【小説】霖雨の果てへ④

「僕の家は母さんとじいちゃん、あと十歳上の兄ちゃんの四人で暮らしてました。
 僕が小さい頃に親が離婚して、父さんはいないです。物心がつく前だったから、父さんがいなくなっても僕は多分よく分かっていなかったと思います。その頃から、母方のじいちゃんが一緒に暮らしていて、身近にいる頼れる男って言ったらじいちゃんがそれだったし、優しかったからよく面倒もみてもらってたんです。
 母さんは日中外に働きに出てて、余計にじいちゃんと過ごす時間が多かったのもあるけど。それに、じいちゃんは博識だったからいつも色んなこと教えてもらって、僕は小さいながらそれに聞き入っていました。
 っふふ。
 じいちゃんの昔話とかも面白くって。若い頃に一人で海外に行って財布盗まれた話なんかすごいですよ。盗まれたことにすぐに気が付いて追いかけたらしいんですけど、途中で見失ってしまって。それから現地に住んでる知り合いに連絡する手段も無いし、その場で呆然と座り込んでたら、知らない親切な人に話し掛けられて、運よく助けてもらったんですって。
 その人はじいちゃんと同じくらいの歳だったらしく、ご飯をご馳走になったり、知り合いが住んでいる場所とか調べてもらった挙句、そこに行くまでの交通費まで出してもらって。すごく良くしてくれたことにじいちゃんはずーっと感謝してて、大昔の話だけど何度も僕に話してたんです。
 それくらい、その人がすごい人なんだって。知らない外国人の自分に話し掛けてくれたことや、助けてくれたこと。みんながそれをできるわけじゃないし、そういう人が一番偉大で貴い人間だって、耳にタコができるくらい言っていました」

 聖は続ける。

「僕はそういうじいちゃんに育てられたんです。兄ちゃんは十歳も歳上だから、一緒に遊ぶってことはあまりなくて、たまあに喧嘩することもあったけど、ごく普通の家族だったと思います」
 
        ♦
 
「それが少し変わったのは、母さんの体調が急に悪くなっていった時でした。最初は軽く調子を崩しているだけの感じだったっぽいんですけど、次第に疲れがひどくて動けなくなったり、いつも不安そうな暗い顔していたり、仕事にも行けない日が多くなっていって。母さんの様子が心配で、病院に行くように何度も言ったけど、なかなか行こうとしなかったんです。
 でもある日、じいちゃんが何とか説得して病院に連れ添って行って、帰って来た時、母さんは僕らの顔を見た瞬間泣き崩れました。
 母さんは……、うつ病でした。今思えば、家族のために毎日働いて、家事をやって、子育てして。余裕がなかったことなんて簡単に分かるはずなのに。母さんが無理していたこと。母さんはしっかり者で責任感が強い方だし、誰かに悩みを話せる状況じゃなかったんだろうと思います。
 その日以降、母さんを助けるために、じいちゃんと兄ちゃんはいつも以上に協力しながら家事とかをやるようになりました。その頃僕はまだ小さかったし、ほとんどうろ覚えですけど、高校生だった兄ちゃんが頑張ってくれていた記憶があります。料理に関しては、兄ちゃん結構上手いんですよ。そんな感じで、僕も自分にできることはやって、母さんの負担は積極的に減らしていきました。
 そうして、母さんもずっと病院に通いながら薬とかを続けてきたかいもあって、次の年の夏休みには僕と一緒に出掛けられるくらいになったんです」

 聖は目元を緩ませる。

 私はその顔を見て、感情が揺さぶられた。

「本当にあの時嬉しかった……。あんなに暗い、抜け殻のようだった母さんが元に戻ったんだって。昔は僕が話し掛けても反応が薄かったし、あまり笑わなくなってたし、こっちが見てるだけで辛かったから。というか、すごく怖かったんです。でも、このまままたみんなで普通に生活していけるんだって思いました。その時僕はほっとしていたんです」
 
        ♦
 
「だけど、現実はそうはいかなかった。その年の秋。今度はじいちゃんに問題が起きました。もともと高齢だったじいちゃんが、家で足を滑らせて転倒したせいで骨折してしまって。救急車で運ばれて検査した結果、股関節の骨折で三か月くらいの入院。
 入院する時じいちゃんはやっぱりすごく嫌がってて、入院してからもお見舞いに行く度に『早く帰りたい』、『まだ退院できないのか』って……。僕はそんなじいちゃんを喜ばせるために、学校であったこととか、授業で今なにを教わっているかとかを話して聞かせました。それでも僕が帰る時は決まって寂しそうな顔をするんですけど。
 それから冬に入って段々寒さが増してきた頃。じいちゃんは退院したものの歩行が困難になってしまったから、リハビリをしながら車椅子生活をすることになりました」
 
 ここまで話を聞いていた私の顔がふとこわばった。

「私のお母さんも……、前に大腿骨骨折してから……」

 聖は私の顔を見ずにただ真正面を向いて少し頷き、再び話し始める。
 
「その冬から簡単な話、介護が始まりました。ごく当たり前のような流れで。入院生活で体力や筋力が多少衰えていたけど、じいちゃんはリハビリを頑張っていたから最初の頃はどこか移動するときに兄ちゃんと母さんが補助する程度だったんです。トイレとか風呂とかも付き添ってたけど。あと他には、じいちゃんに呼ばれて何か物を取りに行くとかはしょっちゅう。でも、ここからが本当の意味で大変な生活が始まったように思います」

 聖の瞳に一瞬悲しさが滲んだ。

「しばらくして、じいちゃんが認知症になってしまったから。徐々にあれ、おかしいなというか、じいちゃんの様子に違和感があったんですけど、僕に何度も話してた昔話をじいちゃんが繰り返すから、もう何度も聞いたよって言うと、『そんなはずない』って、『一度も話した事なんてない』って。そう本気で言うから、これはいつもと同じじゃないって困惑したことを覚えています。
 そんなこんなで、医師に診察してもらったら認知症と診断されました。兄ちゃんは途方に暮れていたし、特に母さんはすごく落ち込んでいました。そこからは結構早かったです。状況が悪化していくのが。
 じいちゃんは体が不自由なせいか日常に刺激がなくて、認知症は急激に進んでいきました。もの忘れはもちろん、夜中に急に声をあげたり。母さんはそんなじいちゃんの様子にイライラしてよく怒っていたし、僕も兄ちゃんもうんざりしていました。
 その後も、じいちゃんの病状が進むにつれて、僕たちは認知症の対応と身体的な介護の両面ですごく大変になっていって。それで、母さんも段々また体調を崩していったんです……」

 私は返す言葉がなかった。

「いつからか、僕は学校が終わると早く帰るようになりました。早く帰って、じいちゃんの様子をみながら話し相手になったり。兄ちゃんが帰ってくると、一緒に夕飯作って、ご飯食べて、じいちゃんのトイレとか、風呂とかを介助して。あっという間に夜の十一時になって。
 母さんも動ける日、動けない日があるから、うつ病が再発した後はなるべく無理させないように、僕と兄ちゃんでできることはなんでもやりました。それが何か月か続いて。
 僕は……、なぜだか分からないけど自分の体を思うように動かせなくなったんですよね。宿題もろくにできないし、朝も眠すぎて起きられないんです。学校行っても授業に集中できなくて先生に何度も怒られました。やむなく先生に訳を話すと『家の手伝いも大事だけど、勉強も大事だぞ』って言われて……。
 そう。それに、友達とも放課後に遊べなくなると、段々誘ってもらえなくなったり。それが少しショックでした。断る僕が悪いんで、しょうがないですけど。でも、兄ちゃんの方がもっと大変だと思うと……、何も言えないですよね」
 
「聖くんのお兄さん、その頃高校生くらい?」

 私は聞いた。

「そうですね。僕が小学生くらいで、たしか兄ちゃんは……、高校生?だったかな」

 聖は記憶を辿って計算するように言った。
 私はそれを聞いて驚きを隠せなかった。
 その年齢で当たり前に遊んだり勉強したりできず、祖父と母親のケアをする。自分だったらどうしていただろうかと考えた。今の自分の状況がもっと幼い時期だったら、ケアする対象が一人ではなく二人だったなら、と想像する。
 今でも十分辛い。
 今の自分の辛さと比べることはできないだろうが、幼い方が立場ももっと脆弱でもっと自分自身を客観的に見ることは難しいだろうと思った。

「……辛かったね」

 今はそれしか言葉が出ない。
 他にも何か色々言葉が出てきそうだが、それで精一杯だった。

「なんかでも、その生活が当たり前、というか。何でしょう。兄ちゃんの方が大変だと分かっていたし。印象に残っていることがあるんですけど、たまたま会った近所のおばさんにおじいちゃんのことを少し話したことがあって。その時に初めて『介護してるの?』って訊かれたんですよ。その時の僕は『介護?』って感じだったし」

 聖は少し笑いながら言う。

「まだ幼かったから当たり前だけど、全然そういう意識なかったんですよね」

 私はその顔を見て複雑な気持ちになった。
 聖の話は続く。

「兄ちゃんは、母さんが病気になってしばらくしてから、それまで続けていたバスケ部を退部しました。その時の僕は何も考えてなかったけど、今なら分かります。好きなことを諦める辛さが。でもあの時多分、兄ちゃんは家の状況を見て無理だと悟ったんですよね。僕で置き換えて考えても無理だと思うから。休養と治療を必要とする母さん、簡単な手伝いしかできない僕。兄ちゃんはいつしか大きな責任を背負って、一日一日をなんとか乗り切ろうとしていたのかもしれないって」
 
        ♦
 
「朝早く起きてもやることが多くて、兄ちゃんは高校によく遅刻していたみたいでした。代わりに僕には遅刻させないよう、ちゃんと学校に送り出してくれて。それで、兄ちゃんは大学に進学する予定だったけど、結局、その時は諦めたんです。やっぱり、勉強がちゃんとできていなかったし、その上家にお金もなかったし。
 これも記憶が朧気だけど兄ちゃんと母さんが話してたのは覚えています。その時、母さんはまた泣いていました。うつ病が再発した後はよくなったり悪くなったりを繰り返して、思うように生活が安定していなかったから、兄ちゃんに頼らざるを得なかったことを申し訳なく……、思ってたみたいでした。
 それから兄ちゃんは高校卒業後、家の事をやりつつバイトもやって、勉強して。一年浪人してなんとか大学に行ったんです」

「そうだったのね」

 そう言って私が驚いていると、聖は無言で頷きながら私を一瞬見やった後、当時の状況を生生しく思い出しては胸がつかえるような切ない表情をしていた。
 それを見ていると重い空気がずしりと心に圧し掛かるようだ。

「兄ちゃんは、僕にちゃんと学校に行って勉強したり、遊んだほうがいいってよく言ってました。僕の事をよっぽど心配してたのかも。自分みたいにならないように。そのおかげもあってか、僕は兄ちゃんほど何かを犠牲にすることはなかったと思います。じいちゃんの認知症が進む中でも、僕はちゃんと夜寝るようにしていたし、平日は学校にも通って。まあそれでも家に帰ってからは家事も、じいちゃんの世話も手伝っていましたけどね。母さんにあまり無理させないために」
 
        ♦
 
「うちのおばあちゃんもね、昔認知症だったの。もう亡くなったんだけど。聖くんのお祖父さんは……、その、結構大変だった?」

 私は低い声で静かに聞いた。

「んー、そうですね。例えば、もの忘れが激しくなっていって、話が噛み合わないのはよくありました。ご飯も食べた後に『夕飯はまだか?』って聞いたり、それに反して薬は飲んでないのに『飲んだ』って聞かないし。
 家族からしてみたら信じられないことばかりで、本音はどうしたらいいのかって感じでした。こっちまで気がおかしくなりそうだったなぁ。あと、急に怒り出したりもするんで、あの穏やかだったじいちゃんが怒鳴ること自体、僕たちにとっては精神的に辛かったです。あんなに変わってしまうのかって」
 
 聖は眉間に皺寄せながら、過去を思い起こしていた。

「それでも、兄ちゃんは大学に通い始めてからは時間をやり繰りしてバイトもやりつつ、僕も大きくなってから家事と介護をより多く担うようになっていきました。母さんも動ける時はやってくれてたし、そうやって四年か五年くらいかな。
 僕が中一になった後、じいちゃんが誤嚥性肺炎で入院したのをきっかけに、突然介護生活は終わりました。そのまま退院せずに亡くなったから……。あまりに突然のことすぎて、始めの頃はじいちゃんがいない生活に全然慣れなくて。
 僕は一応、学校があっても部活は入ってなかったし、今まで家で当たり前のようにやってきたことが急になくなって、時間ができたんです。でも、あれ、何すればいいんだろうって。今となっては何してたか全然覚えてないです。自分と違って兄ちゃんはその時もう就職していたから相変わらず忙しくしてたけど。でも本当は僕……、じいちゃんが入院して心のどこかで良かったってほっとしたんですよね」

 聖は顔を歪めた。その顔からは、こんなこと言ってもいいのかという曖昧な表情が読み取れる。

「兄ちゃんには将来を諦めて欲しくなかった……。母さんにはもっと安心して生きていて欲しかった。ただそれだけのことなのに」

 私は苦しそうな聖から目を離し、一つ深く呼吸をして、

「うん」

 と静かに言い放った。
 
 私は思う。
 誰かが不幸になってほしいわけじゃない。でもみんながみんな、望みをかなえられるわけではない。何かを犠牲にせざるを得ない。それが介護だ。それが介護の中にある悲しいジレンマ。
 介護を進めていく途中にいくつかの選択肢はあるかもしないけれど、介護を必要とせざるを得ない当事者やその家族の気持ち、経済的なこと、地域の公的パワーの大きさ(看護や介護職の人材不足も大きい)……。
 複合的に組み合わさった問題を解決することは困難な上、完璧な答えはない。
 それに、要介護者に対する支援はあれど、介護者に対する支援はない。介護者はそうやって問題を抱えて潰れる瀬戸際で常にずっと踏ん張っているのだ。
 
 もちろん、家族のことだから介護することが当たり前だ、家族は大事だ、という認識や声も少なからずある。だが、それだけを一辺倒に考えることができない、できなくなるというのが現実として突きつけられる。これほど寂しく、悲しいことはない。
 
「聖くんも、聖くんのお兄さんも長い間、色んな想いを抱えてきて、それをどういう風に捉えるのかは人それぞれだけど……。私は……」

 私は自分の立場からどのように彼に語弊なく言葉を伝えればいいのか、咄嗟に思いつかなかった。ただ、「大変だったね、よく頑張ってきたね」と言えれば良かったのかもしれないが、今まで自分が悪意のない言葉に傷ついてきたからこそ、どんな言葉が彼を傷つけないかが分からなかった。
 
 聖は、そんな私の様子に気付き、そっと言った。

「巴美さんだから言えたんだと思います。本音も含めて」

 「はあ」と息をつくように少し背筋を伸ばし腰に手を当てた彼は、先ほどとは変わって心持ちすっきりしたような顔つきになっていた。

「誰かにまともに話したの、本当に初めてなんで。友達に少しだけ言ったことがあるけど、それだけ。だって、同級生にまともに話したら引かれるじゃないですか?介護?なにそれ?って感じで」

 私はそう言う聖に対し、同感した。

「そうだね。私の歳でさえ、周りの人間に共感されることはなかったから」

「僕も、最初から理解されるとは今まで思わなかったです」

 聖も相槌を打つ。

「でも、聖くんのお兄さんは理解者だったんじゃない?聖くんのこともちゃんと考えてくれていたみたいだし」

 私はそれが羨ましいと思った。自分には一人もいなかったからだ。唯一の家族である父親は嫌悪の対象で今さら何かを期待することもない。

「うーん。そう、ですね。ただ、兄ちゃんとはお互いそんな深い話をしたことはなくて、戦友って感じに近いかも」

「そっか。でも兄弟でお互い気遣い合えるのはいい関係だと思うよ。だからこそ今までやってこられた部分があるんじゃないかな」

 私は、自分にも兄弟姉妹がいたらどんな感じになっていたのかと考えたりしたが、兄弟姉妹がいたとしても協力し合えないのだったらいても意味はないとも思い、尚更、聖が羨ましいと思ってしまった。

「いいお兄さんだね」

 私は息を吐くようにぼそっと言った。

「今、お母さんは?体の方は……」

「あ、前よりは落ち着いています。じいちゃんが亡くなった後もだいぶ落ち込んでいたけど、あれから半年以上経って、調子がいい時は仕事も家の事も少しずつやるようになりました」

 聖は穏やかな顔をしていた。その顔からは、少なからず安堵が滲み出ていた。

「そうなんだ。良かったね」

 私は心からそう思った。聖が今まで歳不相応な経験をして、複雑な思いを抱えて生きてきたのだから、これからはもっと人生を謳歌してもおつりがくるんじゃないかと思ったのだ。私自身が介護生活で苦しんでいるからこそ、そんな想いは誰かにしてほしくないし、可能なら他の選択肢を選んだらいい。
 それほど苦しい現実なのだから。

「聖くん、介護していた時より時間できた?」

「はい。家事は今でもやっている方だと思いますけど。兄ちゃんが社会人になって家にいないから、代わりに僕が少し多くやるようにはしてます。でも、それでも前より全然時間はあります」

 聖はそう言いながら笑んだ。聖のその姿はこちらまで嬉しい気持ちにさせてくれた。
 まだまだ青葉が似合う、素敵な少年だった。

「これからだよ」

 私は聖の顔を見て目を細めた。

「これから、もっともっと色んな経験して、楽しんで、成長していけるから。聖くんは」

 湿った風が頬を撫でた。
 梅雨らしい生臭い独特な匂いが鼻腔をくすぐる。
 上を見上げるといつの間にか太陽は雲に隠れていた。

 「あぁ、もうそろそろ時間か……」と私はそう思った。

 

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