潮目が変わりつつある
こんときは、あくまでも新しいことをやっていこうと決意したはずだったのだが…。
再びこの話があって、大いに揺れ動いている私である。
そして、この記事を書いた後、事態が急変していることに驚いている。
私に連絡をくれた元同僚の話だけではなくなり、組織の一部が「具体的に私へ声を掛けたいので、一度電話で話したい」という段階にまで話が進んでいるというのだ。
どうやら事態は切迫しており、できるだけ早く方向性を確定させたいとのことだ。そうしなければ、経験者ではなく一般の応募者を受け入れざるを得なくなる可能性があるからである。

これは真剣に考えなければならない……。
というより、私は再び元の場所へ戻るという選択肢に、かなり気持ちが傾きつつある。
先の記事で書いた決意はいったいどこへ行ったのだろうか。
所詮、私の「新しいことへ挑戦する」という決意など、この程度のものだったのかもしれない。
しかし、冷静にこの2年間を振り返ってみると、あることに気づく。
それは、時間的な自由がある程度確保された生活が、必ずしも心の余裕につながったわけではなかったということだ。
収入が大きく減ったことによる日々の不安、そして将来への心配。それらが、せっかく手に入れた時間のゆとりを奪っていった。
いや、むしろ時間があったからこそ、余計な不安を考え続けてしまった面もある。
その結果、早期退職後に「時間ができたらやりたい」と思っていたことの多くは、ほとんど実現できていないではないか。
やはり、十分な準備もなく、ある程度の見切り発車で早期退職へ踏み切るべきではなかった。
これまで私は、早期退職に踏み切ったさまざまな理由を語ってきた。
しかし、改めて自分自身に問いかけてみると、仕事そのものから逃げたい、責任から解放されたいという気持ちが大きかっただけなのではないか。
「第二の人生を楽しむ」という理想を掲げていたつもりだった。
しかし、そのための具体的な準備や覚悟が十分だったのかと言われれば、結局はなかったのだ。

動画編集をやる……断念。
会計年度任用職員に採用される……挫折。
清掃業務……中途半端。
note有料記事……消化不良。
いろいろと決意を語った挙句、結局はこれだ。
古巣から水を向けられ、私は再びこの道を選ぶことになりそうだ。
しかし、上記に掲げた挑戦を仮に続けたとしても、数年先にそれが私を成功へ導くという保証はない。
それどころか、いずれも未知の分野であり、少なくとも生活の糧にしていくには、決して簡単なことではない。
何せ、未経験のことを頼りにして、明確な道筋もないまま進もうとしていただけなのだ。
早期退職をして2年が過ぎた。もう「挑戦」という言葉だけを追いかける時期は、とっくに過ぎたのではないか。
そして、事態が急変している。古巣が急速に動いているのだ。事態はひっ迫している。ならば、私自身もここで決断しなければならない。
もしここで戻る決断をしたら、私はこれまで行ってきたことをすべて手放すことになる。
noteの有料記事も完全に終わらせる。二度と収益化について語ることはない。もちろん、note自体は無料記事という形で続けていくつもりだ。
戻る以上、私はもう早期退職後の当てもなく過ごす人間ではなく、一社畜……いや、組織の一員として再び働くことになる。
そうなったならば、私は可能な限り長く続けようと思う。少なくとも60歳までは。
60歳を過ぎた時、その時こそ再び「無職を味わう」時間を、じっくりと、たっぷりと設ける。
そして改めて、自分が本当にやりたいことへ手を伸ばしたい。
最終的な判断は来週中になる。
しかし、それでいいのかもしれない。
