になったのだから――。
頑張らなくちゃダメだ。火がつかなくちゃ嘘だ。
そう自分に言い聞かせ、生徒たちとともに汗を流すうちに、気付けばいつも「世の中にはこんなにも面白いものがあったのか!」と、思い知らされる私がいました。単純な男ですよね。
もちろん私も、初めは「また異動か、嫌だな」と、思うときがありました。
だけどいつだって、救ってくれるのは生徒たちで、楽しみを教えてくれるのもまた生徒たちでした。

この歳になってなお、新たな楽しみを見つけられることって、とても貴重なことだと思います。
しかしだからといって、日々の業務が負担だ、持ち授業が多すぎる、時間外の部活指導はブラックだという現場の先生方の不満を否定するつもりは、これっぽっちもありません。
そういった苦しみから発露してしまう言葉の重みについて、私もまた、理解できる部分が多くあるからです。
みんな一生懸命なのです。みんな必死なのです。
ただ私は幸運だったのです。出逢いに恵まれていたのです。
そんな素敵な巡り合わせによって、そこに楽しさを見つけることが出来た。
ただそれだけの違いなのです。
最後にもう一度。
何度も繰り返しになりますが、私は教師という仕事が楽しかった。
そうです。楽しくて、楽しくて、仕方がなかったのです。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップは創作活動費に使わせていただきます! 