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遊びと利他

🦀ブックスで購入した本①
敢えて蟹ブックスで買う必要があったかはわからないのだけど、どの本屋に行ったとしても、自分が立ち止まっている時間の長さで興味の偏りがわかる。遊び、利他。どちらも好きなテーマであり、著者がメディア論等の社会学者であることも惹かれた。遊びの中に利他を見出す。フィールドワークの対象も羽根木プレイパークやもりのようちえんなど、参考になる。

興味深かったのは、カイヨワの遊びの4分類。

北村匡平(2024)遊びと利他より

この中のイリンクス(眩暈)という領域は、カイヨワの独創的なカテゴリーといえる、例えばブランコやサーカスのようなスリルのある、陶酔や混沌を体感させる遊びとのこと。
発達心理学では、ヒトの育ちとしての重要性(他者の模倣による学習)から、ごっこ遊びのようなミミクリ(模擬)に着目することは多い。しかし、イリンクスのような体験に着目し注意を向けられていなかったと反省した。

イリンクス(眩暈)は、戦慄するような崇高体験を全身で味わったり、危険性を通じて自らの限界を知ったり、ときに興奮した身体を整える力にもなる

北村匡平(2024)遊びと利他

養育研究で、父親の遊び場面における関わりに着目するものがあり、ここで述べられるのが、『父親は母親に比べ冒険させる、チャレンジさせる』といった内容なのだが、まさにこれはイリンクスに該当する類の遊びなのかもしれない。遊びの価値や意義を概念的に知らずに考えていたことを恥ずかしく思った。

次いで、遊びのモードに関する内容から利他への展開。

何かが子供から能動的に生まれてくるのをじっと待つー。子供から暇や退屈を奪ってしまうのではなく、創造性のために放っておく。
(中略)
遊び手が主体として意識できることは、「歓待」のモードであろう。(中略)「寛容(tolerance)と歓待(hospitality)ー前者が、我慢して変化しないことだとすれば、後者は他者を受け入れて自分が変わっていくことである。遊びにおける歓待のモードは、相互に利他的な関係を築く契機となるだろう。
ケアとしての利他を論じる伊藤亜紗は、他者の潜在的な可能性に耳を傾けるケアには必ず意外性があり、「よき計画外の出来事へと開かれている」という。よき利他には「他者の発見」があるのに加えて「自分が変わること」が含まれている。他者と関わる前と後で自分がまったく変わっていなければ、その利他は一方的である可能性が高い。すなわち、「他者の発見」は「自分の変化」の裏返しなのである。

北村匡平(2026)遊びと利他

アフォーダンスの考え方だ。ケアされる対象とケアする対象を固定してはならない。
ちょうど今日外出中に話したり考えた事柄と結びつき、色々考えさせられた。

本を読む&日々の経験も、偶発的に結びついていく。こうしてnoteに残すことで、こぼれ落ちないように記憶に残していこう。

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