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#好きなことを仕事にするまで① 好きなことを仕事にするまでの私のこと<前編>

現在、私はエイジング美容研究家・美容ライターとして活動している。活動は、今年で11年目に突入した。

私の仕事は、ウェブメディアやコスメブランドのウェブサイトなどで美容記事の執筆・監修を行うほか、広告物のライティングや商品の推奨コメント出し、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・イベントなどへの出演等多岐に渡る。

これまでの歩みを振り返ってみると、専業主婦だった私が何の伝手もないなか、好きなことを仕事にできたことは奇跡のように感じられる。

今回は、好きなことを仕事にするまでの私について綴る。



好きなことを仕事にするまでの私

1.安定を求めた新卒での就職

新卒で就職するとき、好きなことを仕事にできる人なんてほんのひと握りの才能ある人だと思っていた。

高校生のときは部活動に明け暮れ、全く勉強せずに大学受験も失敗した私にとっては、より一層好きなことを仕事にすることは難しいことだと感じていた。

就職のときはそのとき選べる最良の選択をし、最も安定という言葉に近かった生命保険会社に就職した。

実際のところ企業名を聞いて両親を安心させることができた。

上司には評価され、同期よりもお給料もボーナスも良かったけれど、仕事が好き、楽しいと思ったことは1度もなかった。

むしろ「ここから早く抜け出したい。」「私がやりたいことはこんなことじゃない。」といつも思っていた。

今思い返すと、ストレスが溜まりに溜まり、デパートが営業している時間に仕事を終えた日は必ずといっていいほど大好きな化粧品や洋服を購入して帰っていた。

2.子育てが天職だと思いながら焦りを覚えた専業主婦時代

その後同じ会社に勤めていた今の主人と結婚し、専業主婦になった。

生保で働いていた頃は多忙だっただけに、しばらくのんびりしたいと考えていた。

けれど、いざ専業主婦になってみると、子どものいない4年間は暇を持て余し、結局また生損保業界で派遣など雇用形態を変えて働き始めた。

その後妊娠をきっかけに再び専業主婦へ。

我が子は可愛く、自分が持っているものがあるとするならそれをすべて我が子に授けたいと思うほどの熱量を持って育児に向き合った。

正直なところ母親という仕事は、私が与えられた天職なのではないかとさえ思っていた。

その一方で、「〇〇さんの奥さん」「〇〇くんのママ」と呼ばれる毎日の中で、自分が社会から置き去りにされたような、名前を失ったような焦りを覚えた。

そうして私は下の子が幼稚園に入って自分の時間が増えたのをきっかけに、社会復帰したいと考えた。

と同時に、セカンドキャリアは自分の好きなことを仕事にしようと決めた。

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遠藤幸子|顔と生き方を紡ぐ美容エッセイ この記事が少しでも参考になったら、応援していただけると嬉しいです☺️ いただいたチップは、比較記事レビューのコスメ代に使用させていただきます🙏