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風燕伝:南華(南唐)公子の<公子の書>から見る開封編ストーリー・その一

皆さん風燕伝楽しんでいますか?私は今の所ゲームへの感想は雑なところは多々ありますがストーリーと文化要素はファンタジーと実際の歴史を実に上手く融合させているなと関心しました。
また五代十国というなかなか本国でもコンテンツ化されなかった中国歴の中でも屈指の暗黒期に非常に新鮮味を感じその魅力を他のユーザーにも感じて貰いたいと思いこのような記事を無定期ですがやっていきたいと思っておりますのでこれからもよろしくお願い致します。

※あくまで専門家ではなく素人一個人の趣味でやっておりますので間違っているところや不足な点があれば優しく指摘いただけると幸いです。
またどうしてもネタバレや本国サーバーの今後の展開も含まれる事があるので観る前に是非ご了承ください。

そして第一回の記事は「公子の書」の解説と考察を行いたいと思います、何故ならこの開封の締めくぐりと今後の展開に関わるであろう大事な章なのでが、ゲーム内の導入の雑さや不親切(風雲伝全般に言えますが…)で中々理解できなかった方が多いかと思います、私もその一人で気になってその後本国ユーザーや自分の考察や史実などを色々参考にしながら個人的に日本語でまとめてみました。記事は恐らく2回に分けて不定期に公開しようと思いますので、その都度Xでのアカウントでお知らせいたしますのでフォローして頂けると幸いです。
saineinei 
https://x.com/saineinei?s=21

公子の書を理解するためにはまず五代十国と当時の宋と南唐の関係を理解する必要があると思いますので先に少し解説しようと思います。

五代十国とは
五代十国(907〜960/979年)は、唐の滅亡後、黄河流域の華北を支配した5つの短命な漢民族王朝、五代: 後梁→後唐→後晋→後漢→後周→(宋)と、周辺地域に割拠した10余りの地方政権、十国: 前蜀・後蜀・呉・南唐・荊南・呉越・閩・楚・南漢・北漢※十国全てが同時期に存在したわけではない)が争った分裂時代です。唐末の節度使が自立した武断政治の時代で、最終的に北宋によって統一されました。

風燕伝の時代は後周が滅びその次の宋が建国して間もないAC960年辺りとされています。

左:AC1111頃の中華を統一後の宋
右:AC960頃の建国間もない時の宋(後周)と南唐、その他諸国

次に当時の宋と南唐ですが、左の地図がゲームの時代より150年後の繁栄した宋の最大勢力図です。そして右の地図がゲームと同じ時代の初期の宋(地図が用意できなかったので後周がそのまま北宋になったと思って下さい)と南唐、その他諸国の勢力図です。左右の比較でお分かりいただけると思いますが宋が建国して間もないゲーム主人公達の時代はまだまだ十国勢力が存在していました。

また北方には契丹王朝(遼)があり宋との間に緩衝材のような燕雲十六州が見えるかと思います。このゲームの根幹のテーマでもある漢民族が異民族の契丹に奪われた燕雲十六州を取り戻すという悲願は宋の初代皇帝趙匡胤(趙兄貴)にとっても変わりません。

だが趙匡胤の考えは以前の王朝と違い、強大な契丹王朝(遼国)から燕雲十六州を取り返すためにはまず長年戦乱で弱った中原の国々を統一し力を蓄えてから燕雲十六州を奪還する計画でした、ゲーム内でも「奇遇・雪夜の策定」で先に南で取れた魚(南唐)を食べてから北の羊(契丹)を頂くみたいなセリフがあったと思いますがこの任務がまさにこの事へのオマージュです。

蒲先生「羊を食べないのではない、”先”にすぐ買える南の魚を食べてから、北のなかなか買えない羊を食べましょう…」

では何故南唐なのかというと、南唐という国はゲームの約30年前に李昪という人が過去に滅亡した唐の末裔(史実唐の皇帝李氏とは血縁関係は不明とされている)を名のり自分こそが正当なる中原の天子だと南唐皇帝として即位します。
※少しややこしい話ですがこの南唐と俗に言う唐(1.4で実装された河西編で出てくる唐や大唐)とは全く時代が違う別の国と覚えて下さい。

この即位は当時の華北の五代王朝、後晋(燕雲十六州を契丹人へ割譲した王朝)の皇帝に背く行為で以降両国は王朝が変わっても宋に滅ぼされるまで長年敵対関係になります。
また当時の南唐は異民族との戦乱が少なく豊かな江南地域(長江より南の地域)の大部分を支配していたため、華北の五代王朝に次ぐ最大勢力となり宋にとって南唐の勢力を手に入れる事が中華統一に繋がり燕雲十六州奪還の下準備の最も重要な一手となるのです。

宋と南唐の関係を理解して頂いたところでここからいよいよ本題です。そんな敵対している南唐から南華公子がある思いを抱いて開封にやってきます。以下はこの章で収集できる彼の書を元に開封本編のストーリーを解説していきます。


公子の書1


長年北の朝廷と対立していた南唐は後周王朝に戦で敗れた後、北宋王朝の時代になっても毎年重い上納金を納めていたので国力は危機的状況になっていた。(史実では南唐の2代目皇帝李景は長年仏教保護、寺院修繕のために庶民に重い税金を納めさせたり、また野心家のため近隣国に頻繁に侵略戦争を行ったり宋に対抗するための軍備など無茶な政策を行なっていた為に自ら内政や国庫を危機的状況に導いてしまった要因が大きいとされている)
そこで南唐は南唐鉄銭を使い、銅銭を新貨幣とする宋に流入させて宋の経済を混乱させる作戦を実行する。更に内側から織金閣(千夜が所属する主人公を狙う謎の組織)を使って黒財神の顔を変えて北宋の史大臣とすり替え、鉄銭没収政策を支持することによって南唐鉄銭を多く所持していた庶民と宋政府の対立を誘発させようとした。

公子の書2


宋が巨大戦艦を完成させ金明池に兵を集結し、皇帝の弟趙光義が南唐侵攻の資金集めのために各国の使者や有力者を宴会に招く。そこで驚く事に何と趙光義が大義かのように堂々と自慢げに鉄銭取締り政策を皆に語る(宋の新銅銭は南唐侵攻の軍事費に使われる為、民衆の南唐鉄銭と交換してしまうと軍事費に使える銅銭がなくなるので趙光義派は軍事費確保の為に無理矢理民から鉄銭を没収する強硬策に出る)

公子の書3


兵の集結、戦艦の完成、資金集めや急速な鉄銭没収策実行による軍資金の確保、いよいよ宋の南唐侵攻が近いと悟った南華公子は南唐の民を救うため、かつて未央城から追われて開封に居た旧知の東宮公子(映映)と再会し、未央城に戻れる手助けをする代わりに南唐侵攻を食い止める方法を東宮と模索した。
東宮からの提案は、南唐が毎年宋に払っている重い上納金の代わりに巷で流行っている噂のお金を無限に産む錬金鉢を宋政府に献上し、世の中の人々に宋が錬金鉢を手に入れたと信じ込ませた後、それを盗難に見せかけ錬金鉢が実在するという事実だけを残し行方を暗ます。その後すぐに大量の南唐鉄銭を開封に流入させる事により今以上に宋政府は鉄銭取締りの強化を図るだろう、そこで庶民は政府は既に錬金鉢を持っているのになぜこれ以上取り締まりをするのかと不満を更に重ねる、しかし宋政府は盗難された失態を公表できないので、両者の間で対立が深まりやがて経済や内政も混乱する事で南唐侵攻を諦めさせる錬金鉢の計を持ちかける。
ただこの夢のような一連の話を宋の役人や庶民や世の中に信じさせるためには大きなショーが必要でそれには名の通った大物役者と大きな舞台が欠かせない、そこで東宮は開封の4名の鎮首に協力を働き掛け、更に南華公子は酔花陰(実態は南唐と通じている組織)の力を利用すればこの計には必ず勝算があると南華公子はこの時予想をした。
そして万が一計画に失敗したとしても未央城の城主だった東宮と組めば南唐の民を未央城に避難させる保険にもなりえる。(未英城は架空の城ですが、本国の考察では恐らく江南地域のどかにあるとされている)

公子の書4


更にここで宴会に出席した趙匡胤のかつての腹心武将で今では巨額の財を築いた石守信は何年か前に行われた「杯酒釈兵権」(趙匡胤が建国後に政権安定のために過去に活躍した武将達の兵権を酒の席で平和的に剥奪した出来事)や北方の燕雲十六州奪還に未だに消極な趙兄弟に不満や疑念を以前から抱いており、最終的に趙光義に軍費となる資金を差し出すことはなかった。これも南唐侵攻阻止にとっては絶好の出来事となった。

公子の書5、6

東宮は4名の鎮首に近づきどうやら計画に賛同し上手く協力を得る事が出来そう。
更に南華公子は懇願の歌を作り街に流し流行らせ民意と宋政府の対立を一層搔き立てる。準備は整い計画が上手くいけば宋は一層鉄銭の取締を強化しそれによって民衆は怒りに任せて熔炉(宋政府)を倒すのも時間の問題だと勝利を確信する。
またここで南華公子は徳のために動いてる自分達の方に大儀があり、徳に背いている宋の趙兄弟に間もなく天罰が下るだろうという、彼はここまで自分の道徳観や正義感に沿って動いているのを知ることができます。

懇願の歌
https://www.youtube.com/watch?v=hHRY9ky-V_Y

この懇願の歌ですが本国の考察によると、この歌やシーンの演出は滅亡まじかの唐で苦しい生活を強いられる庶民を詠った「詠田家」という詩を意識しているのではないかと言われています。

「詠田家」 
作者 聶夷中
二月賣新絲,五月糶新穀。
醫得眼前瘡,剜卻心頭肉。
我願君王心,化作光明燭。
不照綺羅筵,只照逃亡屋。
意訳:
二月には新しい絹を売り、五月には新しい穀物を売る。
目の前の瘡(傷)を治すために、自分の心臓の肉を削り取るようなものだ(生活のために財産を切り崩している)。
私は願う、王の心が光明燭(明るい灯火)に変わることを。
豪華な宴会を照らすのではなく、ただ(重税から逃れた)逃亡者の家を照らしてほしい。

さて宋の南唐侵攻が迫っている中果たして南華公子や東宮(映映)達の計画は上手くいくのでしょうか、開封編、公子の書の結末はまた次回のお楽しみとさせて下さい。

最後にここまで読んでいただけると南唐のためにここまでする南華公子とはいったい何者なのかという疑問が湧いてきませんか?
実は彼は実在していた南唐の3代目皇帝で最後の皇帝でもある李煜ではないかという考察が出ています、彼のお話は次回に紹介したいと思いますがここで少しだけ触れておきます。

後主 李煜 - りいく  在位:961年 - 975年
南唐の最後の君主。詩人・芸術家として非常に高い才能を持ち「詩人皇帝」とも呼ばれるが、975年に宋の趙匡胤によって南唐は滅ぼされた。

ゲームの時代では即位しているかは微妙なところです。また文化人、芸術家として非常に評価が高い人物(政治手腕はいまいち…)なので章全体の詩的な雰囲気や凝ったボス戦の演出(ストレスMAX)にも納得がいきますね。

それでは次回またお会いしましょう。
面白いと思いましたら是非いいねをよろしくお願いいたします。


後半やその他記事はこちらへ


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