富裕層と国の100年続く知恵くらべ平成篇-第1幕 ── 損失を、買ってきた日
〜 ある吟遊詩人の弾き語りより 〜
さて、旅人よ。 今宵から、物語は平成へ入る。
大正篇では、否認の武器が生まれた。 昭和篇では、会社、相続、不動産、養子、生前贈与を通じて、財産を軽く見せる知恵くらべが広がった。
そして平成。
ここで、知恵くらべはまた姿を変える。
昭和の節税は、どこか一族の金庫の中で起きていた。 会社を作る。 財産を会社に入れる。 養子を迎える。 土地を買う。 借金をする。 生きているうちに渡す。
もちろん、それだけでも十分に複雑だった。
だが平成になると、節税はさらに遠くへ行く。
金融機関が組み立てる。 税理士や弁護士が説明する。 契約書が何枚も重なる。 組合が作られる。 投資家が集められる。 航空機や船舶が登場する。
そして、富裕層の前に、ひとつの商品が差し出される。
それは、利益を生む商品ではない。 少なくとも、最初に売り物にされたのは利益ではなかった。
売り物にされたのは、損失である。
所得が大きい人ほど、税も重い。 ならば、その所得にぶつける損失があればどうなるか。
知恵者は考えた。
「税を減らしたいなら、損失を作ればいい。 自分で損を出せないなら、損失を買ってくればいい」
今宵の主役は、レバレッジドリース。 航空機リース、船舶リース、そして組合を使った損失配分である。
題して、
損失を、買ってきた日。
さあ、平成の幕を開けよう。
昭和の金庫から、平成の設計図へ
昭和篇の終幕で、僕らはこう見た。
富裕層は、財産を軽く見せようとした。 会社の殻を使い、養子の数を使い、不動産と借金を使い、生前贈与で時をずらした。
つまり、昭和の主な問いはこうだった。
「財産を、どう軽く見せるか」
だが平成に入ると、もうひとつの問いが前に出てくる。
「所得にぶつける損失を、どう作るか」
所得税や法人税は、ざっくり言えば、所得や利益にかかる。 利益が大きければ、税も大きくなる。 ならば、損失があれば、その分だけ課税される所得が小さくなる。
もちろん、普通の損失なら問題はない。 事業に失敗する。 投資で損をする。 売上が落ちる。
そうした損失は、経済活動の中で自然に起きる。
だが知恵者たちは、そこから一歩進んだ。
「損失を、計画的に作れないか」
さらに言えば、
「損失そのものを、商品として買えないか」
ここから、節税は家の中の工夫ではなく、紙の上で組み上げられた設計図になっていく。
もっとも、この仕組み自体は、いきなり平成に生まれたわけではない。 芽生えたのは昭和の後期である。 だが、それが大きな争いとなり、裁判と法改正で決着がつくのは、平成に入ってからだった。
レバレッジドリースという仕掛け
まず、リースとは何か。
ざっくり言えば、物を買って、それを他人に貸す仕組みである。
たとえば航空機。 飛行機は高い。 航空会社が自分で買う場合もあるが、リースで借りて使う場合もある。
そこで、投資家たちが資金を出し、銀行からも借入をして、航空機を取得する。 その航空機を航空会社へ貸し、リース料を受け取る。
これだけ聞くと、普通の投資に見える。
だが、レバレッジドリースには、もうひとつの顔があった。
大きな資産を買う。 その資産を減価償却する。 借入金の利息も発生する。 すると、初期の段階では、収入よりも費用の方が大きく見えることがある。
つまり、帳簿上、損失が出る。
この損失が、投資家に配分される。 投資家は、その損失を自分の所得とぶつける。
ここに、平成の知恵くらべが生まれた。
富裕層は、航空機そのものに乗りたいわけではない。 船舶を操縦したいわけでもない。
欲しかったのは、航空機や船舶の裏側から出てくる、損失だった。
借金を使って、損失を大きく見せる
レバレッジドリースの「レバレッジ」とは、てこのことである。
少ない自己資金に、借入金を組み合わせる。 すると、大きな資産を動かせる。
投資家が出すお金は一部だけ。 残りは銀行から借りる。 その資金で航空機や船舶を買う。
資産は大きい。 だから減価償却も大きい。 借入があるから利息も出る。
その結果、投資の初期に、損失が大きく出ることがある。
これが、節税商品としての魅力だった。
投資家から見れば、自分が出した資金以上に大きな資産が動き、そこから生じる減価償却費や支払利息によって、損失が配分される。
富裕層は考える。
「この損失を、自分の所得にぶつければ、税は軽くなるのではないか」
ここで大事なのは、その損失が、本当に経済的な痛みだったのか、という点である。
もちろん、投資にはリスクがある。 リース料が予定どおり入らないこともある。 資産の価値が下がることもある。
だが、節税商品として売られるとき、投資家がまず見ていたのは、事業そのものの収益性ではなかった。 税務上の損失だった。
損失は、商品になった
昭和の節税は、財産をどう持つか、どう渡すかという話だった。
だが平成の節税は、そこからさらに進む。
節税が、商品になる。
パンフレットが作られる。 スキーム図が描かれる。 出資額、借入額、リース料、減価償却費、損失配分、将来の回収見込みが、表になる。
そこには、投資の顔がある。 航空機がある。 船舶がある。 リース契約がある。 銀行融資がある。 組合契約がある。
だが、富裕層の目に強く映るのは、こういう数字だった。
今年、いくら損失が出るか。 その損失を、どの所得にぶつけられるか。 税負担が、どれだけ軽くなるか。 数年後に、どれだけ資金が戻るか。
商品説明の中心にあったのは、航空機の翼ではない。 船舶の航路でもない。
税務上の損失の流れだった。
もちろん、損失そのものが袋に入って売られていたわけではない。 だが、投資家の目には、その商品から流れてくる税務上の損失こそが、もっとも魅力的な中身に見えていた。
ここに、平成らしさがある。
節税は、個人の思いつきではなくなった。 契約で組み立てられ、金融商品として販売され、専門家の説明を受けて選ぶものになった。
損失は、偶然生まれるものではなくなった。 設計され、配分され、商品として買われるものになったのである。
組合という器
この仕組みで重要な役割を果たしたのが、組合である。
任意組合。 匿名組合。 複数の投資家が参加するための器。
組合を使えば、ひとつの大きな事業に複数の投資家が参加できる。
航空機を買う。 船舶を買う。 それを貸す。 収益や損失を、組合員に分ける。
表向きは、共同投資である。 航空機や船舶という実物資産があり、リース先がいて、契約もある。
だが、国は問う。
「その組合は、本当に事業をするための器なのか。 それとも、損失を投資家に配るための器なのか」
この問いは、大正篇からずっと続いている。
会社は本当に会社なのか。 養子は本当に家族なのか。 不動産投資は本当に自然なのか。
平成では、そこに新しい問いが加わった。
組合は、本当に投資の器なのか。 それとも、損失を配るための器なのか。
減価償却という時間差
ここで、減価償却という言葉をやさしくほどいておこう。
航空機や船舶のような高額な資産は、買った年に全額を費用にするわけではない。 何年も使うものだから、使う期間にわたって少しずつ費用にしていく。
これが減価償却である。
しかし、資産の種類や償却方法によっては、初期に大きな費用が出ることがある。 リース料収入よりも、減価償却費や支払利息の方が先に大きく出る。
すると、初期には損失が出て、後の年には利益が出ることもある。
つまり、リース節税の本質は、税の時間をずらすことでもあった。
今、損失を出す。 今の所得にぶつける。 税を軽くする。 将来、利益が出れば、そのときには課税されるかもしれない。
完全に税が消えるというより、税の負担を先送りする面もある。
だが、富裕層にとって、今の重い税を軽くできることには、大きな意味があった。
今、所得が大きい。 今、税が重い。 ならば、今、損失がほしい。
こうして、損失は時間を動かす道具にもなった。
国が恐れたもの
では、国が恐れたものは何か。
それは、損失が自由に商品化されることだった。
本当に事業で損をしたなら、その損失を税務上考慮することには意味がある。 経済的な痛みがあるからだ。
だが、投資家が実質的なリスクをあまり負わず、税務上の損失だけを取り込めるならどうなるか。
高所得者が、節税商品を買う。 損失を所得にぶつける。 税が軽くなる。 実質的には、税負担を減らすための損失だけが、市場で売買される。
しかも、累進課税のもとでは、所得が高い人ほど、この損失の効き目は大きい。 損失商品は、富裕層ほど得をする仕組みでもあった。
国から見れば、これは見逃せない。
「損失とは、本来、事業の失敗や費用の結果である。 それが、税を減らすための商品として売られているのではないか」
税の世界で、損失は強い力を持つ。 利益を消すことができるからだ。
だからこそ国は、その損失がどこから来たのかを見る。
本当に事業から生まれた損失なのか。 投資家は本当にリスクを負っているのか。 契約は経済的な実体を持つのか。 それとも、税務上の損失だけを配るために作られたものなのか。
国の反撃 ── 裁判で負け、法律で塞ぐ
国も、黙って見ていたわけではない。
組合を使った損失配分型のリース節税に対して、国はまず税務調査で切り込んだ。
理屈はこうである。
「これは民法上の組合ではなく、ただ損益を配るだけの契約ではないか。 ならば、その損失は不動産所得の損失ではなく、損益通算できない雑所得ではないか」
こうして国は、航空機リースに出資した人々へ更正処分を行う。
その代表が、いわゆる航空機リース事件である。
ある金融機関の勧誘を受け、会社の社長らが任意組合に出資し、航空機リース事業の減価償却費などから生じた損失を、不動産所得の損失として損益通算していた。 国は、その組合には共同事業の実体がなく、ただ損益を配る契約にすぎないとして、過少申告加算税を含め約3億3千万円を追徴した。
ところが、名古屋地方裁判所は、平成16年10月、これを民法上の組合と認め、納税者の主張を全面的に認めて、国の処分を取り消した。
国は、現場の調査では否認しようとした。 だが、裁判所は、その否認を認めなかった。
裁判で負けたということは、当時の法律では切りにくかった、ということでもある。 ならば、国は、次からは切れるように、法律そのものを変える。
執行(税務調査)だけで一件ずつ否認するのをやめ、法律そのもので塞ぐことにしたのである。
判決の直後、政府税制調査会の答申には「組合事業に関する租税回避の防止」が盛り込まれ、翌年、平成17年度改正へとつながっていく。
組合事業から生じる損失について、出資者が実質的にリスクを負わない範囲では、それを自由には使わせない。 個人にも、法人にも、そのための規定が置かれた。 さらに、匿名組合から出る損益についても、税務上の見方が整理されていく。
考え方は、こうである。
「組合を使えば、どんな損失でも自由に取り込めるわけではない。 実質的なリスクと事業の中身を見て、税務上認める範囲を区切る」
裁判で負けたなら、法律を変える。 これは、平成の知恵くらべに、何度も現れる形になっていく。
なお、匿名組合を使った同種のスキームについては、のちに最高裁判所(平成27年)が、その損失は不動産所得の損失に当たらず、損益通算はできないと判断している。 現場で争い、法律で塞ぎ、さらに別の形は最高裁で決着がつく。 平成のいたちごっこは、こうして法廷を主戦場にしていった。
損失は本物か、作られた影か
旅人よ。 ここで、この幕の核心に戻ろう。
損失そのものが悪いわけではない。 事業をすれば損をすることがあるし、借入をして資産を買えば、費用が先に立つこともある。
問題は、その損失が、税を減らすために作られた影のように見える場合である。
航空機はある。 船舶もある。 リース契約も、組合契約も、銀行融資もある。
形は、整っている。
だが、国は問う。
「その損失は、本当に事業の痛みなのか。 それとも、税を軽くするために作られた影なのか」
この問いは、大正篇の行為計算否認にも、昭和篇の相続税評価にも通じている。
形はある。 だが、その形を認めると、税負担はどうなるのか。 その形は、経済的に自然なのか。 それとも、税のために作られたものなのか。
平成篇は、この問いを、金融商品と契約の世界で、繰り返すことになる。
第2幕への橋渡し ── 銀幕にも、損失が映る
レバレッジドリースは、平成の節税商品化を象徴する、大きな幕だった。
損失を作る。 組合で分ける。 所得にぶつける。 税を軽くする。
だが、損失を商品にする知恵は、航空機や船舶だけにとどまらない。
次に現れるのは、映画である。
銀幕に映る物語。 俳優の姿。 フィルムという資産。 そこにも、減価償却と損失配分の知恵が入り込んでいく。
映画は、芸術である。 娯楽である。 夢を映すものでもある。
だが平成の知恵者たちは、そこにも別のものを見た。
損失である。
次に歌うのは、
銀幕の損失は、節税商品になった。
僕の歌は、今宵はここまで。 旅の先に、いい風が吹きますように。
主な参考・出典
本文中の制度・スキームの整理は、主に以下の資料を参考にしています。
「租税回避行為の否認のあり方について ―任意組合等を利用した租税回避スキームを中心として―」税務大学校論叢39号 投資家からの出資と借入金で高額な減価償却資産を取得・貸付し、減価償却費・借入金利息によって人為的な損失を作り、パス・スルーで組合員に帰属させ、他の所得と損益通算する、というスキームの構造と、高額所得者ほど軽減が大きくなる点を確認。
酒井克彦「匿名組合契約に基づく分配金に係る所得区分 ―いわゆる航空機リース事件の検討を契機として―」税大ジャーナル 匿名組合・任意組合を用いた航空機リース事業の損益の所得区分、損益通算の可否をめぐる論点を確認。
航空機リース事件(名古屋地方裁判所平成16年10月28日判決 ほか) 任意組合を通じた航空機リース事業の損失を不動産所得の損失として損益通算した事案で、国の更正処分が取り消されたこと、これが組合損失規制の立法(平成17年度改正)の契機となったことを確認。
最高裁判所平成27年6月12日判決(匿名組合・航空機リース) 匿名組合契約に基づく航空機リース事業の損失分配が不動産所得に係る損失に該当せず、損益通算の対象とならないとされたことを確認。
租税特別措置法41条の4の2、同67条の12、平成17年度税制改正関連資料 組合事業から生じる損失について、個人・法人それぞれ損益通算・損金算入を制限する特例が平成17年度改正で整えられた流れ(政府税制調査会答申「組合事業に関する租税回避の防止」)を確認。
※この記事は、レバレッジドリース、航空機リース、船舶リース、組合損失をめぐる税制史をやさしく解説したものです。具体的なリース投資、組合出資、損益通算、法人税・所得税上の判断については、税理士など専門家にご相談ください。
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