【歩くを考える②】人は、なぜ歩くことができるのだろう?という話
北海道在住の鶴木貞男@コンサポ登山社労士・行政書士です。
北海道小樽市にある「つるき社労士・行政書士事務所」で特定社会保険労務士、行政書士として活動しております。
私は5年前から登山が趣味で、週1回くらいのペースで、1年中登っています。
前回の記事では、私が「歩く」ということに興味を持つようになったきっかけについて書きました。
登山を始めたこと、アルトラとの出会い、池田光史さんの著書『歩く』、そしてVIVOBAREFOOT SAPPOROでのお話をきっかけに、「歩く」という、ごく当たり前の行為について一から勉強してみたいと思うようになりました。
そこで最初に浮かんだ疑問があります。
「人は、なぜ歩くことができるのだろう?」
普段は意識することなく歩いていますが、よく考えてみると不思議なことです。
私たちは、立ち上がり、片足で身体を支えながら重心を前へ移動し、もう一方の足を前に出す。この動きを何千回、何万回と繰り返しています。
しかも、歩きながら景色を見たり、人と会話をしたり、考え事をしたりすることまでできます。
では、この当たり前は、どのように成り立っているのでしょうか。
まず驚いたのは、「歩く」という行為は、一つの器官だけで行っているわけではないということです。
脳が身体に指令を出し、神経がその情報を伝え、筋肉が収縮し、骨や関節が身体を支えます。
さらに、足の裏は地面の状態を感じ取り、目は周囲の状況を確認し、耳の奥にある平衡感覚をつかさどる器官は身体のバランスを保っています。
つまり、「歩く」という動作は、身体全体が協力して初めて成り立っているのです。
普段は無意識に歩いていますが、実は非常に高度な働きの積み重ねなのだと知りました。
また、「歩く」という言葉を辞書で調べると、「足を交互に動かして前へ進むこと」といった説明がされています。
たしかに間違いではありません。
でも、今回調べてみると、人間にとって歩くことは、単なる移動手段ではないように思えてきました。
私自身もそうでした。
登山を始める前は、歩くことは運動不足解消や移動のためのものでした。
ところが登山を始めてからは、景色を楽しみ、花や野鳥を見つけ、森の香りや風を感じるための時間へと変わっていきました。
歩くこと自体は同じでも、その意味は大きく変わっていたのです。
そして今は、さらにもう一歩進んで、「歩くとは何なのだろう」と考えるようになりました。
まだ勉強を始めたばかりですが、「歩く」という当たり前の行為には、人間の身体の仕組みや進化、歴史、文化など、さまざまな要素が詰まっていることが少しずつ見えてきました。
この連載では、そんな一つ一つを焦らずに学んでいきたいと思っています。
今回の学びで生まれた新たな問い
今回調べていて、さらに気になったことがあります。
人間は、当たり前のように二本足で歩いています。
でも、よく考えてみると、これはとても不安定な姿勢です。
犬や猫のように四本足の方が、ずっと安定しているようにも思えます。
それなのに、なぜ人類は二本足で歩くようになったのでしょうか。
次回は、人類の進化をたどりながら、「二足歩行」はどのように始まったのかを勉強してみたいと思います。
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