不登校と、理屈が吹き飛んだ日々── アートセラピーにたどりつくまで#1
娘が学校へ行かなくなったときのことです。
親として悩みました。
けれど、不思議なことに私は
とても落ち着いていました。
もし長男の頃だったら違ったかもしれません。
もっと焦っていたかもしれない。
もっと正解を探していたかもしれない。
実際、登校時間に家で寝ている息子にキリキリしていました。給食の時間には登校して部活にも取り組んでたのに、私は落ち着きませんでした。
なぜ、娘のときには
そうならなかったのだろう。
そんなことを考えていたとき、
思い浮かんだのは次男との日々でした。
理屈が吹き飛んだ日々
長男が生まれた頃、
私はよく子育ての本を読んでいました。
どう育てたらいいのだろう。
どんな関わり方がいいのだろう。
親としてできることを知りたいと思っていました。
私自身も、かつては子どもでした。
育てられる側でした。
だから親になったとき、
自分なりの「こうだったらいいな」がありました。
こんな親でいたい。
こんなふうに育てたい。
子どもにはこんなふうに育ってほしい。
言葉にしていたわけではありませんが、どこかにそんな願いやイメージを持っていたように思います。
ところが、次男に障害があることが分かり、手探りの子育てが始まると、その気持ちがガタガタ揺らいでいきました。
言葉が出ない。
診断を受ける。
幼稚園を退園する。
将来への不安。
その後も手探りの日々が続きました。
そして思春期。
自分がわからなくなっていく息子を見ながら、
親である私もまた、自分がわからなくなっていきました。
何が正しくて、何が間違っているのか。
私はどうしたらいいのか。
そんな日々でした。
もちろん本も読みました。
相談にも行きました。
けれど、
目の前の現実は本に書いてある通りには進みませんでした。
頑張れば何とかなる。
理解すれば前に進める。
そんな理屈が吹き飛んでいったのです。
どうしたらいいのだろう。
なぜこうなるのだろう。
その問いに対して、
すぐに答えはみつかりませんでした。
今振り返ると、あの頃の私は必死でした。
ただ目の前の子どもと向き合うことで精一杯でした。
そして、娘の不登校
娘が学校へ行かなくなったのは、中1の冬でした。
その頃の私は、長男の頃とは少し違っていました。
娘が見ている景色を私も一緒に感じているような感覚。
考えてみれば、その見方は次男との日々の中で少しずつ身についたものなのかもしれません。
まさに、あの理屈が吹き飛んだ日々のおかげでした。
アートセラピーに出会った私がいるから、
家族が、安心して不登校の娘を見守ることができたのかもしれない。
そんな風にも思います。
その話は、また次回書いてみたいと思います。
(つづく)
