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【連載小説|ホラー】第三話:New.log―目の前にある素材―/構築済み:ドキュメント・零



完璧な仕上がりに、佐伯は安堵のため息をついた。

ディレクターの『零』からも、即座に『Approved承認』の文字が返ってくる。
『実在性の除去』を施された動画は、まるで最初から悲劇も『目』も存在しなかったかのように、温かく幸福な色彩を放っていた。

「……よし。公開だ」

佐伯がアップロードボタンを押すと、動画は瞬く間にサーバーへと吸い込まれ、数分後には『ドキュメント・零』の最新エピソードとして一般公開された。
彼は自分の仕事を確認するために、ブラウザで公開版を再生した。

「完璧だ。ノイズ一つない」

画面の中では、朝日の差し込むキッチンが、HD画質の瑞々しさで映し出されている。

だが、再生開始から数秒後、佐伯の指がマウスの上で止まった。

(……あれ?)

一瞬、何かが視界の端をかすめた。
ダイニングテーブルの奥、リビングの壁に掛かった日めくりカレンダー。
佐伯の記憶では、そこには今日の日付が映っていたはずだった。だが、今の画面に映っている文字は、何というか、フォントがひどく歪んで見えた。
しかし、再生は止まらない。すぐにカメラワークが切り替わり、違和感は流されていった。

「気のせいか。レンダリングのバグかな……」

佐伯が椅子に深く背中を預け、ようやく冷めたコーヒーを口にした時。

デスクに放り出していた私用のスマートフォンが、耳をつんざくような音で震えた。
表示された名前は『高原たかはら』。大学時代からの腐れ縁で、映像解析の仕事をしている男だ。

「……もしもし、高原? 珍しい時間に──」
『佐伯! お前、さっきアップした動画、自分で見返したか!?』

高原の声は、尋常ではない速度でまくし立てていた。
スピーカー越しでも伝わるほどの、焦燥と、隠しきれない恐怖。

「ああ、見たよ。最高の出来だろ? 色調も──」
『そうじゃない! 背景だよ! 壁のカレンダーを拡大して見てみろ。あれ、お前が自分で入れた演出か? それとも素材のミスか?』
「カレンダー? ああ、さっき一瞬違和感があったけど……」

佐伯は電話を繋いだまま、再びブラウザの再生バーを戻し、一時停止した。
リビングの隅。ズーム機能を使って、カレンダーの文字を限界まで引き上げる。

「…………え?」


佐伯の喉が、凍りついたように鳴った。
そこには、肉眼では決して認識できないはずの、しかしデジタルデータとしてはあまりに鮮明な『数字』が刻まれていた。



『202X年 13月 32日』



「13月……32日? 何だこれ、嫌な冗談だな」
『冗談じゃない、佐伯!』

高原の叫びが、スマートフォンのスピーカーを割らんばかりに響く。

『いいか、よく聞け。俺がその部分を解析した結果だ……。その文字、単に『描かれた』ものじゃない。その日付のピクセルだけが、映像全体のビットレートとは無関係に、独自の周波数で明滅してる。 まるで……向こう側から、こっちの現実をハックしようとしてるみたいにさ』

佐伯は、モニターを凝視した。

13月32日。

この世には存在しない、暦の『外側』にある日付。
その歪な文字が、まるで呼吸をするように、微かに波打っているように見えた。

『佐伯、今すぐその動画を消せ。それから、そのPCの電源を抜け! あれはただのフェイクドキュメンタリーじゃない。何かが……何かが漏れ出してるんだ!』

高原の警告が続く中、佐伯のPCから聞き慣れない「カシャリ」という乾いた音がした。
画面の端に、新しいポップアップが表示される。



[ 新規プロジェクト:高原の解析.log を読み込み中…… ]




佐伯は、まだマウスに触れてさえいなかった。

第四話へ続く



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