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欧州メタル界で見た“世界の移民ルール”続編:移民政策は“現代の奴隷制度”か

【読了時間:約6〜7分】


1. 数ヶ月前に…

数ヶ月前、たまたまXで
フィフィさんが

「人手不足だから外国人で穴埋めするのは、現代の奴隷の発想です」

という主旨の発言をしている動画を見かけました👇

この言葉を聞いた瞬間、私は心の底から——

「わかる!!めっちゃわかる!!」

そう思いました。

なぜなら、私は人生の3分の1以上を
自身が“移民”として欧州で生きてきたからです。

前回のnote記事で、多くの方から
「わかりやすい」「腑に落ちた」と感想を頂いたので
今回もまた、移民としての実体験を交えつつ
「ピンとこない人にもわかる」ようにお話したいと思います☺️

前回の記事を読んでない方はこちらからどうぞ👇


2. 野放図な移民政策には反対!

まず最初に、私は野放図な移民政策には反対です。
世界で唯一の“日本文明を守りたいから” です🇯🇵

しかし、それだけではありません。

移民に対しても、あまりに失礼だからです。

日本に住む日本人の立場から考え続けたのでは
おそらくこの感覚は理解できないでしょう。

ですから、この機会に皆さんも想像上で
私の海外移民生活を一緒に経験し、
ぜひ、「日本側」だけでなく
「移民側」 の立場にも立って考えてみてほしいと思うのです。


3. ドイツでビザを失ったのは、実は二度目

前回の記事で、

  • フリーランスのアーティストとして欧州滞在許可を取ることの難しさ

  • ビザ延長の難しさ

  • コロナ禍で収入ゼロになり、退去命令が出たこと

などをお話ししました。

実はこの退去命令、前回は二度目でした。

一度目に退去を余儀なくされたのは、20年以上前。

今回はその"一度目"に関するお話をしたいと思います。
2000年代初頭から約4年半のドイツ滞在時のことです。

因みに、この時はフリーランスではなく、
ドイツのプロダクション&レーベルの専属アーティスト
としてビザを取得していました。

しかし、その取得も決して簡単ではありませんでした。


4. 1年以上「タダ働き」で“決定待ち”

必要書類を全て提出して、
アーティスト・ビザを申請してから許可が下りるまで、
私の場合、一年以上 かかりました。

その間、"決定待ち"として、滞在は許されても
アーティストとして“稼ぐ”ことは許されませんでした。

つまり私は、レーベルのために作品を作ったり
プロモーション活動をしながら
アーティストとしては収入ゼロで生活し続けるしかなかった。
(とは言え、一銭も稼げないと生きられないので
"決定待ち"条件の許容範囲でバイトのみ可能でした👇)

現地のお寿司屋さんでバイト中の一枚

毎月、外国人局で予約を取り、
アーティスト・ビザ申請後の進捗を確認しに行くも、
私一人では全く相手にされず、
「ビザの決定待ち」の紙一枚を渡されるだけ。

毎月、毎月……理不尽な話です。
しかし、許可が出なければ稼ぐことは許されない。
移民である以上、逆らう選択肢などありません。
逆らえば滞在許可を貰えなくなるだけ…
"決定待ちの滞在"さえ許されなくなるでしょう。


5. “企業の保証”がないと前に進まない

さて、そのような環境の中でアルバムの制作を続け、
スタジオ作業は完了!
CD発売が迫ってきたタイミングで、
やっとアーティスト・ビザの許可が降りました!

なぜか?

レーベルのドイツ人マネージャーが外国人局へ同行し、
"ドイツ企業として" 許可が必要だと強く要求したからです。


すると外国人局の態度は一変。
手続きも急にスムーズに進み、
長らく止まっていた申請がようやく前へ動き…

なんとそこから、たった二週間ほどでビザが降りました!

「何これ?その気になったらできるんやん!」
と、心の中でツッコんだ私です。

繰り返しますが、私が必要書類を全て揃えて提出、
滞在要件を全て満たして、外国人局へ毎月通い続けても
それまで一年以上、ビザは降りなかった。

つまり私のビザは、

「私という人間の能力や実績」ではなく
“ドイツ企業からの要求”
それだけの理由で存在していたも同様。

移民一人の声では通らない。だが、企業のひと言で通る。

世界の現実を、このときに痛感しました。

街を散歩中(しかし、当時から相当数の移民が居たのね)

6. レーベル離脱=ビザ消滅

その後、レーベルはどんどん大きくなりましたが、
契約書の内容は履行されず、私は相変わらず“タダ働き”状態😓

それでも、私は現地に滞在し続けたかった。
なぜなら、(詳細は省略しますが)当時の日本では
日本人がヘヴィメタルを演奏してプロになり
世界的に活動するなんて…
どう考えても不可能だったからです。

「欧州を離れれば、自由に音楽を演奏できなくなる…」
そう思い、レーベルに留まりました。

私にとって、アーティストとしての自由は
お金にも変えられない大切なものだったから。
(その間も契約内容の不履行について質問し続けましたが
レーベルからはっきりした回答は得られないままでした。)

メタル番組出演時(Doro Pesch と Sabina Classen と一緒に)

しかし、2005年頃からは、
音楽の内容にまで圧力がかかるようになりました。

特に象徴的なのが、次の曲『Sa-Ku-Ra』👇
レコーディング直後の出来事です。

特攻隊員への鎮魂歌であるこの曲の歌詞を
「変更しろ」と迫られました。

アーティストとして、
これだけは絶対に譲れませんでした。

この曲は単なる"音楽"ではなく、
私の日本人としての想い…🌸
特攻隊員への懺悔の気持ちなどを込めた
特別な楽曲だったから…。

歌詞の内容を変更せずにリリースするには
レーベル離脱しかありませんでした。

悩みに悩みましたが、最終的に離脱。

なんとかして完全自費制作で
アルバムをリリースすると決めました。
その為、一時期、金銭的に非常に苦しくなりましたが
それ以上に苦しかったのは…

思い出してください。

私のビザは、
「ドイツの大手プロダクション&レーベル所属」
という根拠で発行されていたのです。

つまりレーベルを離れた瞬間、
“滞在資格そのもの”を失うリスクに晒されたのです。


7. 雇い主に逆らえば “生存資格” さえ奪われる

もし私が移民でなければ、
アーティストとしての自由を守りながら
レーベル離脱後も現地に住み、
アーティスト活動を続けられたでしょう。

しかし移民である私は、
レーベル離脱によって、滞在許可の延長が叶わなくなった。

更に、完全自費制作のために、
それまでの貯金も使い果たし、私の資金は枯渇した。
しかし、これも、私が移民でなければ
根性で別のバイトの時間を大量に増やしたり…
臨時収入を増やして乗り越えられたでしょう。
しかし、アーティスト・ビザの要件で許可された仕事以外
私がドイツ国内で稼ぐことは許されません。

そこで退去命令…日本へ帰国、
その先のキャリアを諦めざるを得ませんでした。

つまり、移民の多くは

  • 不当な扱いを受けても逆らえない

  • 契約内容が守られなくても辞められない

  • 雇用主に意見しただけで滞在資格が危うくなる

国民より弱い立場に置かれ、搾取されやすい構造の中で生きている。

これは私だけの経験では無いでしょう。
おそらく世界中の多くの移民が同じ状況か、
もしくはこれに近い状況にいるでしょう。


8. 日本の技能実習制度も“構造は同じ”

〜 だからこそ移民側だって腹が立つ 〜

日本の技能実習制度についても、
10年ほど前に調べたことがありますが、当時すでに
構造的な問題がいくつも指摘されていました。
今は変わっているかもしれませんが、例えば、

  • 来日前に数十万円〜100万円程の借金を背負うケースも珍しくない(渡航費・手数料・仲介料など)

  • 到着後は、その借金を返済しない限り帰国できない

  • 転職の自由がなく、雇用主に不満があっても辞められない

  • 最低賃金ギリギリで長時間働かされるケースも報告されていた

“職場に逆らえない”、“理不尽でも辞められない”という状況は、
欧州で移民として働いた私の立場とほぼ同じ。
移民側だって、「騙された!」と思ったり、
日本に対して怒りを覚えるのは当然です。

だからこそ私は、冒頭のフィフィさんの
「現代の奴隷制度」発言に、非常に共感を覚えたのです。

だからこそ私は
野放図な移民政策には反対なのです。

これは排外主義などでは
絶対に、絶対にありません!

一緒にレーベルを離脱したスタッフ達と

9. 奴隷制度的な発想は、日本のためにも、移民のためにもならない!

日本文明を守りたいという思いはもちろんですが、
同時に私はこう思うのです。

移民を“都合よく働かせる駒”として扱う発想こそ、奴隷的であり、そのような発想そのものが卑しい。

日本のためにもならないし、移民のためにもならない。

移民政策とは、ある意味、国家の“文明の質”が問われるテーマです。
そこで搾取が生まれた瞬間、社会は必ずひずみ、軋む。

搾取された労働者は、いずれ刃を向けます。

これは決して大袈裟な比喩ではなく、
実際に歴史上、何度も何度も証明されてきました。
「都合よく使って、都合よく帰ってもらう」
などという発想が生む“現実的な帰結”
なのでしょう。

その典型例が、現在のドイツやその他の欧州諸国です。

ドイツは1961年、トルコと労働協定を結び、
“労働力だけ提供してもらい、経済が落ち着けば帰国してもらう”
という前提で、ガストワーカー(外国人労働者)を呼び込みました。

しかし、彼らは “都合よく帰りはしなかった”

結果として国は移民管理に追いつかず、
不法移民が増えてゆき、
他にも様々な地域からの難民もやってきて
治安悪化や社会統合の深刻な問題が積み重なり…
今では、クリスマス・マーケットの群集に向かって
無差別に車が突っ込む事件が何度も起きたり、
一般市民が巻き込まれる事件も起こるようになりました。

実際、私自身の非常に身近なところでも、
今年、不法滞在の外国人に刺されて亡くなった方がいます。

これは「外国人が悪い」という話ではありません。
繰り返しますが、“制度設計が間違えば、
国民も移民も、どちらも不幸になる”
という
あまりに重く、残酷な現実です。

私は欧州で移民として生きてきた年月の中で、
その現実を骨の髄まで味わいました。

しかし、日本の政治家の多くはこの危険性を理解していない。
世界の現実を知らなさすぎる。
あまりに“日本的な善意”で世界を見すぎている。

だから私は、今の日本に
「本当にそれでいいのか?」と問い続けたい。


10. まとめ

日本で生まれ、育ってきた私たちの多くが
無料だと勘違いしている"自由"や"権利"は
決してタダで与えられるものではありません。
一人で日本を出れば、それらの多くは失われます。
その時に初めて、いかに自分が
"日本"という国家に守られてきたかを
思い知るでしょう。

そして、自由や権利、豊かさは、
自分の足で立つからこそ、
自分で責任を持つからこそ、
“受け取る"ことができるもの…

それは国も、個人も、アーティストも同じではないでしょうか。

国家の問題を、都合よく
立場の弱い移民の搾取で解決しようとする——
その発想そのものが、私は違うと思うのです。

日本は、日本として自らの足で立ち、責任を持ち、
まずは日本人皆で団結し、共に
問題解決に取り組むべきではないでしょうか。

メタルがそうであるように、日本には
誇り高き魂で、勝負する国であってほしい🌸

私はそう願っています。

おまけ:当時の風景

実は、私がレーベル離脱した頃、
他にも離脱したスタッフ、アーティストがいました。
彼らも、"アーティストの音楽的信念"より
"商業的成功"を過剰に優先し始めたレーベルに
疑問を感じていたからです。

これらの離脱アーティスト、スタッフ達で、
(小規模ですが)活動を続けようとしていた頃の
動画があるので、よかったら見てみてください👇

私もアーティスト・ビザの更新が叶っていれば
ここに残り、アーティストとして
欧州ツアーの次はもっと大きな…
ワールドツアーとかしたいなと思っていました。
良い思い出です☺️

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